136話 状況進行
ドーソンが海賊艦隊と共に暴れ回った影響が、方々に現れ出した。
まずミイコ大佐に任せたSU宙域とTR宙域の狭間の宙域――SU宙域の辺境と言える場所が、次々とTRの支配下となっていた。
オリオン星腕全体から見れば、TRが奪い取った宙域は猫の額以下の広さしかない。
それでも着実に、SUの宙域を減らし、TRの勢力を伸ばすことに繋がっている。
加えて、副次効果もある。
この占領劇は海賊とTRが共同しての工作ではあるが、その情報は辺境のSU住民たちには知りようがない。
だからTRは海賊を追い払って守ってくれる、正義の味方という認識が広がっている。
そうしてTRへ好感情が集まる一方で、SUには税だけ奪うだけで守ってくれないという悪感情が集まっている。
その結果、辺境宙域の居住惑星と衛星が秘密裏にTRに接触を図るようになった。そして自前で海賊船を用意して、その船で襲われたように装い、そこをTRが救援に来た演技を行う。そして救出してくれた見返りとしてTRの傘下に入る、という自作自演を行うようになった。
こうしてミイコ大佐が仕事をやらなくても、自然とTRの勢力が伸びていく図式が出来上がってきている。
海賊たちの動きも活発になってきている。
切っ掛けはドーソンが率いた海賊たちが、居住惑星から大量の物資を強奪し、それらを売却して膨大なクレジットを稼いだこと。
そうして稼いだ海賊たちが、どんな方法で略奪していたかを避けの席で語り、海賊たちはそれを真似て稼ごうと動き出した。
海賊たちの作戦は、とても単純だ。
大量の海賊船を集め、それでSU宇宙軍の艦艇を釣り、遅滞戦闘に努める。
宇宙軍が釣れた後は、防備が薄くなった惑星や衛星に少数精鋭が強襲し、できるだけの物資を強奪して素早く逃げる。
そうして奪った物資は、海賊拠点でクレジットに換えられ、作戦に参加した全海賊船で均等割りにされる。
最初は商船団を襲うのと同じ程度しか稼げなかった。
だが、稼いだクレジットで海賊船を強化したり駆逐艦や巡宙艦を購入したりして、海賊たちの戦力が向上。
その結果、艦船の数と攻撃力だけは、ドーソンが率いる海賊艦隊と同程度まで成長した。
それだけの数と戦力があれば、多少の指揮が拙かろうと、SU宇宙軍と互角に戦えるようになる。
そして宇宙軍と互角ということは、宇宙軍の来援を呼ぶ効果に繋がる。そして多数の宇宙軍の艦艇が集結すれば、その分だけ星系の守りは薄くなり、海賊たちが狙える獲物が増えることになる。
こうして、ドーソン以外の人たちもSUの宙域内を大荒らしし始めた。
SU宇宙軍だって無能ばかりじゃない。
海賊とTRの跳梁跋扈を許すなとばかりに、様々な措置を講じている。
襲われる場所が居住惑星と衛星であることに着目して、それ以外の場所にある戦力から抽出してでも、防衛艦隊の数の強化に努めた。
物資集積所が狙われているのだからと、地上防衛戦力も拡充するために、新規兵士や電脳の戦闘用ロボットの配備も行った。
それらの行動は一定の効果を上げ、海賊を追い返したり、来援が来るまで物資集積所をかろうじて守り切ったりもした。
しかしながら、SUが支配する宙域は広大だ。そして宇宙軍の艦艇数と人員は有限である。
だから守るべき惑星や衛星に、どうやっても優先順位を付けざるを得ない。
星腕宙道の要となる場所、居住者が多い場所、工業力が高い場所、有力者が庇護する場所。
それらに戦力が多く注がれた。それ以外の重要度が低い場所から艦艇と人員を引き抜く形で。
そうした措置を行ったことで、SU政府や宇宙軍が重要視した星々だけは、海賊の脅威から脱することに成功した。
しかし逆に返せば、戦力を抽出されてしまった星系は、海賊の良い獲物となってしまってもいた。
海賊に物資を強奪された星々は、SU政府と宇宙軍に対して援助物資の要求を行い、その望みが叶えられない場合は恨みを募らせた。
そういった事情から、SU宙域の住民感情は2分された。
政府と宇宙軍に庇護されて過ごす、従順な住民。
政府と宇宙軍に不信を抱いた、反抗的な住民とに。
こうしたオリオン星腕での状況を見て、ドーソンは≪雀鷹≫の艦長席で呟きを漏らす。
「現時点が、限界点だな」
要領を得ない言葉に、オイネが問いを返す。
「限界とは、なんのことでしょう?」
「SU政府と宇宙軍の我慢の限界のことだ」
「我慢が限界を迎えると、どうなるわけですか?」
「以前からSU政府が明言していただろ。海賊の討伐をすると。我慢の限界で、その時期が早まることになる」
ドーソンの言葉が予言となったのか、ベーラからある報告がやってきた。
「ドーソン様。SU政府が会見をやってる~」
ベーラが空間投影型のモニターを操作すると、SU宙域全域に向かって放送されている、政府広報の会見が映し出された。
『――当政府は、我が物顔で宇宙を荒らし回る海賊に、大変な憂慮を感じている』
恰幅と衣服が良い初老の男性が、重々しい口調で言葉を紡ぐ。
『海賊の行いの所為で、全ての住民が不安を抱いている。これはすぐにでも対処する必要がある事案だと判断した』
男性は言葉を切ると、手振りを行う。その瞬間、男性の周囲に空間投影型のモニターが展開され、なにがしかの資料の映像が映し出された。
どうやら資料には、宇宙軍のどの艦が次の作戦に参加しているか書かれてあるようだ。
『政府は宇宙軍に対し、海賊殲滅作戦を命じた。この宇宙から海賊の存在を抹消するために、大々的な編隊を行うことも同時に命令した。その艦艇の数は20万隻。この大軍団をもって、素早く海賊たちを殲滅することを約束しよう!』
かなりの大軍に、ドーソンは意外性から片眉を上げる。
「張り込んだものだな。恐らくは急造艦や廃棄間近な旧型艦も含めた数字だろうが、それでも20万は驚異的だ」
ドーソンであっても、集まっても数千しか届かない海賊戦力で戦うには無謀過ぎる相手である、としか感じられなかった。
しかし、この状況こそが、ドーソンが望んだ展開であることも確かだった。
「流石に20万は驚いたが、むしろ数が膨れた分だけ鈍重になった。今後の作戦にとっては、むしろプラスに働く材料だな」
ドーソンが企みが上手く行っているとほくそ笑む中、他の≪雀鷹≫の乗員は肩をすくめ合っている。
「20万隻の艦艇と戦闘になったら、1瞬で全滅なんですけどね」
そうオイネが零すと、キワカが頭を抱え、ヒトカネがカラカラと笑う。
「作戦の概容は知っているけれど、本当に実現できるかどうか」
「はっはっは。この歳になっても面白いものはあるものだ」
残るベーラとコリィは、普段と変わらない様子のまま。
「流石に20万隻も動員するから、広報写真も気合入っている~。コンセプトモデルも良い子と服を使ってて、参考になる~」
「け、決起で、観艦式もやるみたい。い、良い映像が、配信される、かも」
それぞれの反応が繰り広げられる中で、宇宙軍と海賊との決戦が近づいてきている予感が強まっていた。