139話 海賊会談
中央海賊が攻撃を始めてしばらくたつが、何時までたっても示威行為が終わらない。
ドーソンは痺れを切らして、つい中央海賊船団へと通信を送ってしまった。
「おい。会談の要望しておいて、いきなり攻撃とはな。死にたいのか?」
ドーソンが端的に脅すと、中央海賊の長と思わしき人物から映像つきの通信が繋がった。
『ぐふふふっ。虚勢を張りおって。たかが1千隻ぽっちの海賊船では、我々に対抗できないことは分かっているのだろう。詫びを入れるのならば――』
「……養豚場の豚が何か喚いているな。さっさと屠場で金持ち相手のオーガニックフードに変えてもらったらどうだ?」
ドーソンの返答はSU政府に尻尾をふる海賊を皮肉ったものだったが、『豚』という単語が出てきたのには理由がある。
それは通信相手の中央海賊の長の見た目が、300キログラムに届きそうな巨漢のデブだったからだ。
船長隻はその巨漢のために特注された超大型サイズ。しかも自重を自前の筋肉で支え切れないのだろうか、ブリッジを浮遊状態にしているようで、ぶよぶよの頬の贅肉がフルフルと揺れている。
もはや豚というよりも、肥えすぎて動けなくなったウシガエルのよう。
そんな存在が、ドーソンの言葉に顔色を怒りで赤くしている。
『弁明の機会を与えてやっているというのに、その機会を不意にするような物言いをするとはな! 命が要らないのだな!』
激昂する中央海賊の長に、ドーソンは仮面の中で顔を顰める。
「あらかじめ言っておくが、俺がここに来たのは弁明するためじゃなく、お前らに現実を伝えるためだ」
『現実だと!? お前が宇宙軍を怒らせたことぐらい、把握している!』
「あんな通信文を送りつけてくるぐらいだ。宇宙軍が怒っていることぐらいは把握しているだろうさ。だが、その怒りの度合いを読み違えていると感じたからこそ、こうやって教えにきてやってるんだ」
ドーソンは口調を海賊らしい荒っぽいものを使ってはいたものの、そこには聞き分けのない子供を諭すような響きがあった。
それを下に見られていると感じて、中央海賊の長は更に怒りが増したようだが、ここで別の人物が割って入ってきた。
『興味深い話をしますね。では君は、宇宙軍がどれほど怒っているというのかね?』
急な通信を入れてきた人物は、総白髪を七三分けにした皺深い老人。
こんな不躾な横入り。中央海賊の長が怒り出すのではないかと思いきや、怒りはドーソンに向かうものだけで、老人の態度に対する不満はないようだ。
海賊の長が一目置く相手なのだと理解して、ドーソンはSU政府と宇宙軍に関する情報を喋っていく。
「まず、こんなSU政府と宇宙軍に把握されている拠点に居続けていることが大問題だ。海賊の目の前で、輸送船がバーゲンセールを開いているようなもんだぞ」
『つまり君は、宇宙軍が我々を刈り取りに来ると思っているんだね?』
「お前らは政府や宇宙軍と繋がっているだろうが、その背景が盾になったりはしないと忠告しておこう」
『君や君の艦隊ではなく、我々を真っ先に狙う意図は?』
「お前らだって、海賊には変わらない。そして海賊に傷つけられた維新を取り戻すには、海賊を屠ることが一番だ。なら手強い俺たちではなく、楽に倒せそうなお前らを狙う方が、宇宙軍にとって確実な戦果をあげることができる。狙わない理由がないな」
ドーソンは説明しながら、仮面の内側から海賊2人の様子を伺う。
老人は、しきりに頷いている。だが瞳の動きは、ドーソンの言葉を理解しているのではなく、聞き流しているのだとわかる感情の色をしていた。
ウシガエルの方は、ドーソンが中央海賊の危機的状況を話しているにも関わらず、ニヤケ面を止めていない。
この反応の薄さから、2人がどういう意図を持っているかを、ドーソンは察知した。
「――とまあ色々と言ってきたが、どうやら既にお前たち自身で、死刑執行のサインをしているみたいだな。なにを言っても無駄か」
ドーソンが説明を切り上げようとすると、初めて老人の表情に疑念が浮かんだ。
『死刑執行にサインとは?』
「お前らの狙いは、俺と俺の艦隊をこの場に呼び出してから、SU宇宙軍を呼び寄せて俺たちを倒して貰おうってことだろ。俺らが到着してからの時間経過を考えると、あと1分も経たないうちに、SU宇宙軍の大艦隊がやってくるんだろうな」
