14話 海賊解散
ドーソンが海賊母船ハマノオンナに通信を入れると、何時ものように女性型電脳躯体が応答した。
「こちら私掠船≪大顎≫号。そして獲ってきた物資運搬船が一隻だ。間違えて攻撃しないでくれよ」
『こんにちは≪大顎≫号。とても大きな釣果ですね。販売先はハマノオンナでよろしいですか?』
「構わない――ああ、注文が一つ。積み荷の中に人がいた場合は、それだけ売らずに残しておいてくれ」
『畏まりました。一応、理由を伺っても?』
「人なんて売っても大して金にならない。にも拘らず、人身売買はSUからは激しく敵意を向けられる。ハッキリ言って、割に合わない。割に合わない仕事なら、やらない方が良いだろう?」
『道理ですね。では売らずに残した人は、どうなさるので?』
「救命ポットに押し込んで、星腕宙道のSU艦船が良く通る場所に置いてくるさ。それぐらいの手間はやってもいいだろ。今回は滅茶苦茶儲けたからな」
『酔狂ですね。いま空きを作りました。港の10番に侵入してください』
電脳躯体の言葉に、ドーソンは片眉を上げる。
「俺は新米海賊だぞ。港に入って良いのかよ?」
『物資運搬船には2000万個のコクーンが詰まっています。その検品と査定と区別を行うには、桟橋では役が重いです。港の設備でないと、どれだけ時間がかかるかわかったものじゃないです』
「わかった。じゃあ物資運搬船は港に、≪大顎≫号は桟橋でってことで、どうだ?」
『構いませんが、理由をお聞かせ願っても?』
「俺は桟橋の方が使い慣れているし、気に入っているんだよ」
『そういうことでしたら。桟橋の340番にどうぞ。港の10番への行き来が一番楽な桟橋です』
「配慮、ありがとう。じゃあまずは、港に行くとする」
ドーソンは通信を切ると、オイネに話しかけた。
「つーわけで、初めてハマノオンナの港に入るぞ。デカブツの操縦は任せる」
『はいはーい、任されましたー。ま、この10日間で散々動かしましたからね。物資運搬船の操縦に関しては、もうプロ級ですよプロ級!』
オイネが操る物資運搬船と、それにアンカーでくっ付いている≪大顎≫号は、ハマノオンナの港へと侵入していく。
ハマノオンナは壷型の超大型母艦である。その壷の口から中へと侵入する。
壷の口には、気圧と空気の流出を防ぐ半流動体が詰まっている。船の行き来はある場所なので、その半流動体の厚みも相当だ。それこそ物資運搬船の船体を全ていれても、半流動体の厚みに届かないほどだった。
半流動体の中をゆっくりと進み、やがて突破する。
そこで目にしたハマノオンナの『港』は、何とも絶景だった。
巨大な壷の中に小虫になって入ってしまったかのような、壷の内壁の形に囲われた巨大な空間。その空間のあちらこちらに係留所が設けられ、荷物の積み下ろしをするクレーンが備え付けられている。
係留所周辺には海賊商人たちの店があり、海賊と商人が取り引きの値段で言い争っている姿が見える。係留所にある海賊船に武装を取り付けているところを見ると、ここの商人は船や武器も売っているようだ。
係留所から少し離れると、飲食店や酒場の店が立ち並ぶ。桟橋からすぐの酒場街の店とは違って、どれもとても高級かつ大きな店構えだ。海賊が店から連れて出てくる女性や男性は、どれも美男美女で綺麗な服を着ている。客あしらいも上手いようで、どんな海賊でも満足そうな笑顔で店を去っている。
そんな光景を見やりながら、ドーソンは物資運搬船を10番係留所に留めた。
物資運搬船が着くやいなや、係留所から多数のロボットアームが伸びてきて、物資運搬船に積まれたコクーンを一つ一つ取り外し始めた。
『ドーソン。物資運搬船の荷物の目録が送られてきています』
オイネが物理モニターに目録を映し出すと、コクーンに何が入っていたかをリアルタイムで更新している情報だった。しかも物品の売却益どころか、珍品名品にはオークションに出品して更なる高値を狙ってはどうかという忠告まで入っていた。
「至れり尽くせりだな。桟橋での扱いとは大違いだ」
『港に入れる海賊たちが、我が物顔なのも納得ですね。これだけの扱いをされるのなら、気が大きくなって当たり前です』
