142話 ≪ビックコック≫
海賊拠点≪ビックコック≫。
地球周辺宙域と≪チキンボール≫の間に位置する、宙間座標固定式の居住可能人工衛星を、海賊が接収して出来た拠点だ。
元から居住区や生産区域を持っていた衛星だったが、その部分は全て歓楽街へと変わっている。
その衛星にくっ付く形で2つの球状の施設があるが、こちらは海賊が拿捕した船を素材に増改築を繰り返してできた、海賊用の施設になっている。
ドーソンと率いている海賊艦隊は、その球状の施設へと訪れた。
≪ビックコック≫の周辺には、すでに多数の艦船が集まっていて、SU宇宙軍の観艦式に負けない船の威容を作り上げている。
ここまで船数が多いと、全ての船を球状施設に入れることは出来ない。
そのため、各代表の艦船か艦長船長のみが入港を許されているようだった。
「じゃあ、行ってくる」
「海賊艦隊の掌握はお任せください」
白黒の仮面をつけたドーソンはオイネに見送られながら、≪ビックコック≫から来た少人数用の短距離航行宇宙船に乗り込んだ。
短距離船は近場の海賊艦を回って、それぞれの艦長を回収してから≪ビックコック≫の球状施設へと入港する。
中に入って光景を眺めてみて、ドーソンは雑然としているという感想を抱いた。
宇宙船を素材に使って作ったからか、どの床も通路もデコボコとしている。その上で、複雑怪奇に入り組んだ通路を表すように、矢印付きの看板がいたるところに設置されている。その看板にも小さなステッカーが張られていて、こちらは小型商店や路上の取り引き場所を示している。
無法者の集会所らしい煩雑さだとドーソンが感じていると、顔の横に空間投影型のモニターが小さく現れた。
どうやら道案内用のアプリが起動しているようで、ドーソンの現在位置と周辺地図が映し出されている。
画面をタップすれば拡大縮小、両手を使って引き延ばせば画面が大きくなり、場所検索は音声認識のようだ。
ドーソンが試しているように、同じ短距離船で乗り込んだ他の海賊たちも同じようにモニターを操作している。
そうして案内アプリの習熟を行っていると、唐突に画面に私掠免状の提示を求める文章が現れた。
ドーソンは訝しんだが、私掠免状に紐づけされている機能は少ないからと、モニターに触れるようにして免状を掲げた。
すると案内アプリが勝手に座標を設定し始め、そしてドーソンが行くべき道を示し出した。
「ここに行けということか」
ドーソンは呟きながら、チラリと他の海賊たちの画面を盗み見る。
海賊たちも行き先を指定しているようだが、ドーソンと同じ場所を指定されているのは極少数のよう。その他の海賊は、また別の同じ場所を指定されているようだ。
何かしらの基準で行き先が決まっていると予想がつくが、ドーソンはとりあえず指定された場所へ向かってみることにした。
曲がりくねった道を進み、障害物を乗り越えて、ようやく案内アプリで指定された場所へと辿り着いた。
そこは門扉を取っ払われた作りの、赤いペンキで店内が塗られた丸テーブルに丸椅子が並んだ飲食店。黄色い文字で『来来』や『招来』などと書かれているを見て、ドーソンは『中華料理屋』なのだろうと予想をつける。
その飲食店の中には、既に何人もの海賊が席に座っている。小さな器に入った飲み物を飲んでいたり、蒸し器に入った料理をフォークで刺して食べていたりと、思い思いに過ごしている様子が見えた。
ドーソンは案内アプリの画面をもう一度見ると、その店のどの席に座るかも指定されていた。
案内通りの席に座ると、小型浮遊ドローン型の注文受注用の端末が飛んできて、音声を流し始める。
「ご注文を、お受けいたします」
「メニューは?」
「画面を、ご覧ください。お決まりになりましたら、料理をタップしてください」
