133話 海賊も使いよう
海賊が乗った100隻の艦艇を引き連れて、ドーソンはSU支配宙域のど真ん中を航行している。
目的は、居住可能惑星が集まっている星系へと突撃し、物資を略奪するため。
しかしながら、居住惑星が多くある場所はSU宇宙軍の守りも硬いはずなのに、なぜドーソンは海賊を引き連れて襲撃するのか。
それは、ドーソンがここまでに打ってきた布石が、SU宇宙軍の動きを縛っているからだ。
「ミイコ大佐から連絡はあったか?」
ドーソンが問いかけると、通信担当のベーラが返答する。
「たった今きたとこ~。うーんと、やっぱりSU宇宙軍が出張ってきたんだって~」
「SU宇宙軍とTR艦隊が睨み合いになったか?」
「ううん。タイミングが合わなかったみたいで、また別の星を襲撃してみるって~」
「ミイコ大佐の艦隊に被害は?」
「ドーソン様が大分艦艇をあげたから、それでSU宇宙軍がビビッて、戦闘にならなかったんだって~」
「手持ちの戦力が削れていないのなら、活動に支障はなさそうだな」
ドーソンが安堵したようにいう。
そう、ミイコ大佐の方――TRの宙域と接している場所に、SU宇宙軍が出張ってくることをドーソンは見越して艦艇を預けたのだ。
これは、境界を荒らしてTRの宙域を増やすことを続けるためには、必須の対抗策である。
だが艦数が減ったので、ドーソンがSU宙域のど真ん中での略奪を行うことが難しくなってしまった。
しかしドーソンの予定では、SU宙域内での大規模略奪は行わなければいけない。
SU宇宙軍に守勢を取らせ続けないと、海賊狩りという攻勢に出てこられることが予想される。
海賊という存在は、獲物を襲う攻撃は得意でも、拠点を守ったりする防御は苦手。むしろ宇宙軍に襲われたら、尻尾を撒いて逃げだすような存在ですらある。
もし海賊狩りが本格的に行われるようになったら、海賊連中が一斉にSU宙域からTR宙域まで逃げだすことになる可能性が高い。
そんな海賊が一切居ない状態になってしまっては、SU宙域を荒らし続けてSU政府が他星腕へ進出する気力と体力を失わせるという、ドーソンの目論見がかなり困難なものになってしまう。
そういった背景があり、ドーソンは海賊に艦艇を与えてまでして戦力として整えて、こうして率いて略奪に向かっているわけだ
しかし所詮、海賊は海賊。
練度なんてあったものではないし、品性を求めることすら出来ない存在だ。
事実、ドーソンがオイネに命じているように、海賊間の通信を盗み聞きすると、そのことが良くわかる。
『へへへっ。こんな艦をくれるってんだから、ドーソンさまさまだな、おい』
『これだけの良い艦だ。略奪の仕事だってやり易いだろうぜ』
『しかも略奪すること自体は、艦にある作業機械がやってくれんだろ。至れり尽くせりだ』
『でもな、なにを奪ってくるかは支持できないってんだろ。そこら辺は工夫する必要があるんじゃねえか?』
『物資優先で、人浚いは禁止って命令がされているらしいからな。『お楽しみ袋』を取るには、人手を使わなとな』
『おい、いいのかよ。人を取ると、ドーソンが怒るぞ』
『いいんだよ。ドーソンに聞いたんだよ、どうして人浚いはしないのかってよ。そしたら、商人に足元を見られて重量の割に実入りが少ない、ってよ』
『まー、同じ重量なら貴金属類や希少土類の方が高く売れるし、闇商人も売り先に困らないから足元を見てこないかしな』
『つまりだ。カネのために人浚いをしないだけってこった』