確かに係留所にある施設は、かなり豪華だ。
しかしドーソンは、より一層、この係留所に留まるべきじゃないと思った。
ドーソンが乗る≪大顎≫号は、素材や装置などをSUの艦船を元にして作ってはいるが、アマト皇和国で建造されたものだ。
もし係留所のシステムが『良かれと思って』≪大顎≫号の船体情報を読み取ったとき、SUないしはTRとアマト皇和国との建造法の差を検知して、要らぬ疑いをもたれないとも限らない。
万が一にもそんな事態にならないよう、設備が貧弱な桟橋を利用することが、ドーソンには肝要に感じたのだ。
≪大顎≫号が340番桟橋に留まると、物資運搬船を襲って別れたっきりの海賊たちから通信がやってきた。
ドーソンが仮面をかぶってから通信を繋げると、出会い頭にむさ苦しい顔の数々が、物理モニターに映し出された。
『≪大顎≫の旦那、無事に帰ってきたんだな!』
『物資運搬船をそのまま持ってきた奴がいるって噂、あれって、おれらが仕留めた奴だよな!』
『なあなあ! どれぐらいの金になりそうなんだ!? 船を新調できるほど、ありそうか!?』
≪ゴールドラッシュ≫を含めて6隻の船長たちが、口々に言葉を放ってくる。
ドーソンは辟易とした気分になりながらも、その船長たちに売却目録を転送してやった。
「まだ査定の最中だが、現時点でそれだけの成果がある」
『うおっ、途中で、こんなに!?』
『うひょー! これを7隻で山分けでいいんだよな!?』
ハマノオンナまで運搬した苦労を考えるのなら、ドーソンは利益を独占に近い割合で手に入れても問題はなかった。
しかしドーソンの任務は、海賊行為での金稼ぎではなく、SUの宙域での通商破壊活動とSUへ経済的疲弊を与えること。
育ててくれた孤児院への援助金は、表向きの役職で貰う給料の半額を渡すよう、アマト皇和国の銀行で手続してあるから問題ない。
そのため、物資運搬船を売却して得る金に固執する理由がなかった。
「ああ、7隻で頭割だ。その金の話だが、手っ取り早く金を手にするために、査定をそのまま確定するか、時間をかけてもオークションを利用してさらに利益を得るか。どちらがいい?」
『そりゃ、オークションで売り払う方だ。金は少しでも多い方が良い!』
『いまのところ、所持金に余裕があるからな。オークションが終わるまで待てる』
『じゃあ金が入るまでは、いまある金しか使えねえから、安酒の日々に戻るしかねえか』
嬉々としている海賊たちに、ドーソンが爆弾発言をぶち込む。
「言っておくが、この面々での仕事は今回が最後だ。金の使い道は考えろと忠告してやる」
『は、はぁ! なんでだよ! いままで上手く行っていたじゃねえか!』
『今回みたいな大物が二度も取れるなんて、オレ達だって思ってねえ。また7隻で100個のコクーンを奪う仕事でいい』
海賊たちの意見に、ドーソンは首を横に振る。
「俺の予想だとだ。物資運搬船を海賊が拿捕したことで、SUは星腕宙道の安全神話を取り戻すために、本腰を入れて対応してくる。それこそ、SU艦船を頻繁に使って星腕宙道にいる海賊を狩りつくそうとしたり、傭兵を国費で雇って物資運搬船につけたりするだろう。そんな状況下だと、俺達の仕事の仕方は通用しない。俺達が上手く行っていたのは、星腕宙道は安全だと油断している相手だからこそ、成り立っていた。傭兵の船が一隻でもあれば、≪大顎≫号はともかく、お前らの船では太刀打ちすらできないだろう?」
ドーソンの冷静な分析を用いての説明に、海賊たちは状況が拙いことをようやく理解した。
『ど、どうすりゃいいんだよ。もう仕事できないってことだろ』
『馬鹿。だから金の使い方を考えろって言われたんだろ。船を乗り換えるか、武装を強化するかして、荷物持ちから普通の海賊に生まれ変われってことだ』
『美味しい仕事は終わりで、大して金にならねえ仕事に逆戻りか……』
残念がる海賊たちに、ドーソンは一縷の望みを与えてやることにした。
「さてだ。警戒度を上げるため、SU艦船と傭兵たち星腕宙道に集まることになる。では、星間脇道の状況はどう変わると思う?」
『どうって、普通に考えりゃ、SU艦船と傭兵の数が減るってことじゃ?』