ドーソンが説明すると、老人の表情が意外だと示す形で変化した。
『そこまで見抜いているとは。では死刑執行先は、我々ではなく、君らだということも分かるだろう?』
「果たしてそうなるかな?」
「レーダーに感! 跳躍脱出の兆候です! それも大艦隊!」
キワカの叫びに、ドーソンはウシガエルと老人の通信を切断し、味方の艦隊の掌握に入る。
「撤退方法の指示を送る。ベーラ、下手な動きをしたら死ぬだけだと、忠告も入れておいてくれ」
「分かっています~。はい、送付したよ~」
大艦隊襲来の予兆に、海賊艦隊は浮足立ちつつあったが、ドーソンの撤退指示に落ち着きが戻った。そしてドーソンに従って大金を得てきた経験から、味方の海賊たちは指示に忠実に従う。
海賊艦隊は整然と並び直り、そして徐々に撤退方向へと揃って移動を始めた。
ちょうどその時、SU宇宙軍の大艦隊が跳躍してきた。
「レーダーによると、敵の総数は1万隻。どれも巡宙艦級以上。大戦艦と思わしき艦影あり!」
「20万あるうちの1万か。海賊からの情報だから慎重に数と艦種を絞ったのか。それとも、この数で十分という判断か」
どちらにせよドーソンにとって、20万隻の敵よりも、1万隻の敵の方がやり易いことに変わりない。
それが逃走するだけの状況であるなら、なおさらだ。
「あと問題は、俺たちを狙ってくるか、中央海賊を狙ってくるかだが」
すでにドーソンの海賊艦隊は撤退に入っているため、SU宇宙軍の位置はドーソン側と中央海賊側とを一緒に狙える場所にはない。
そのため、どちらを狙うかが、宇宙軍の艦隊の動きで把握することが出来る。
「1万隻を振り分けるか、それとも一まとめにしたまま片方に当たるか」
宇宙軍の判断で、ドーソン側の対処も変わる、緊張の一瞬だ。
やがて宇宙軍は動き出した。
レーダーを見ていたキワカが、安堵の声を漏らす。
「宇宙軍の艦艇、中央海賊へと向かっていきます。こちら側に来る気配はありません」
「おいおい、気を抜くなよ。目の前にある宇宙軍は1万隻。残る19万の艦艇が、俺たちの退路を封じる形で展開していてもおかしくなんだからな」
「それもそうでした」
キワカが気を引き締め直したのを見て、ドーソンは仮面の内側で苦笑する。
さっき自身が言ったことが、本当はあり得ないと分かっているからだ。
そも、この場に1万隻ぽっちしか送り込んでいないのは変でしかない。
ドーソン率いる海賊艦隊と戦うと決めていたのなら、確実に勝てるだけの戦力を投じるのが普通だ。
しかし現実は1万隻しかなく、しかもドーソンたちを狙うのではなく、中央海賊に向かっていっている。
つまり宇宙軍は、中央海賊の言葉を信じず、中央海賊を葬れる戦力だけを送ってきたわけだ。
だからドーソンの海賊艦隊がいる事は予想外であり、その海賊艦隊が逃走する先を残りの19万隻の艦艇で塞ぐ用意もしていないということでもある。
「なにはともあれだ。中央海賊が殲滅されてしまうのも、以後の展開での具合が悪いからな」
ドーソンは仮面を外しつつ、中央海賊の海賊船団へ向けて逃走経路を教えてやった。もちろん、その経路は自身が率いる海賊艦隊とは別のもの。
逃走経路を教えた目的は2つ。
1つは、先ほどドーソンが零した言葉の通りに、折角の海賊戦力が消されてしまうことが惜しいから。
そしてもう1つは、中央海賊が別経路で逃げることで宇宙軍への囮となり、より安全にドーソンの海賊艦隊が逃げ切ることができるから。
「どの程度逃げ切れるかが、見ものだな」
ドーソンは冷徹な感想を口にした後で、自身が率いる海賊艦隊の撤退に集中することにした。
そして、ドーソンが予想した通りに、新たな宇宙軍艦隊の襲来もないまま、≪チキンボール≫まで逃げ切ることに成功した。
その後で、宇宙軍に襲われた中央海賊と拠点の穴だらけの衛星は、とてつもない大打撃を受けたと知った。
衛星は大戦艦の巨大な決戦砲で滅多撃ちにされて撃ち砕かれて、多数の破片と変わった。
中央海賊の大半は撃墜され、逃げた先にまで追いかけてきて潰された。
ドーソンが教えた逃走経路で逃げ切った中央海賊もいるにはいたが、せいぜい100隻ほどしかなかったのだった。