147話 ≪ビックコック≫に戻ってきて
ドーソンと率いていた海賊たちは、大した被害もなく≪ビックコック≫へと戻ってきた。
しかし無事だったのはドーソンたちだけのようで、あの戦場から逃げ帰ってきたいくつかの海賊の集団は、どれも手酷い被害を受けていた。
特に超巨大戦艦を有していた海賊集団は、ほぼ壊滅と行って良い被害を受けていた。
それでも流石は超巨大戦艦。外装がボロボロになりつつも、≪ビックコック≫まで無事に逃げてこれていた。
しかし艦は無事でも乗組員はそうではなかったようで、オイネが流れてきた噂を掴んでいた。
「どうやら、ロン大人はすっかり意気消沈してしまったようで、≪ビックコック≫の歓楽街へ逃げてしまったようです」
「もともと商人や内政向きの性質が濃かったからな。戦場の雰囲気が肌に合わないと実感して嫌になったんだろう」
だが海賊を集めた張本人がやる気がなくなろうと、SU宇宙軍が海賊殲滅を掲げていることは曲げようのない事実。
ドーソンが率いていた以外の海賊が多く失れているため、いま対処を怠れば≪ビックコック≫だって壊滅させられてしまうことにもなる。
「ここで多くの海賊を引き込むしかないな」
ドーソンは敗走してきた海賊たちを手に入れるべく、オイネとベーラと協力して当たることにした。
ドーソンとオイネは海賊たちに、自分の指揮下に入れば宇宙軍に勝てると戦績を交えて吹聴した。
ベーラは通信手として交流していた海賊たちに協力を仰ぎ、ドーソンの戦いぶりについての噂を流してもらった。
最初はドーソンたちに半信半疑な海賊が多かったが、噂する者たちの情報を耳にしたこともあって、徐々に賛同者が増えていった。
そして敗走から一両日が明ける頃には、≪ビックコック≫に逃げてきた大多数の海賊が、ドーソンの指示に従うことを表明した。
これほど多くの海賊が決断してくれた背景には、いま逃げたところでSU宇宙軍に殺される未来しかないといった自覚と、ロン大人が意外なほどに役に立っていないという失望があった。
これで戦力は集められる上限近くまで手に入った。
あとは≪ビックコック≫を治めるロン大人に、ある許しを貰うだけ。
ドーソンは≪雀鷹≫から≪ビックコック≫の歓楽街に移動した。ロン大人と面会するためだ。
オイネを横に伴っているのは、客引きから逃れるためと、電脳アンドロイドからロン大人がいる場所の情報を引き出すためだ。
オイネのハッキングを受けて、殿のアンドロイドが語り出す。
「ぎ、ぎぎ――ロン大人は『天楼郭』という最高級娼館に入ったと、そう情報が来ています」
「彼に面会することは可能でしょうか?」
「余人を寄せ付けないようにしているという情報があります」
「貴方の伝手で引き合わせてもらうことは可能ですか?」
「できません。あの娼館にはアンドロイドはなく、生身の女性だけですので」
オイネは必要な情報を聞けたからと、アンドロイドのログからハッキングの部分を消去してから放流した。
「容易く会えそうにないですが、どうするんです?」
「穏便な手が使えないのなら、荒っぽい手を使うしかないだろ」
ドーソンは仕方がないと肩をすくめてから、天郭楼の玄関を潜った。
「ロン大人と話がある。通してくれないか?」
ドーソンが用件を伝えると、着崩した衣服の女性が立ちはだかった。30代と思わしき容姿を持つ女性は、頭と胴体は生身のようだが、手足は機械化になっている。
身体運びは格闘経験者らしいものなので、この娼館の用心棒なのだろう。
「どんな理由であれ、お客でないのなら帰ってもらうよ」
凄まれて、ドーソンはオイネに視線を向ける。しかしオイネが首を横に振ってきた。どうやら、この用心棒の手足にハッキングは出来なかったようだ。
「それなら、仕方ないな」
ドーソンが腰から光線銃を抜いた瞬間に、用心棒が襲い掛かってきた。機械化された手足での打撃を放ってくる。
ドーソンは攻撃の軌道を読みつつ避ける。そして避けた直後に、用心棒の手足に紫電が巻きついているのが見えた。
