152話 撤退中にて
ドーソンは≪チキンボール≫への道を進みながら、とあるニュースを見ていた。
「海賊に占拠されていた居住用人工衛星≪ビックコック≫を宇宙軍が開放した、と発表したか」
ニュース映像には、海賊用の施設が集中していた玉がなくなった、黒い円筒形の人工衛星が映し出されている。
その次に、ロン大人とSU宇宙軍の将軍が握手している姿が映る。
『海賊どもは、この衛星を我が物顔で支配し、歓楽街へと変えてしまったのです。私どもは反抗することは敵わず――』
ロン大人の演説を聞いて、海賊の親玉だったのに変わり身がすごいなと、ドーソンは苦笑いする。
しかしドーソンは、宇宙軍がこの手のプロパガンダを仕掛けてくることは予想済みだった。
「宇宙軍艦艇を大量に犠牲にしたのに、海賊多くとり逃した。その穴埋めをするには、衛星の救出という演目は良い材料だしな」
「この結果を狙って戦ったわけですか?」
「10倍の差がある戦いだ。宇宙軍に大打撃を与えることは出来ても、海賊が勝つ目はほぼゼロだった。ならロン大人との約束を果たさないとだ。≪ビックコック≫の歓楽街を荒らさないって約束をな」
宇宙軍は衛星を救出したと大々的に宣伝してしまった。つまり≪ビックコック≫を保護下に置く必要ができたということ。
宇宙軍が守ってくれるのだ、これでロン大人と約束したことにできる。
ドーソンが満足していると、キワカが半目を向けてきていた。
「ドーソン艦長は、勝てないと分かっていて、宇宙軍と戦ったのですよね。それはどうしてです?」
勝てない戦いは回避するべきじゃないかと言いたげな問いかけに、ドーソンは頬杖をつきながら答える。
「あの戦いの目的は、海賊が負けたのは数が宇宙軍に劣っていたからだと、戦闘の映像を見ていた者たちに印象付けるためだ。事実その点だけは、目的を果たせている」
「多数の艦を尻尾切りしたうえ、多くの海賊を取り逃したことで、オリオン星腕の人たちは宇宙軍の実力に疑念を抱いていると?」
「軍略の目を持つ人なら、宇宙軍の艦隊運用は優秀なお手本通りのもの。褒められこそすれ、非難されるいわれはない。だがそんな知識のない者からすれば、あの1戦での宇宙軍の戦いぶりは腰抜けに見えただろうな」
戦いの最初から、宇宙軍はドーソンの目的を勘違いしていた。
開幕にドーソンは宇宙軍へ演説を打った。
恐らく宇宙軍は、ドーソンの挑発は怒らせて判断を誤らせようとしているのだと受け取っただろう。だから通信を繋がないことで相手にしないようにした。
しかしドーソンの本当の目的は、宇宙軍が言い返してこないだろうと予想した上で、その姿を中継でオリオン星腕中に配信すること。たかが海賊の言葉にすら言い返してこないという、宇宙軍が弱腰に見える映像を届けるためだ。
戦いが始まった後もそう。
海賊側は、連結玉の陰に隠れて進軍してはいたが、敵からくる砲撃の中を進むという姿を見せた。
一方で宇宙軍側は、遠間から砲撃を行うだけで、海賊が近づいてきたら陣形を下げて対応した。
この両者の戦い方の違いは、戦略上ではどちらも正しい行いだ。
しかし素人目には、攻撃される中を突き進む海賊は勇敢に映り、引きながら戦う宇宙軍の方は腰抜けに見える。
戦いの最終盤もそう。
海賊は乱戦に持ち込んで勇ましく戦っていたのに、宇宙軍は少数の味方を尻尾切りしてでも多数の味方の安全をとった。
そんな一連の戦い方を見続ければ、人々は『ただでさえ宇宙軍は10倍の戦力を持っていて優勢だったのにも拘らず、こんな情けない戦いしかできないなんて』という失望に繋がる。
「つまるところ今回の戦いは、宇宙軍への信頼を失墜させることが目的で、戦いの勝敗については考慮していなかったわけだ」
ドーソンが説明をしても、キワカは疑問顔。その顔は、負けた言い訳をしているんじゃないかと疑っているものだった。
しかし話を横で聞いていた様子の、コリィが納得だと頷いて口を開く。
「ど、どうして、海賊ばかりで、ほ、他の人工知能艦を使わなかったのか、謎だった。けど、戦力を失う、ことが前提なら、当然だよね」
「本質的にはアマト皇和国の軍人である俺とオリオン星腕の海賊たちは、繋がってないからな。海賊たちがどれだけ死のうと、オリオン星腕にいるアマト皇和国の戦力という枠組みで考えるなら損失と数えなくていい」
事実、ドーソンの本来の配下である人工知能艦隊は、ミイコ大佐に預けているため一切の損耗がない。
むしろ海賊をコストに宇宙軍の実力を図れたことは、ドーソンにとって優位でしかない。
「海賊が多く失われて、≪チキンボール≫以外の海賊拠点の影響力が低下した。この場面で≪チキンボール≫が主体となって宇宙軍を撃破できたのなら、海賊勢力のトップに君臨することができる。そしてそれを可能にできる戦力にはあてがある」
残してある人工知能艦隊もそうだが、≪チキンボール≫を支援している企業に追加製造を頼んでもいいし、最終手段でアマト皇和国の軍艦を呼び寄せてもいい。
戦力を十二分に集めることはできるし、宇宙軍の戦い方にも見当がついた。
敵と味方の実力が図りきれたのなら、これはもう負けようのない戦いといえる。
自信を漲らせるドーソンに、オイネが苦笑を向ける。
「海賊勢力のトップですか。ドーソンは面倒事を嫌いますから、その座をゴウド准将に押し付ける気でいますね?」
「当たり前だ。むしろゴウド准将は海賊に好かれているみたいだからな。海賊勢力のトップは、意外と天職かもしれないぞ」
この場にゴウドが居たら、「なにを勝手に決めておるのか!」と怒ったことだろうが、居ないのだから仕方がない。
こうしてゴウド自身が与り知らないところで、ドーソンの思惑が上手く運んだ未来において、ゴウドは海賊のトップに就任することが決まったのだった。




