148話 海賊艦隊、再出発
ドーソンの指揮下に≪ビックコック≫に集まっていた海賊たちが入った。
しかしそれは、現状を打破できる存在がドーソンしかいないための、いわば溺れる者が藁を掴んだような事情でしかない。
そしてドーソン自身、海賊を集めたところでSU宇宙軍20万隻の艦艇に勝てるとは思っていなかった。
「先の戦いで、海賊は2万隻ほどまで減ってしまったのが痛いな……」
せめて10万隻もあれば、ドーソンの才覚を用いれば負けない戦いをすることができただろう。
しかし10倍もの差がある相手となると、鎧袖一触に屠られないようにすることで精一杯になってしまう。
だからこそドーソンは、現状の打開策を模索していた。
「生き残っている超巨大戦艦2隻は使わせてもらう。だがこれだけじゃな」
他に何かないかと探して、使えそうなものが1つだけ思い浮かんだ。
しかしそれを使用するためには、再びロン大人に連絡を取る必要がある。
準備時間が限られているため、ドーソンは通信で用事を済ませられないかを試してみた。
すると意外なことに、『歓楽街に手を出さないならなにを使ってもいい』と許しがきた。
そういうことならと、ドーソンは苦肉の策に用いるものを使わせて貰うことにした。
≪ビックコック≫から、≪雀鷹≫を筆頭とした海賊艦隊2万隻が出立する。
その艦隊の後方には、巨大な建築物が宇宙に浮いていて、噴射光をまき散らしながら艦隊に追従している。
その巨大建築物とは何かといえば、それは≪ビックコック≫に後付けで作られた、海賊用の施設が集中していた場所だったもの。
「どうにか切り離しと『キャリーシュ』の巻きつけを終わらせることが出来たな」
「あの中で勤めていた人たちも、歓楽街の方に退避してくれましたしね」
ドーソンが作戦の初っ端をどうにか切り抜けて安堵し、オイネは立ち退きを嫌がった従業員たちを説得した苦労から苦笑いしている。
その2人の様子を見て、キワカは疑問を投げかけた。
「人工衛星から切り離して使うほど、あの施設は戦争に使えるものなんですか?」
キワカは詳しい作戦内容を知らないため、単純な疑問を口にしただけ。
しかしその疑問を耳にして、ドーソンの顔は渋面を作った。
「あんな2つの玉が連結しただけの物体、攻撃になんて使いようがない」
「じゃあ、盾ってことですか?」
「敵味方入り乱れての乱戦を挑める距離まで、SU宇宙軍に接近するための使い切りだ」
ドーソンの大胆な作戦に、キワカは唖然としながら連結した巨大で金属製な2つの玉を見る。
たしかにあれだけの大きさの施設であれば、SU宇宙軍20万隻が砲撃を集中させても、ある程度は保つことができると思えた。
「よくそんな発想ができましたね」
「苦心の末にひねり出した、苦肉の策でしかない。10倍も数の差がある相手と互角に戦おうとするのなら、奇襲か乱戦しかない。そして奇襲できそうな宙域は、いま宇宙軍がいる場所と≪ビックコック≫の間には皆無だ」
「だから乱戦を挑むために、大きな盾を必要としたわけですね」
「正直、俺は乱戦が好きじゃないんだが、今回ばかりは仕方がない」
ドーソンは、有効と思えば様々な手練手管も使ってきた。
そんな人物が『好きじゃない』と評したことに、キワカは強く関心を引かれた。
「どうして好きになれないのですか?」
「確かに劣勢を挽回できる有効な手段の1つではある。しかし被害の予想が難しい。この点が、好んで使おうと思えない部分だ」
「サイコロの目次第で状況が被害の多少が決まるから、という意味ですか?」
「違う。戦い終わった後、次に備えるために残しておかなければいけない戦力の保持が難しくなるからだ」
「さらに次の戦いを考えているんですか?」
キワカの驚きは当然なもの。
聞きようによっては、今から始めようとしている戦いを手抜きして、次の戦いに備えようとしていると勘違いされてしまいかねない発言なのだから。
しかしドーソンの側にしても、キワカの驚きようが意外だった。
「言ってなかったか。俺は戦いの中で死ぬ気は一切ない。なら戦い終わって生き残った先のことを考えることは当然だろう」
「それは、そうかもしれませんけど」
アマト皇和国の幼年学校では、『いざという時は死んで護国の礎となれ』と兵士教育を受ける。
ドーソンも幼年学校から士官学校へ進んだ人物なので、この教育を受けているはずだった。
しかし実際、ドーソンの『死ぬ気がない』という意見は、兵士教育を真っ向から否定していた。
キワカが驚きで固まっていると、ドーソンは納得顔になる。