「そう考えるのも正解だ。しかしだ。星腕宙道で護衛がつく船は、ある一定以上の荷物運搬能力があったり金持ちの船に限定されるはずだ。全てを守るほどの戦力は、SU艦船と傭兵を合わせても足りないだろうからな。となると、一定以下の船はどうするかと言えば、今まで雇えていた傭兵に高い金を払って継続してもらうか、傭兵の数を減らしたり雇う事自体を諦めて星間脇道を使うようになるんじゃないか?」
ドーソンの説明を、海賊たちは一生懸命に咀嚼して考える。
『つまり、星間脇道で獲物を襲いやすくなるってことだよな』
『傭兵が少なかったり居なかったりするなら、戦闘が下手なやつでも稼げるんじゃねえか?』
『その為には、おれ達の船は既に逃げ足が備わっているんだ。後は武装だけだ』
『なら、おれ達で組んだままで居ねえか。積載量はあるんだ。獲物の取り逃しを気にする心配はないはずだ』
ある程度の結論が海賊たちに出来たところで、ドーソンは自分が離脱するもっともらしい説明を行うことにした。
「悪いが≪大顎≫号は遠距離狙撃が攻撃の主な手段だ。そして星間脇道は狭く、上手く伏撃することは難しい。つまるところ、この船は星間脇道の仕事に向いていない。お前たちが主戦場を星間脇道に移すのなら、俺の存在は邪魔になる。ここで別れた方が、お互いにやりやすい」
ドーソンの理由を聞いて、海賊たちは否定しようとして、しなかった。
海賊稼業は仲良しこよしじゃない。星間脇道で使えない船に、お情けで仕事の同行を申し出るなど、単に足手まといが増えて稼ぎが減るだけの選択でしかない。
そんな損な真似を選べるヤツなら、そもそも海賊なんかにはなっていない。
『そっちがそう言うんだ。物資運搬船の売却益が確定したところで、おれ達は解散ってことで良いんじゃないか?』
『そうだよな。単に役割が噛み合ったから連るんだだけで、これからずっと居ると決めたわけじゃねえし』
『また用が出来たら集まればいいよな。うん』
清々しいまでに、金の事しか頭にない海賊たちの態度に、ドーソンは仮面の中で忍び笑いしてしまう。
しかしながら、少しは知った間柄だ。もう少しだけ助言することにした。
「俺は離脱するが、お前たちが組んだまま仕事しても文句はない。まあ組んだままでいるのなら、頭目は≪ゴールドラッシュ≫にやらせるといいだろう」
ドーソンの提案んに、名指しされた≪ゴールドラッシュ≫の船長が面食らう。
『うえっ!? いや、どうして!?』
「お前は、並みいる海賊たちの中で、一番最初に≪大顎≫号に声をかけてきた。その抜け目のなさは、海賊稼業に役立つ。獲物の選定しかり、獲物を売り払う際にもしかりだ。お前が頭目なら、他の奴らにも良い目を見せてやれるんじゃないか。そう思った」
『ま、まあ確かに、抜け目のなさはあると思う。そっか、おれが頭目ねえ』
「これはあくまで俺の意見だ。どうするかは、お前たちで話し合って決めるといい。俺が離脱するからには、お前たちだけの問題だからな」
ドーソンは言うだけ言って、通信を切断した。
仮面を取り払って背伸びをすると、オイネが声をかけてきた。
『それで、単独に戻って、これからどうするんです?』
「どうするって、道は二つだな。一つは単独で海賊稼業を星腕宙道で行う。傭兵の船や掃宙艇なら、≪大顎≫号の主砲で倒せる。通商破壊を目的とするなら、これで一定の成果を出せる」
『もう一つの道は?』
「俺が物資運搬船を獲ってきたからな。その釣果に刺激を受けて、他の海賊も物資運搬船を狙うことが期待できる。そして運搬船を襲うと決めた海賊がいれば、狩った実績のある俺にお呼びがかからないはずがない」
『つまり、お声がけが無ければ単独で、お声がけがあれば新しい海賊と組むということですね。効果が大きそうなのは組んだ方でしょうから、お声掛けがある事を天の神様に祈りましょう』
「人工知能も神頼みはするんだな」
『願うだけで達成率が0.1%でも上がる効果が期待できるのなら、やらない理由がありませんから』
「人工知能らしい数学的な理由からかよ」
ドーソンは肩をすくめつつ、ここ10日間の激務の疲れを癒すため、船長室のシャワーを浴びてベッドで長時間睡眠を取ることにした。