案内アプリの画面が変化し、この店が提供できる料理が表示される。
料理には料理名と値段が表記がされていたが、値段の部分全てに横線が入っていて『特別措置で無料』と書かれてあった。
ドーソンはざっとメニューを見ると、アマト皇和国でいうところの『五目チャーハン&中華スープ』と『焼き豚の盛り合わせ』と『香味野菜炒め』と思われる料理をタップした。
「以上で、よろしいでしょうか? お酒など飲み物は?」
「それは要らない。それと注文については、とりあえずはだ」
「追加注文がございましたら、同じ手順でご注文ください」
小型ドローンはドーソンの元を離れると、別の海賊の元へと飛んでいった。
ドーソンが指定された席は、この店の左端の壁際の真ん中。軽く見渡せば、店内を一望できる位置にある。
だから、これ幸いと他の海賊の姿を確認することにした。
港に入れる艦船に限りがあった関係上、≪ビックコック≫の球状施設には艦長以上の者たちしかいないはず。
そしてドーソンと短距離船に同乗した海賊の多くが他の場所を指定されていたことから、この店にいるのは艦長身分に加えて何らかの条件に合致した人物たちだ。
そんな人物たちでも、どうやら顔見知りの海賊たちを近くに配置しているようで、人が集まっているテーブルでは仲良さそうに会話を楽しんでいる姿が見受けられた。
ドーソンのように周囲に他の海賊が居ないものもいるが、そのだれもが一匹狼の雰囲気を持っている。しかし彼ら彼女らは他の海賊から一目置かれてもいるようで、挨拶に赴いてくる者もいた。
「本来、海賊活動2年目の俺がいる場所じゃないってことだろうな」
ドーソンは仮面の中で周囲に漏れない声量で呟きつつ、ワゴン型の料理運搬用ロボットから頼んだ料理を受け取ってテーブルに並べた。
それら料理から立ち上ってくる匂いは、≪ハマノオンナ≫にあった料理店とは比べ物にならないほど――凝り性な料理人が多くて味も良かったアマト皇和国の店と同等の、香しさがあった。人工衛星内の料理のため合成食料品のはずだが、そうとは思えないほど良い匂いだ。
ドーソンは口元の仮面を展開すると、いそいそと料理を口に運ぶ。
五目チャーハンは、米が香ばしくパラリと解れて具材の味も良好。中華スープは若干の獣臭がするが、それが刻まれて入れられた香味野菜によって良いアクセントに。焼き豚は、身の詰まったものと脂身の多い部分とが盛られていて、味と食感の差が楽しい。香味野菜炒めは油でテカりがついているが、食べてみるとさっぱりとしていて食事の手が止まらなくなる。
オリオン星腕に入ってから初めて出くわす、高水準の料理。
ドーソンは早まってしまいそうな食事の腕を抑えるように気を付けつつ、ゆっくりと食事を楽しむことにした。そして焼き豚一切れ、中華スープ一飲み分が残ったところで、今度は珍味系とお茶でも頼もうかとメニューをめくっていく。
黒卵か仙草寒天か。烏龍茶か香草茶か。悩んでいると、やおら店内のざわめきが大きくなった。
ドーソンは黒卵と香草茶をタップしてから顔を上げると、店内に派手な様相の男性が半裸の美女2人を連れて入ってくる姿を見つけた。
男性は金糸模様が入った赤い礼服で、手指と首に金の装飾を山盛りに付けている。同道している半裸の美女2人は、見事なプロポーションの胴体部分は生身だが、手足は機械化で線の電飾が入っている。
不思議な取り合わせの男女だが、その正体は周囲の海賊たちの会話から判明した。
「あれは≪ビックコック≫の大親分と、その情婦か」
「ロン大人が歓楽街から球に来るなんて珍しい」
どうやら、この海賊拠点の支配人らしい人物の搭乗。
ドーソンはその人物を目に入れながらも、運ばれてきた黒卵と香草茶を受け取り、両方を口に運び、やはりこの食べ合わせは正解だったと感想を心の中で呟いたのだった。