「キワカも護国の礎という言葉を誤解している口か」
「誤解って、しようがないと思うんですけど?」
醜く生き延びるよりも潔く死ねという意味にしかとれないと、キワカが首を傾げる。
しかしドーソンの意見は違った。
「あの標語を真正面から捉えるな。あのな、兵士1人士官1人を育てるのに、どれだけのコストがかかっているか分かっているか?」
「子供から兵士までで、正社員の年収3年分ぐらいだったような?」
「士官なら5年分だな。それだけのコストをかけて育てた人材を、軽々しく消費していいわけないだろ」
「でも、死んで礎になれと」
「それは本当に『いざという時』だけだ。万策尽きで死ぬしか未来がないときに限り、その命で九死に一生を得る方へ賭けろ。その賭けに敗けて死んでしまっても、その勇士をアマト皇和国は忘れない。そういう意味を含んでの『護国の礎』だと、俺は思っている」
ドーソン独自の解釈ではあったが、死ぬために頑張るのではなく生き抜くために足掻けという標語は、キワカの心を打った。
「そんな命を浪費する戦い方だから、乱戦が好きではないということですね」
「今回ばかりは、やらないといけないから仕方がないけどな」
ドーソンが苦々しげに呟くと、今度はコリィが疑問を口にしてきた。
「え、えっと、その、どうして、今回は、勝たないと、いけないんです?」
「好きじゃない乱戦までしてやるべきことか、っていう疑問か?」
コリィが頷くのを見てから、ドーソンは顎に手を置く。
「今回の戦いが、重大な分水嶺だからだ。それもアマト皇和国の影響力をオリオン星腕内に残せるかどうかのな」
意外と大きな話に、コリィだけでなくキワカも面食らっている。
「そ、そんなに?」
「どう考えれば、そんな想像に至るんですか?」
「そうだな。もし今回の戦いに負けた場合のことを、俺の予想で言ってみようか」
ドーソンが一息置くと、≪雀鷹≫の乗員全てが耳を傾けた。
「最初に言っておくが、負け戦でも≪雀鷹≫、≪百舌鳥≫、≪鰹鳥≫、≪鯨波≫は逃げ延びさせるよう動く。だから自分たちが死亡するということは考えなくていいからな」
生き汚さを信条としているドーソンなら、そうするだろうなと軽い笑いが起こる。
「だがそれ意外の海賊は、SU宇宙軍に殲滅されてしまうだろう。≪ビックコック≫も破壊されて皆殺しだ。そして今回の戦いに多くの海賊が参加している。それが殲滅されてしまっては、2度目の機会は時間を置かないと作れない」
「TRから海賊になりたい人がSUの宙域に進出してこないと、海賊が生まれませんからね」
オイネの補足説明を受け入れつつ、ドーソンは予想を続ける。
「≪チキンボール≫などの海賊拠点や独立宣言した企業たちも、海賊が殲滅されていく様子を見せつけられれば、白旗を振るしかない。単なる拠点や企業が生き残れるほど、SU宇宙軍は甘くないからな」
「ドーソンが働きかけて作り出した影響が、それでは真っ新になってしまいますね」
「俺の功績は横に置くとしても、そうなったら俺は受けた任務をマイナスから再出発させなければいけなくなる」
いまのところ、ドーソンの海賊活動の果てに、アマト皇和国の出張拠点として≪チキンボール≫を保持することが出来ている。
その優位性を保持し続けるためには、今回の戦いで大敗するわけにはいかない。
「最低でも、宇宙軍と海賊とが痛み分けに終わることが、今回の戦いで必須になる。その条件を満たすために、海賊を大量消費するような乱戦を実行するしかないわけだ」
「大量消費って、それほどの被害がでる予想なんですか?」
「10倍の敵と乱戦するんだ。生きて戦場を離れられるだけの実力が、海賊にあるかどうか」
大量の敵の中に入り込んで戦うのだ。
その中から脱出することは、敵陣の僅かな乱れを見抜く目と突破する度胸が必須で、ドーソンですら骨が折れる所業となる。
単に武装を施した船や拿捕した軍艦を乗り回す海賊に、そういった技能を求めることは酷でしかない。
「ドーソン艦長は、海賊を使い潰してSU宇宙軍に勝つ気でいるんですか?」
キワカの顔色を青くしての質問に、ドーソンは力強く頷く。
「そうすることでしか、俺は任務を果たせないからな。もっとも、俺だって海賊を無為に殺したいわけじゃない。出来る限り多くを助ける方針ではあるからな」
その『多く』が海賊2万隻のうちどれだけなのかは、ドーソンでも把握していない。
そんな予想すら立てられないほど、今回の戦いは厳しいものになるという証左である。