141話 海賊の主導権
殲滅宣言を受けたこととゴウドが呼びかけをしたこともあって、海賊は一丸となってSU宇宙軍と戦うことに決まった。
しかし、海賊は元々個々人で活動している者たちであり、海賊を取りまとめる拠点も各々が独立した組織だ。
そのため、SU宇宙軍との戦いで、どこが主導権を握るかでひと悶着起こった。
そう報告してきたのは、疲れた顔で通信をしてきた、ゴウドだった。
『いやあ、本当に主導権の握り合いが凄くて。このままだと、宇宙軍と戦う前に海賊同士で戦いが始まるんじゃないかと、ひやひやしたものだよ』
そのときの光景を思い出したのか、ゴウドの顔色が若干青い。
ドーソンは慰めの言葉をかけようとしたが、寸前で思い止まった。
「それで、主導権の行き先は?」
『≪チキンボール≫の代表として、ドーソン特務中尉の対宇宙軍戦績を持ち出して主導権を握ろうと頑張りはしたものの、それが逆に他の拠点の責任者たちを団結させてしまったようでね』
ゴウドが主導権を握ると、必然的に現場責任者はドーソンとなる。
なにせドーソンは、いままで何度となくSU宇宙軍と戦ってきて、多少の被害は出しているし、戦わずに逃げたこともあるが、大敗を喫したことがない。
それだけの戦績を持つ人物は、他の海賊に稀でも居ないこと。
しかし他の海賊たちの認識では、今回の宇宙軍との戦いは、今後の海賊艦のパワーバランスを決定付けるものだ。
そこでゴウドが主導権を握りドーソンが現場責任者となってしまっては、全ての功績が≪チキンボール≫の関係者に集約されてしまう。そうなれば今後の海賊は、≪チキンボール≫を至上に置いた体勢に必然的になってしまう。
その未来が来ることを、他の海賊は嫌がったのだ。
「≪チキンボール≫の支配人は、長年勤めていたジェネラル・カーネルから、就任して1年ばかりのゴウド准将だ。そんな就任して日が浅い人物に海賊の全権を握られては、他の拠点を牛耳っている海賊は溜まったもんじゃないだろうな」
『同じようなことを、議論中にやんわりと言われたとも。就任歴が長いものに任せるべきだとな』
「職歴の長さが有能な証ではないんだけどな。この点の誤認は、オリオン星腕でもアマト星腕でも変わらないようだ」
そういった議論の果てに、SU宇宙軍との戦いの主導権は、ゴウドや≪チキンボール≫の海賊から取り上げられてしまった。
主導権争いに負けた形になったが、しかしドーソンは余裕顔のままで、ゴウドは疲れが見える表情の中に安堵を滲ませている。
「こちらが目論んだ通りになって、安心したよ。会議の様子をこっそりと見ていたが、ゴウド准将が殊のほか頑張っていたから、主導権を握れてしまうんじゃないかとヒヤヒヤしたしな」
『はははっ。その心配はいらなかったとも。この私は、あまり交渉事が得意じゃない。必死にやったところで、海賊を長年まとめて来た者たちに比肩しうるはずもない。むしろ全力でやらなければ、相手側を騙すことはできなかったはずだとも』
そう。ドーソンとゴウドは、もともと今回の戦いについての主導権を握る気はなかった。
それはどうしてかと言うと、現時点の≪チキンボール≫の役割は、海賊拠点の1つとは別に、アマト皇和国星海軍がオリオン星腕に持つ唯一の出張拠点という意味合いがある。
そんなただ1つの出張拠点を失うリスクを下げるためにも、主導権など他の者に押し付けて、その者が支配する海賊拠点がSU宇宙軍との戦いの中心地にした方が利点が多いわけだった。
「それで、主導権を握った者の拠点とは?」
『拠点の名称は≪ビックコック≫。≪チキンボール≫よりも更に地球側に近い宙域に存在する、投棄された閉鎖シリンダー型の居住可能な人工衛星だよ』
ここでオイネが海賊拠点≪ビックコック≫の資料を、ドーソンの前に空間投影型のモニターで表示した。
