140話 宇宙軍の強攻
太陽系地球の周辺宙域から海賊を一掃したと、SU宇宙軍が発表した。
それを、ドーソンは≪雀鷹≫のブリッジの中で聞いていた。
「意外と早くに発表したな」
ドーソンの呟きに、オイネが顔を向けてきた。
「意外なんですか?」
「ああ。俺なら、本当に海賊を一掃しても、もう少し後で発表する」
「それって変じゃないですか?」
SU宇宙軍は海賊の一掃をあらかじめ宣言してある。
地球周辺だけとはいえ、海賊を一掃し切ったのなら、その功績を宣伝することは当たり前のように感じられる。
しかしドーソンの考えは違うらしい。
「海賊なんてものは、船1隻に武器を積んだだけでできてしまう。駆除しきるには、なかなかに難しいんだよ」
「どこにでも発生する例の害虫のように、ですか?」
「星海軍がちゃんと機能しているアマト皇和国でさえ、アマト星腕から海賊を根絶やしに出来ていないんだ。ましてやオリオン星腕ではな」
「SU宇宙軍は海賊を一掃できていないのに、出来たと宣言していると見ているわけですか?」
「恐らく、海賊の拠点を潰して、多くの海賊を駆除したことは確かなんだろう。だが、取りこぼしが居ないわけじゃないはずだ」
ドーソンが楽に予想できることを、SU宇宙軍の誰もが思いつかないなんてことはあり得ない。
では、どうしてSU宇宙軍は出来ていないことを発表してしまったのか。
「理由は大きく分けて2つ考えられる。1つは、さっきオイネが言ったように、功績をSU宙域の住民たちへ宣伝して、社会不安を落ち着かせようというもの」
「では、もう1つは?」
「認識の差だな。『全滅』という単語は、軍事関係では全体で3割か戦闘部で6割の喪失を指すが、一般人では1人も生存していないことを指す。そういった類の認識が、SU宇宙軍にはあるんじゃないか」
「海賊の拠点を潰した上で海賊を大まかに追い払ったことを、SU宇宙軍では『一掃』と呼んでいるのではないか、ということですね」
オイネは納得しつつも、疑問もあるようだった。
「ドーソンが発表を控えると言ったのは、一般人が認識する一掃じゃないからですか?」
「そうだ。宣言する内容というものは、伝える相手の認識に沿った内容であることが好ましいんだ。そうしないと、正しいことを言ったはずなのに、間違った感じで受け取られてしまうからな」
今回の場合、SU宇宙軍は『一掃した』と宣言するのではなく、『大まかに一層した』とするべきだった。
そうでないと、仮に地球近辺の宙域で海賊船が1隻でも見つかった場合、SU宙域の住民たちから『一掃で来てない』と突き上げを食らってしまうことになる。
そして、そういった住民感情というものは、得てして権力に対抗するように動くもの。
「宇宙軍は信用ならないと、反政府感情が高まる切っ掛けになるかもしれないな」
「もしかしてドーソンは、そうなるよう状況を突こうとしているとかですか?」
「……いや、止めておこう。正直、手が足りてないんだ。余計なことに労力は割けない」
「現状、≪雀鷹≫麾下の海賊艦隊は≪チキンボール≫で待機中ですけど?」
オイネの意見は最もだったが、ドーソンが言いたいこととは違っていた。
「今はな。もう少ししたら忙しくなるから、余計な時間と人員はない」
「そうなんですか?」
「いまゴウドに、地球近辺以外の宙域にある海賊拠点に連絡を取ってもらっている」
「海賊一丸となって、SU政府と宇宙軍とに当たるため、ですよね」
「SU政府と宇宙軍と昵懇だった海賊とその拠点が潰された。これで海賊とSU宇宙軍とは、会話で落としどころを探れる状態じゃないってことを理解しただろうからな」
SU宇宙軍は、長年の付き合いの海賊を切り捨てたのに、付き合いの短い海賊に容赦するはずもない。
この状況になってしまっては、海賊は生き残りを賭けて宇宙軍と戦うしかない。
