135話 価値観
ドーソンは非情な方法で、海賊からSU宇宙軍への情報流出を阻止した。
その事に対して、正義感の強いキワカが、非難する目を向けてきた。
「人の命を何だと思っているんですか」
なかなかに哲学的な質問に、ドーソンは考えを巡らせてから、素直な自分の考えを言うことにした。
「俺はアマト皇和国に仕える軍人だ。だから気にするべき命は、アマト皇和国の国民だけだな」
「海賊はアマト皇和国の国民じゃないから、気にする必要はないと?」
「それもある。だが今回の場合、海賊たちは命の危険を承知で、居住惑星の襲撃に参加したんだ。命を賭け金にしているからには、失敗したときに死ぬことは当然の措置だ」
ドーソンの言い切りに、キワカは鼻白んだ表情になる。
「失敗したら死だなんて、厳し過ぎると思うんですけど」
「むしろ優しさからの措置だぞ」
「どこがですか」
「SU宇宙軍が捕まえた海賊を、律義に裁判にかけてくれると思っているのか?」
海賊は軍属じゃない。そのため捕虜規定が適応されないため、良くて犯罪者、悪くて反乱分子として扱われることになる。
そして反乱分子として扱われる場合だと、裁判なんてかけずに、現場判断で殺害することだってあり得る。
それにSU政府が海賊の討伐を行うと既に宣言しているため、現状の海賊の扱いは通常よりも一段低く置かれている。
「拷問で情報を引き出した後は、素っ裸で宇宙遊泳が定番な処置だな。もしくは、他の海賊への牽制とSUの住民に向けたポーズとして、処刑の様子を配信することだってやるかもしれない」
「……失われる予定の命だから、苦しまないように死なせてやろうということですか。それは傲慢じゃないですか?」
「そうかもな。だが少なくとも俺は、敵に自分の命を利用されるぐらいなら、敵諸共に散った方を選ぶ」
ドーソンの覚悟を聞いても、キワカは納得しなかった。
「自分の信条を他人に押し付けるのは、悪い上司の典型ですよ」
「悪い上司ってことなら、強権を発動させよう。キワカに命令だ。海賊の事は気にするな」
ドーソンの半笑いでの言葉は、明らかに冗談のもの。
しかしキワカは反発心を抱きつつも、命令ならと納得できる言い訳ができたのも確かだった。
そんなキワカの葛藤を見て、ドーソンは苦笑いする。
「キワカの真面目なところは立派だが、それを海賊に向けるのはどうかと思うぞ」
ドーソンが手振りすると、オイネが分かっていますとばかりに、海賊たちの通信を盗聴した音声を流す。
『うへへへ。ドーソンさまさまだ。物資が艦の腹にてんこ盛りだぜ』
『この1回で、たんまりクレジットを稼がしてもらいましたよぉ』
『ずっけーぞ! こっちは宇宙軍に追い払われて、腹ペコだってのによ!』
『そうだそうだ! 分け前を寄こせ!』
『次は、俺たちがドーソンの下にいくから、今回稼いだやつは別の艦隊に行けよな!』
『はああ!? 次もドーソンの下で稼ぐ気だが!!』
『今回稼いだんなら、次は譲れってんだよ!』
海賊仲間の死を悼まないどころか、金のことにしか頭にない醜い争いの言葉が並ぶ。
それを耳にしながら、ドーソンはキワカに目を向け直す。
「こいつらが、心配するにたる命だと思うか?」
「……人の命はかけがえのないものです。でも、少し信条が揺るぎました」
正義漢のキワカも、流石に海賊の醜態は擁護の限界にあるようだ。
だからか、話題を転換してきた。
「今回下に付かせた海賊は、今後も同じようにするんですか?」
「いや。次は今回稼げなかった海賊を使う。今回で俺の下にいれば稼げるって示せたからな。従順に従ってくれるようになるはずだ」
「ドーソン艦長の指揮では、海賊艦は沈みませんでしたから、その点でも海賊は命を預けてくれるでしょうね」
「SU宇宙軍の援軍にやられたのは逃げ遅れた間抜けだと、他の海賊たちにはそう見えるしな」
まさに死人に口なし。
このまま良い勘違いをさせて置こうと、ドーソンは嘯いた。
ドーソンが予定していたように、SU宙域のど真ん中にある居住惑星や衛星を、指揮する海賊を換えながら行っていった。
そうやって海賊たちの面子が一巡する頃には、すっかり海賊たちはドーソンの指揮に身を任せることに不満がない様子になっていた。
指示に従うだけで、大量のクレジットが手に入り、そして宇宙軍相手に被害少なく連戦連勝だ。従わない理由がなかった。
逆にドーソンの指揮から外れて行動する場合はというと、こちらもこちらで変化があった。
生き延びて次にドーソンの指揮に入る機会がくれば、大量のクレジットを得られるため、無理して宇宙軍と戦う必要はないと気づいたのだ。
だから海賊たちは、も宇宙軍を接近させないよう牽制射だけは積極的に行いつつも、相手を撃破しようと考えない戦い方をし始めた。
その結果、ドーソン指揮下でなくても、海賊たちの被害は極端に低下した。
航行不能になる艦がなければ、ドーソンが密かに積ませた強制操作装置を作動させる必要もない。
キワカが危惧するような非人道的な扱いは、最初の1、2戦以降は使用しなくなっていた。