恒星の光を吸収するための黒い外壁の、円筒形の人工衛星。そして後付けと思わしき、大きな銀色の球形の区画が2つ衛星にくっ付いている。
「黒くてデカい棒と、2つのタマ。なるほど『大きな一物』な見た目だな」
「その名前の通りに、なかなかに下品な拠点ですよ。シリンダー型の部分が全て歓楽街。球形の部分が海賊活動に必要な施設になっているみたいですし」
『海賊の中には、その歓楽街の虜になっている者も多いようでね。≪ビックコック≫が主導権を握ったならば、SU宇宙軍との戦いに参加する海賊には、歓楽街を無料で使用する権利を与えると表明した瞬間に、主導権争いが決まったのだよ』
古来より、戦争の陰には性風俗の商売があったという。
その習いに従えば、その手の商売に強い拠点が主導権を握ることは悪いことじゃない。
そしてドーソンの別の目論見にしても、この拠点はなかなかにうってつけだった。
「SU宇宙軍との戦いが上首尾に終わった後で海賊国家を作るには、こういった場所のほうが『それっぽい』な」
「無法者である海賊の主権が、歓楽街の支配者にある。なかなかに漫画的な設定ですね」
「典型的ということは、人々に受け入れられやすいということでもあるからな、悪くない」
『……オリオン星腕に海賊を国主とする無法国家を作り上げるというのは、冗談ではなく本気だったのかね?』
ゴウドが問いかけると、ドーソンは変なことを質問されたと言いたげな表情になる。
「必要だからな。なにせアマト皇和国の出張拠点が≪チキンボール≫1つだけというのは、オリオン星腕で工作するには心許ない」
『別の拠点を作るにしても、無法者で国家をなどと』
「法も秩序もない怪しい者たちが溢れる場所であればこそ、アマト皇和国の工作員が大手を振って歩けるというものだろ。それに≪チキンボール≫を支援している企業も、この無法国家に興味を示している」
『法令関係で開発できない技術を、この無法国家でなら研究することができるようになると意欲的だったとも。その点は分かっているのだ。分かっているが、どうしても無法者が国をつくることを納得できないのだよ』
ゴウドは善良な心を持っている人物だ。そしてアマト皇和国での育った経験から、国家とは万民のためにあると無意識に信じている。
その善性な価値観から、己のために他者を虐げる無法者が国を作って治めるなど許しがたいのだろう。
しかし、反骨とあくどさを心に飼うドーソンにしてみれば、他の国や他の星腕がどうなろうと気にするべきじゃないという気持ちが強い。
「海賊国家ができれば、オリオン星腕にはSUとTRを含め、3つの大国家が出来ることになる。そして3つの国の存在は、オリオン星腕を緊張状態を孕みながらも安定化する」
『地球時代の故事に曰く、天下三分の計というやつだろう。1つの国が覇を唱えようとしたら、他の2国が共同で抑えつける。しかしその2国も所詮は敵同士なので、真に協力はしない』
「3つの国が足を引っ張り合う状況になれば、SUは空間跳躍環をアマト星腕へ使う余裕はなくなる」
いままでオリオン星腕はSU一強だったからこそ、余っている艦艇と人員をアマト星腕へと捨てるという真似ができた。
しかしTRと海賊国家という2つの敵が存在するようになれば、余剰艦と人員は敵を叩くことに使った方が有益となる。
空間跳躍環にしても、大部隊を1瞬で敵地に送れる装置として、戦争利用に使うようになるだろう。
こういった未来が来れば、ドーソンの任務は達成されたと言って差し支えがない。
「ともあれ、≪ビックコック≫を中心として、SU宇宙軍との戦いを展開していかないとな」
ドーソンは獲物を狙う目をしながら呟くと、オイネは頼もしそうに見つめ、ゴウドは戦争の予感に顔色がより悪くなった。