「電撃で麻痺させる気でいるわけか」
用心棒は応えず、攻撃を繰り出し続ける。
ドーソンは1発でも食らえば終わりだと避け続ける。手にある光線銃で照準を付けるのも難しい。下手に手を持ち上げでもしたら、その手を掴まれて電撃を流されることが目に見えているからだ。
そんな状況でも、ドーソンには余裕があった。
それは士官学校に入る前、幼年学校時代に人工知能を搭載した躯体との戦闘経験を積んでいるから。
あのときの躯体と比べたら、この用心棒は頭と胴体が生身であるためか、機械化した手足の出力に振り回されている感じがある。
その欠点を付くために、ドーソンはあえて自分の足が滑ったように見せかけて、地面に膝を着いた。
ここで用心棒は勝負を決めようと、ドーソンを足で蹴ろうとする。ただ電撃を纏った足で触れれば終わりなのに、あえて蹴りを入れようとしてきたのだ。
前の足で踏み込み、後ろの足で蹴りつける。
その2挙動が終わる前に、ドーソンは腰だめに光線銃を構えていた。狙いは自分に迫ってきている、用心棒の蹴り足。
パシュッと軽い音が鳴り、光線銃が射撃した。
用心棒の蹴り足の膝に穴が空き、纏っていた電光が消え失せる。
その足に蹴り飛ばされ、ドーソンは地面を転がりながら再照準。今度は逆足の太腿に光線銃で穴を空けた。
両足を破壊されて、用心棒は尻もちをつく。ドーソンは立ち上がりながら、光線銃で彼女の両肩を射貫いた。
両手両足を壊されて、用心棒は地面に転がった。
「通して貰うぞ」
ドーソンが娼館の敷地に踏み入ると、そこには先ほど倒した用心棒と同じような、手足を機械化した用心棒が複数人いた。
距離があいている内に数を減らそうとドーソンが光線銃を構えると、唐突に建物の中にパンパンと拍手の音が響いた。
音を辿ると、紫色のスーツを来た白髪で高齢の女性が立っていた。
「お前たち、止しな。その仮面付きの兄さんは、海賊たちに認められて代表者になった男だ。ロン大人と面会する権利があるのさ」
用心棒たちがサッと動き、道を開ける。
老女は人手で来た花道を進むように、悠然とドーソンに近づいて来た。
「事情が通じてなかったようで、すまなかったね。ロン大人と面会するなら、案内させてもらうよ」
「……これから始まるのは、宇宙軍と海賊との艦隊戦だ。俺の白兵戦の実力なんて見て、どうする気だったんだ?」
ドーソンが婉曲的に、先ほどの用心棒の戦いを見ていただろと伝えると、老女は朗らかに笑った。
「男の肝の座り方を見るには、あれが一番の手なんだよ」
「で、俺の評価は?」
「相手が女だと見ても、侮らないし容赦もない。ただ無意味に相手を殺さない節度も持っている。中々にいい御仁だよ、アンタは」
「あの用心棒は電撃で失神狙いだったからな。非殺傷目的で戦ってくるのなら、こちらも殺さずないようにするのが道理ってだけだ。優しさから殺していないと勘違いされては困るんだが?」
「はっはっは。そんな勘違いはしないさ。アンタの目は、必要とあれば誰だって殺す、狼の目をしているんだから」
老女の変な評価に、ドーソンは思わず首を傾げる。
宇宙時代が始まってから、狼を始めとする肉食獣は愛玩用以外は地球の外に連れ出されていない。
アマト皇和国においても、慣用句として動物を用いることはあるが、実物の動物がアマト皇和国の本星にいないことはザラにある。
だから『狼の目』という比喩表現について、ドーソンが聞き覚えがないのは仕方がない事だった。
「仮面越しに見てもわかるほど、この目が狼っぽいのか?」
「むしろ仮面の奥でギラリと光っているからこそ、狼っぽいのさ」
やっぱりよく分からないと、ドーソンは首を傾げたまま。
ともあれ、この老女のお陰でロン大人と面会することは叶った。
そして先の戦闘での大敗で女性の肉体に溺れていたロン大人に、ドーソンがあることを要請した。
ロン大人は『歓楽街に手を出さないのなら好きにしろ』と確約をして、用が済んだなら出て行けとばかりにドーソンと老女を部屋から追い出した。