閑話 偽装重巡艦≪ヘルメース≫は飽きている
SU宇宙軍は海賊の殲滅を宣言した。
その後で威信を示すために開いた観艦式にて、海賊の妨害により宣言にケチがついてしまった。
オリオン星腕中に失態を晒すはめになり、政府高官や宇宙軍高級士官が共に怒髪冠を衝く有り様となった。
「全ての海賊を根絶やしにしなければ、我らの威信は取り戻せない!」
そんな怒り心頭で発せられた言葉と連動して、SU宇宙軍全体に海賊討伐令が下った。
先ずは太陽系地球に近い場所にある海賊拠点が、大戦艦を含む大艦隊を用いて叩き潰された。
しかし海賊とは、総じて逃げ足が速いもの。
海賊拠点を1つ潰し、その後の追撃戦も行ったものの、逃げ延びた海賊はそれなりの数になる。
その逃げ散った海賊は、別の海賊拠点に移るか、さもなければ商船などを襲って奪った物資で自活するかだ。
それらの海賊をも撃滅するため、宇宙軍の艦艇には指令が送られる。
偽装重巡艦≪ヘルメース≫もまた、はぐれて自活する海賊の討伐を命じられ、宇宙を航行することとなった。
偽装重巡艦≪ヘルメース≫の艦長は、他の商船に偽装した巡宙艦3隻と傭兵船に偽装した掃宙艇10隻を率いて、海賊を探して星腕宙道と星間脇道の区別なく進んでいく。
実は、命令を受けてから今までに何度か海賊と戦っており、偽装で取り付けた外装部分に戦闘痕ができている。
そうしたボロな見た目で楽そうな相手と思われているのか、それとも拠点を潰されて後がないからか、再び海賊が襲撃してきた。
「艦長! 海賊船らしき反応から通信が来ています!」
「あー、繋がなくていい。発砲を確認したら、掃宙艇に対処を任せればいい」
偽装重巡艦≪ヘルメース≫の艦長は、投げやり口調で指示を出す。
やる気のない様子だが、それも仕方がないことだ。
偽装重巡艦≪ヘルメース≫に下された命令は、期限が決められていないのだ。
つまり海賊がオリオン星腕から絶滅するまで、偽装重巡艦≪ヘルメース≫を含めた艦隊は命令を実行し続けなければいけない。
その終わりの見えない行動の強制に、偽装重巡艦≪ヘルメース≫の艦長は倦んでしまっているわけだ。
加えて、やる気をなくさせる理由はもう一つある。
それは、襲ってくる海賊が貧弱なこと。
太陽系地球に近い場所で活動していた海賊は、SU政府と宇宙軍と裏取引をして暮らしてきた者たちだ。そのため、政府と宇宙軍に睨まれない程度の装備と活動内容を徹底してきた。
そのため、それらの海賊が所有する海賊船の武器は、商船を脅すぐらいにしか使えない弱いもの。
しかも裏取引で宇宙軍から目こぼしされて過ごしてきたため、商船を襲う際の行動が洗練されていない。
つまるところ装備も作戦も貧弱で、偽装重巡艦≪ヘルメース≫の装甲と火力だと苦戦する理由がないのだ。
事実、商船団と勘違いして近寄ってきた海賊たちは、外装偽装を施された掃宙艇10隻によって、あっという間に粉々になった。
(目標である海賊が釣れて、そして手軽に勝てることは、いいことなんだが……)
偽装重巡艦≪ヘルメース≫の艦長の胸中には、つまらなさが満ちている。
広い宇宙をさ迷い、見つけ次第に海賊を潰し、また次へ。
困難さを感じない仕事は、もう単純作業と同意だ。
先ほど軽く職務放棄のような指示を出したのにもかかわらず、何の問題もなく海賊が処理できてしまっては、やりがいを見つけることすらできない。
そして偽装重巡艦≪ヘルメース≫の艦長には、宇宙軍の上層部から全宙域を回って海賊を倒せという命令があり、現在までに廻れた場所は全体の数パーセント程度。
これから先、いままでと同じ行動を、いままでの何十倍もの時間をかけて行い続けなければならないわけだ。
その作業量を考えると、どうしてもやる気が上がらなくなる。
(もう少し地球から距離が離れた場所なら、少しはマシな海賊が出てくるのだろうが……)
仕事に刺激が欲しくなって呟いた言葉だが、強い相手を望むことは部下の命を預かる軍人として恥ずべきことだと、偽装重巡艦≪ヘルメース≫の艦長は考え直す。
自分の満足のために部下の命を賭けるよりも、不満足でも部下の命が安全なことこそが、艦長として喜ぶべき事であると。
気持ちを入れ替えて次に考えるのは、TRの躍進の陰に海賊の姿があるという噂について。
(いまの政府と宇宙軍の目は、新型の跳躍装置と海賊に向けられている。その代わりに、TRや反政府感情を持つ人民への警戒を怠っている。この図式に、何らかの意図が見える気がするのだが……)
囮艦の艦長という常に敵から狙われる覚悟がいる職業を長年続けてきて、状況のきな臭さには敏感だ。
だからこそ、今の図式を描いた誰かの存在がいるのではと疑念を抱けたが、しかしそこがこの艦長の限界だった。
(この疑念を上奏したところで、海賊殲滅に一丸となっているときに余計なことを言うなと叱られるだけか。大人しく海賊の相手を続けるべきだな)
SU宇宙軍では、職分から外れた行動は嫌われる。そして役職こそが至上である。
だから偽装艦という汚れ仕事を任じられた者からの忠告など、軍の上層部が聞き入れるはずもなかった。
こうして艦長は、自身が気づいたことを口に出さないことに決め、自らの職分を果たすことだけを考えることにした。
この艦長の決断が――上層部に助言を行わなかったことが、後にどのような影響を与えるかは、現時点で理解している者は誰もいなかった。