146話 高重力の惑星での戦闘
ドーソンは想定していた逃げ道を使いながら、同道している海賊たちの指揮権を握ることに血道をあげていた。
「――とりあえず撤退中だけは、俺の指揮下に入ることを了承してくれたな」
「こちらは既に100隻の海賊艦が配下にいましたしからね。寄らば大樹の陰ということでしょう」
「それと、ロン大人と決戦砲付きの戦艦が、こちら側には逃げてこなかった点もあるだろうな」
決戦場に集まっていた海賊は、逃げだす際に幾つかに分裂した。
その際に、生き残った2隻の超大型戦艦とは別行動となっている。
そして海賊の切り札である2隻がいないためか、ドーソンたちを追走するSU宇宙軍艦隊は、必ず追いつくという気概があるようには見えない感じがあった。
「油断しているわけではなく、他の海賊を追っている方が片付くことを待っていると見るべきか」
厄介な超大型戦艦を先に排除してから、SU宇宙軍が集結して残った海賊を討っていく。
そういう図式が先に描いての追走なら、ドーソンたちを追う宇宙軍艦隊の手緩さにも説明がつく。
「海賊の士気を取り戻すためにも、1当てしておくか?」
ドーソンはとりあえず、彼我の戦力差を計算してみた。
お互いの総数、海賊と宇宙軍との艦船や装備の差を考慮に入れると、およそ海賊の倍の戦力を追走してくる宇宙軍艦隊が持っていると見るべきだった。
「2倍なら、どうにかか……」
もちろん、何もない宙域で真正面から戦うなんて真似をしたら勝ち目はない。
しかし、宇宙軍艦隊が実力を発揮できない宙域で戦えば、2倍の戦力差がある相手でも局所的な勝利を掴むことは可能のはず。
少なくともドーソンは、そう考えていた。
「オイネ。逃走経路の中で、入り組んだ場所があるなら表示してくれ」
「その条件での候補は3箇所ですね」
オイネが宙域図を3つ展開する。
鉱物採掘が盛んな隕石地帯。大型惑星ばかりがある影響で重力場が偏在している星系。爆発したばかりの恒星が存在する影響で細かい塵と磁気が入り乱れる嵐のような潮流がある場所。
どれも追走してくる相手を迎え撃つには、それなりの長所がある場所ばかり。
ドーソンは彼我の戦力差と海賊の技量を考えて、大型惑星の星系で待ち伏せを行うことを決定した。
ドーソンは率いていた海賊たちと共に長距離跳躍を行い、目的地として定めていた大型惑星ばかりの星系へとやってきた。
いま時点では宇宙軍の追跡艦隊の姿はないが、すぐに跳躍先を調べる装置を用いて位置把握をしてから、この星系へと跳んでくるはずだ。
「時間がないぞ。急いで指示した場所へ移動しろ」
ドーソンが仮面を被りながら、指揮権を預かった海賊たちに指示出しを行っていく。
海賊たちが展開していく場所は、この星系の中にある恒星の次に質量が大きい惑星。大気があり、水の存在も確認できるが、地球の3倍もある高重力のせいで人が住めない惑星だ。
重力が大きいため重力圏も広くあり、航行に普段とは違うコツが要る場所となっている。
ここを戦場に選んだのは、海賊の艦船と宇宙軍の艦船の違いを考えてのこと。
海賊の艦船は、追跡者から逃れるために、速度が出せる改造を行っていることが多い。そして奪った品々を収めるために艦船の積載場所を空けていることで、重量が軽い。
その2つの資質は、重力場が強い場所でも楽に動ける資質となり得る。
翻ってSU宇宙軍はというと、艦隊の速度は軍艦の一般的なものに落ち着くし、戦争をするための艦艇だけあって武装で積載場所は満杯にしてある。
強く重力圏に捕まると、身動きが鈍ってしまう要素が揃っている。
この差を生かして、ドーソンは追走してくる宇宙軍に一泡ふかせようとしているわけだった。
海賊たちの配置は、高重力惑星へ落ちないギリギリの軌道上。
これでもしSU宇宙軍の艦艇が同じ場所まで降りてきたのなら、艦の性能差で勝手に自滅してくれるだろう。
しかし宇宙軍とて考えてはいるようで、海賊の艦船が集まった場所よりも高い軌道で、宇宙軍艦隊は集結している。
「海賊たちから、どうするんだって質問がきてるよ~」
「俺の指示通りに動けば良いと伝えておけ」
ベーラに事付けてから、ドーソンは戦端を開くことを決定。海賊の艦船に攻撃するよう指示を出した。
低い軌道にいる海賊の艦船から、高い軌道にいる宇宙軍艦隊へと、砲撃と射撃が始まった。
荷重電粒子砲は文字通り熱した粒子を投射する仕組みで、熱線砲は熱を持たせた光を放つので、重力による減衰を考えなくてもいい武器だ。
それでも重力による影響は出るもので、投射軌道が若干曲がってしまう。
「落ち着いて修正しろ。重力場によって攻撃に影響が出るのは、宇宙軍だって同じだ」
ドーソンが味方に声掛けをした通りに、宇宙軍からの反撃も惑星重力に引かれて曲がっていた。
お互いに最初の攻撃は成果なしで終わった。
ここから重力の影響を克服した方が、戦果を上げることができるようになる。
では、海賊と宇宙軍のどちらが有利か。
それは、この場所で戦うと決めたドーソンの方が有利であり、想定外にも戦うことを強要された宇宙軍の方が不利だった。
ドーソンはあらかじめ高重力惑星の重力圏の影響について把握しており、先ほどの攻撃からすぐに射撃に修正を加えることが出来るようにしていた。