「戦うのはいいですけど、海賊をどれだけ集めたところで、20万隻の宇宙軍を相手に勝てるものですか?」
オイネの疑問は当然のもの。
素人同然の海賊たちが、艦隊戦を教育された軍人を相手にして、勝てるのかは疑問だ。
仮に海賊の数が多くて宇宙軍が少なくければ勝ちの目もあるだろうが、今回宇宙軍が投入している艦は20万隻。数で優位に立てるはずもない。
そういった状況をちゃんと理解していて、ドーソンは薄ら笑いを浮かべる。
「さて、やってみないことには分からないな」
「どうとでも取れる言い方をしますね。もしくは、ドーソン自身が指揮を執れば、海賊で宇宙軍を叩き潰せるとでも?」
「そこまでは自惚れてない。勇敢な海賊ばかりなら楽だなと、そう夢想をする程度だ」
つまりドーソンは、海賊が自分の言う通りに動いてくれるのなら、宇宙軍に勝てる手立てがあると語っている。
しかしそれは同時に、海賊がいうことを聞くはずがないと言ってもいた。
「ドーソンでも勝てないと?」
「宇宙軍と戦闘で勝つことは至難だな。士官学校の試験問題で、孤児院出身者への嫌がらせに出せるレベルでな」
「同じような試験を出されたわけですか?」
「試験の方が、もう少し状況が優しかったな」
理不尽な試験問題よりも難易度が高いということは、実現不可能に近い。
「勝てないのなら、どうするんです?」
「なにも戦闘で勝つだけが、条件達成じゃないだろ?」
ドーソンたちが受けている任務は、SU政府に棄民を始めとするアマト星腕への進出行為を未来永劫止めさせること。
「TRの支配宙域を増やし、海賊戦力をひとまとめにし、SUの住民の感情を反政府へと傾けていっている。順調に目論んでいるところまで進んでいっている」
「戦わずに勝つ、と言った感じでもなさそうですけど」
オイネはドーソンが何を考えているのかよく分からなかったが、その点を追求することを取りやめる情報が来た。
「SU宇宙軍が、政府に反抗的な企業を攻撃したようです。企業の防衛隊と激しい戦闘に入ったとのことです」
「その企業は≪チキンボール≫や『コースター』と関りのある、あの企業か?」
「それとは別のもので、地球近辺の経済を牛耳っている企業のようですね」
「攻撃した理由は?」
「海賊に資金援助を行っている容疑が固まったからとされていますね」
この報告に、ドーソンは口の端に笑みを浮かべる。
「本当か嘘の理由かは分からないが、政府の権益に手を突っ込んでくる目ざわりな企業を叩き潰しておきたいんだろう。今なら海賊を理由にすることで、住民からの反発を招きにくいからな」
「海賊殲滅を掲げていることで、海賊に関係している存在を叩いても、住民からは一定の理解を得られますしね」
「企業への攻撃はやるんじゃないかと思っていたが、まさか本当にやるとはな」
「その口ぶりは、企業への攻撃は悪手なわけですね」
「これでSU宇宙軍は宣言してしまったんだ。海賊だけでなく、海賊と関係を持っていた企業も攻撃対象だとな。新たな敵勢力を作るだけで、何の得もない宣言だ」
宇宙軍が攻撃するまで、企業の気持ちとしては、政府にも海賊にも強く肩入れする気はなかっただろう。
企業としては、自分の利益や権益が守られることが第一で、そのうえで稼げればより良いのだ。それこそSU政府が便宜を図ってくれるのなら、企業は海賊との関りをスッパリと止めたはずだ。
しかし現実は逆で、企業の利益や権益を侵すために、宇宙軍が企業を叩き潰そうとしてきている。
こうなっては、企業としては政府に対して反抗するしかなくなる。
「自分からドツボにハマりにきてくれて、大変に有り難い。まさかここまで馬鹿をやるとは思ってなかったから、立ててあった計画の修正が必要になった点だけは頭が痛いけどな」
ドーソンは苦笑いを零しつつ、空間投影型のモニターを呼び出して計画書の書き直しに入った。
計画書の見出しには『星腕三分の計(仮)』と書いてあった。