132話 配置転換
SUの宙域の中でTRに近い場所を粗方荒らし回った後、ドーソン艦隊は一度≪チキンボール≫への帰投を行った。
この作戦中も何度となく帰ってきて、強奪した物資の売却を行ってきたが、今回の帰投は意味合いが違う。
次の段階へ移行するための配置換えのための帰還だ。
「ミイコ大佐。TRとの連携、上手くやってくれよ」
『ドーソン特務中尉。SU宇宙軍は、海賊の討伐に本腰を入れ始めていますよ。大丈夫なのですか?』
「心配いらない――いや、心配してもらったら困ることになる」
『ふふっ、そうでしたね。では、ご武運を』
ミイコ大佐は、ドーソンが率いていた人工知能艦たちを艦隊に吸収して、SUとTRの境にある宙域へ出発した。
これでドーソン艦隊は、≪雀鷹≫と≪百舌鳥≫に≪鯨波≫と≪鰹鳥≫の4隻小隊となった。
もちろん、この4隻でSU宇宙軍と戦うことはできない。流石のドーソンでも、戦力差があり過ぎて、対抗策すら思いつかないほどだからだ。
では減ってしまった戦力をどう補充するのか。
その点は、既に解決している。
「ゴウド准将。手配は済んでいるよな?」
ドーソンが通信で呼びかけると、すぐにゴウドからの返信がやってきた。
『もちろんだよ。企業から買い付けた軍艦級の艦船を海賊へ、ドーソン特務中尉の下に付くことを条件に貸し与えたとも』
「俺の下につくことに反対する海賊はいなかったか?」
『居たが、極少数だよ。君はかなり稼いでいるからな。その恩恵に預かりたいと考える者の方が多かったよ』
ゴウドから資料が送られてきて、ドーソンは目を通す。
高性能電脳に偽装した人工知能を搭載した、少人数運用の艦船が100隻――内訳は70隻が駆逐艦で、25隻が巡宙艦、残る5隻は重巡艦だ。
正直、ドーソンが先ほどまで抱えていた50隻が巡宙艦と重巡艦の混成だった事を考えると、艦数は倍に増えてはいるものの艦種と海賊の手腕を加味すると総合的な戦力的にはどっこいどっこい。
書かれている海賊の質もまちまちで、基本的に使えそうにない者ばかり。
それでも数少ない重巡艦には、見込みのありそうな経歴の者を詰め込んでいるあたり、ゴウドの後方支援型の手腕が存分に発揮されたことが伺えた。
「艦の数はある。そして上官とは、どんな人材でも使えてこそだ。十二分にSU宇宙軍とも戦えるだろう」
『……ドーソン特務中尉。この作戦、本当にやるのかね?』
ゴウドの心配そうな表情をしながらの問いかけに、ドーソンはひじ掛けに頬杖をついてみせる。
「有用性は証明してあるはずだが?」
『それにしてもだね、海賊なんていう戦力の宛てにできないものを携えて、正規軍たるSU宇宙軍と戦うなど、自殺行為ではないかね?』
「生憎と、俺は自分の命を粗末にする気はない。だから、未来において悪条件で命を賭けざるを得ない可能性は潰したい」
『海賊を伴っての作戦でないと、その未来を潰すことはできないと?』
「少なくとも、俺自身はそう思っている。死地に向かわせることになる部下には、申し訳ないがな」
『多数の死者が出る予定の海賊は、その内に入らないのかな?』
「入るわけない。好き好んで海賊になった連中だ。好き好んで犯罪者として死んでもらう」
ドーソンの冷たい言葉は、人死を覚悟し終えた軍人らしいものだった。
ゴウドはその言葉を聞いて、自分には覚悟できないとばかりに、首を小さく横に振った。
『不必要なまでには減らさないで欲しいものだね』
「安心しろ。人材も物資も艦艇も、消費を節約してこそ勝てると学んでいる」
『そう学んだのは、噂に聞くアカツキ殿下との電子戦略盤による卒業試験かね?』
ゴウドの言葉が予想外で、ドーソンは眉を寄せる。
「アンタの耳にはいるぐらい、有名な話なのか?」
『最初は殿下の主席卒業のダシに使われる話だったのだがね。当の殿下が、教育先の大戦艦内と赴任先の駆逐艦の中で、ドーソン特務中尉のことを褒めちぎったのだよ。それで殿下と君とが直接対戦し、情報が手に入りやすい、卒業試験の戦略盤が注目の的になっているのだよ』
「負けた俺としては、不本意な注目の仕方だな」
『はっはっは。そう卑下することもないとも。貴族派は殿下を持ち上げる材料に使っているが、その他の者は戦略的な観点での研究用として用いていると聞くからね』
「……研究されるほど、あの中では大した戦いはしてないぞ」
『そうかね? 最終盤面で撤退した妙技は、賛否両論巻き起こっての議論になっていると聞いているのだがね』
「あれは単に負けるぐらいならっていう、最後の悪あがきだ――って、かなり詳しいな?」
『実は、戦略盤の研究会の末席に名前を置いてあるのだよ。まあ、下手の横好きというやつだけれどもね』
ゴウドの意外な趣味が判明したところで、雑談に使える時間がなくなった。
「それでは、作戦を実行する。海賊は連れて行くから、≪チキンボール≫の防衛は任せる」
『SU宇宙軍の襲来があれば、企業と『コースター』とであたるとも。≪チキンボール≫は落とさせないと約束しよう』
ゴウドがすっかりと似合うようになった支配人の顔で告げると、通信が切れた。