『金にならなくたって、股に溜まったもんを出す用事に使えるだろ――ってドーソンの船には美人が乗っているからな。必要ねえわけか』
『クレジットを持っる海賊は違うってこった。まあ、ドーソンは仮面を付けたまま飯食うような変態が、どうして美人を連れてやがんだって疑問はあるがな』
『そこは金の力か、さもなきゃ仮面の中がイケメンかだろ』
『他の乗員も仮面付けてただろ。実はヤるときは、お互いに仮面付け状態な変態どもだったとかな!』
『『『あり得る、ぎゃははははははh!』』』
こんな下世話な内容の通信ばっかりしかないため、海賊の監視をしているオイネの表情はとても辟易としたものとなっている。
「海賊は、女性の敵しかいないようですね。一まとめに宇宙の塵にした方が、全宇宙の平和に後見できると思うのですけど」
「チリでもゴミでも、使い道がある。気分だけで処理しようとするな」
オイネの苦情に、ドーソンは苦笑いしながら釘を刺す。
しかし、その気分になること自体は、よく分かっていた。
「減っても良心が痛まない相手だからこそ、危険な役目を押し付けるに相応しい。せいぜい役に立って貰うとしよう」
「この作戦で海賊を使い潰す気でいるんですか?」
「まさか。手勢は多くて手元にあるに越したことはない。不必要に殺したりはしない」
「でも、海賊に危険な役を押し付けるのですよね?」
「俺の指示に従えば、海賊は生きて作戦を完了できる。指示に従えばな」
ドーソンの口振りは、海賊が指示に従うはずがないと言っていた。
事実、先ほどの通信でも海賊たちは、勝手なことをやろうと話し合っていたのだから。
襲撃目標の星系に到達した直後から、ドーソンと海賊たちは物資の強奪を居住惑星に対して行った。
人が住む惑星の数は、星系内に3つ。
100隻の艦を、40、40、20に分けて、それぞれの星へと突撃する。
40隻ずつなのは海賊だけの艦隊で、20隻の方はドーソンが直々に率いる艦隊だ。
どうしてこの振り分けかというと、戦力が平均となるようにするためと、海賊の中でマシな存在が20隻程度しかいなかったため。
つまりドーソンは、自分の指示をちゃんと聞きそうな手合いを手元に残し、残りは勝手に暴れさせようとしているわけだった。
「よしっ。星系内にいるSU宇宙軍の艦艇数は多いが、守るべき3箇所に分散しているな」
ドーソンは喜色の声をあげて、≪雀鷹≫≪百舌鳥≫≪鯨波≫≪鰹鳥≫の4隻と、海賊艦20隻と共にSU宇宙軍へと吶喊する。
『ははは! 一番槍でありますよ!』
エイダの歓声と共に、≪鰹鳥≫が先頭から飛び出して単艦で突撃していく。
高速突撃艦の艦種名の通りに、まるで放たれた矢のような速さだ。
しかし対する宇宙軍とて、突撃を黙って見ているわけじゃない。突出した≪鰹鳥≫を狙って、砲口が向けられる。
宇宙軍の艦艇の数は概算で30隻。それら全ての艦から、荷電重粒子砲が放たれた。
迫りくる光の筋のうち、≪鰹鳥≫への直撃する軌道なのは3本。
しかし≪鰹鳥≫は、狙い撃たれたと知った瞬間から、防御装置を作動させていた。
『はっはっはー! そんなヒョウロク弾、新装備で弾き飛ばしてやるでありますよ!』
意味の間違った言葉を使いながら、エイダは≪鰹鳥≫を直進させ、そして荷電重粒子砲に当たった。
しかし命中した途端、装甲に当たり負けたかのように、荷電重粒子砲の光が放射状に散っていく。
より正確に観察すると、≪鰹鳥≫の装甲よりも前で、なにかに遮られるような形で、荷電重粒子砲が散っている。