一方で宇宙軍は、重力圏の把握と攻撃の偏差を同時に行う必要がある。
1つの作業と2つの作業では、どちらが早く終わるかは目に見えていた。
「第二斉射」
ドーソンの号令と共に、海賊の艦船から一斉に攻撃が行われた。
今回は射撃に修正を加えたこともあり、命中弾が多くある。
しかし海賊の艦船にある武装は貧弱なものが多いため、撃破数は控えめになってしまっていた。
「一度で撃破できないのなら、何発でも撃てば良い。攻撃し続けろ」
戦果の乏しさに気落ちしないようにとかけられた言葉に奮起したのか、海賊の艦船から連続して攻撃の光が放たれる。
やがて、攻撃を受けた宇宙軍の艦艇が1つ2つと軌道を下げていく。推進装置に関係する場所に被害を受けて速度を維持できず、惑星の重力に引かれて落ちているのだ。
落ちていく姿に、海賊たちから歓声が上がる。
『やれる、やれるぞ! 攻撃続行だ!』
『宇宙軍なんて大した事ねえ!』
意気揚々といった風の海賊たちだが、一方でドーソンは仮面の中で難しい顔をしていた。
その理由は、海賊の艦船と宇宙軍艦艇の位置が近づきつつあるからだ。
海賊たちは攻撃に前のめりになり、少しでも当てようと、無意識に艦船を敵へと近づけていってしまっている。
そして宇宙軍も、彼我の距離が近づけば近づくほど、射撃の到達時間が減ることで受ける重力の影響も少なくなる。そのため海賊が接近してくることを受け入れていた。
「引き際が肝心だな」
今回の戦いの目的は、海賊たちに士気と自信を取り戻させること。
宇宙軍の艦艇に幾つか被害を与えられたことで、この目的は達成できている。
ここで下手に色気を出して、海賊に大きな被害を出してしまっては、元の木阿弥になってしまう。
宇宙軍だけに被害を与えているいまのうちに、勝ち逃げすることが上策といえた。
ドーソンはタイミングを見計らい、宇宙軍からの攻撃が激化する直前に、撤退指示を発した。
「事前通達してあった通り、スイングバイ軌道で逃げる。付いてこい」
ドーソンは≪雀鷹≫で率先して逃げるための軌道を取った。
ドーソンが元々率いていた海賊艦隊が続き、それに釣られるように他の海賊も後追いをしていく。
攻撃を唐突に止めての海賊の逃走に、宇宙軍は面食らった様子で攻撃が調子外れになっている。
しかもここで海賊を追うために同じ軌道を取って追いかけると、攻撃することが不可能になってしまう。
どうして攻撃できないかというと、それはドーソンが選んだ惑星スイングバイの軌道にある。
スイングバイの要点は、徐々に艦船の速度を上げながら惑星の重力圏深くまで入っていくことにある。
重力圏深くに入っていくということは、砲撃や射撃の際に受ける重力の影響も時間と共に大きくなることであり、場所場所で重力の影響が違ってくるので攻撃時の計算が複雑になることでもある。
そんな状態では攻撃などまともに当てられるはずもない。
それに加えて、スイングバイ軌道で逃げる際には速度を出した上で重力にも絡めとられるため、艦船が受ける重力の影響も凄まじい。
どんな艦船に搭載されている、慣性制御装置。その上限を越える重力加速度の影響が降りかかるのだ。
「うぐぐ……」
ドーソンは体感で、普段の重力の数倍もの圧力を体に感じていた。
キワカは圧力に敗け、椅子から落ちて床にへばりついている。ヒトカネも苦しそうな顔をして、座席のやや倒した背もたれに完全に体を預けてしまっている。
機械の体を持つ人工知能の面々は、この環境の中でも平気そうな顔をしている。それでも腕を持ち上げたり首を傾けたりしないよう、整った姿勢で席に座っている。
ドーソンたちですら辛い状況だ。
海賊の中でも根性のない人物では、耐えられずに海賊船を減速させる者も現れる。
『これで息がつけ――何のアラームだ!? 惑星落下軌道!?』
スイングバイとは、惑星の際を通る軌道。その軌道上で船を減速などさせたら、重力に捕まって惑星に落ちるのは当然だ。
『さ、再加速だ! どうした、船の速度が上がらない!?』
高重力の惑星に引かれた状態から脱出するには、快足自慢の海賊船でも出力が足りない。
こうして速度を落としてしまった海賊船は、惑星に落下していく。
艦船には、惑星に再突入する際に受ける空力加熱に耐えるよう、特殊な加工が去れている。
しかしその加工は、人が居住可能な地球と同じ程度の重力を想定してのもの。
人が住めないような高重力の惑星へ突入する際の、空力加熱には対応していない。
もし仮に加熱をやり過ごすことが出来たとしても、惑星地表に落下した海賊船が再び宇宙へ戻ることは出力不足でできない。
どのみち、根性なく減速してしまった海賊の未来は、この惑星で命が尽きることに変わりない。
そしてドーソンやその他の海賊も、艦船を減速させることができないため、惑星に落下中の海賊を手助けすることはできない。
そうした海賊の犠牲は、実はいい影響も与えていた。
それは惑星に落下する海賊の助けを求める悲痛な声が全波帯通信に乗ったことで、宇宙軍の追撃の足が止まったのだ。
下手に追いかけて惑星に落下しては生き残れないと知って、怖気づいたのだ。
こうしてドーソンと勇敢な海賊たちは、高重力の惑星をスイングバイ軌道で脱出し、宇宙軍からも逃げることに成功したのだった。