『SU宇宙軍が開発したバリア艦。そのバリアの発生装置を解析し、改良し、小型化したものの威力を見よであります!』
SU宇宙軍には決して届かない通信で叫びながら、エイダは≪鰹鳥≫を敵艦隊のド真ん中へと突撃させる。
進行方向には、運悪い宇宙軍の巡宙艦が1隻。
しかし≪鰹鳥≫は回避行動を取らず、そのまま直進。そして衝突。
同階級の艦同士の衝突だ。両方の艦に同程度の被害が出る――ということにはならない。
≪鰹鳥≫は高速突撃艦であり、その艦首部分には艦体突撃用の超硬衝角が備わっているのだから。
『斬! であります!』
衝角は角であって刃ではないので、エイダが口にした『斬る』という表現は正しくない。
しかし現実では、SU巡宙艦は高速突撃してきた≪鰹鳥≫の衝角によって、その装甲がズタズタに引き裂かれていた。
しかも余程深く抉られて重要施設まで被害が及んだのか、≪鰹鳥≫が通り過ぎた後で爆発炎上を起こしている。
呆気に取られそうな光景だが、SU宇宙軍の艦艇は直ぐに≪鰹鳥≫に照準をし直そうと動きだす。
流石はSU宙域のど真ん中を守る艦隊だ。混乱からの復帰が素早く、高い練度を伺わせる。
しかしながら、やはり混乱はしていたのだろう。
この場面で、≪鰹鳥≫を再照準しようと試みるのは、最悪の悪手だ。
なにせ≪鰹鳥≫以外――ドーソンが乗る≪雀鷹≫が率いる艦隊が有効射程距離内に入って来ていたのだから。
「敵の目は≪鰹鳥≫に釘付けだ。しっかり狙う時間がある。当てていけ!」
ドーソンの命令が発せられ、≪雀鷹≫を始めとするアマト皇和国製の艦艇たちと20隻の海賊艦が、共に砲撃を行った。
≪鰹鳥≫に目を向けていたSU宇宙軍の艦隊は、砲撃をモロに食らった。
しかし、砲撃の大半は海賊艦から放たれたもの。大多数の砲撃が外れてしまっている。
それでも、アマト皇和国製の艦艇からの砲撃は全弾命中しているし、海賊艦からの砲撃でもまぐれ当たりはある。
そのため、それなりの被害をSU宇宙軍へと与えることに成功した。
「敵はまだ浮足立って、反撃できずにいるぞ。砲撃を集中させろ」
ドーソンの更なる命令で、2度目の砲撃が行われる。
今度は海賊艦からの砲撃にも、命中弾がかなり多く出た。
これは海賊の腕前ではなく、密かに海賊艦に載せてある人工知能たちによる命中補正効果だ。
しかし、そうとは知らない海賊たちが、SU宇宙軍の艦艇を撃破できたことで歓声をあげている。
『やった! この艦なら、当てれば倒せる!』
『正規軍が、なんぼのもんじゃい!』
流石は海賊。一度有利と見た相手になら、強気になって大胆な行動がとれるようになる。
ここまで海賊が調子づいてしまえば、後は≪鰹鳥≫の突撃で敵を混乱させて、その混乱を≪雀鷹≫や≪百舌鳥≫に≪鯨波≫で拡大してやれば、もう危険はなかった。
ほどなくして、SU宇宙軍の艦隊が壊滅した。
ドーソンはアマト皇和国製の艦隊のみで、撃破した艦艇の回収を『キャリーシュ』で行う。
その作業が終わるまでの間、ドーソンは海賊に命じた。
「お前ら。居住惑星を襲って、略奪してこい。あまり時間をかけると、SU宇宙軍の援軍がくるからな。手早くやれよ」
ドーソンが当の居住惑星の物資集積所を書き込んだ惑星地図を通信で送りつけると、海賊たちから喜びの声が上がった。
『お宝の地図までくれるなんって、ドーソンの旦那は気前が良い!』
『急げ! 他の奴らに先を越されるなよ!』
海賊たちは、我先にと居住惑星へと艦艇で降りていく。
惑星にある物資集積所は何か所かあるが、20隻の海賊艦で襲えば根こそぎに出来ない量じゃない。