131話 演技戦闘
SUのTRにほどちかい領域に沿って、ドーソンは数々の居住可能惑星と衛星を連続で襲った。
TR側との打ち合わせをしての行動ではあるが、全ての星でTR艦隊に追い払われては、他の海賊にドーソンが侮られる原因となる。
そのため3、4回に一度の割合で、艦隊が抱え込める上限一杯まで惑星と衛星の物資を略奪した。それこそTR艦隊が来援してきてもお構いなしに。
もちろんドーソンとTRはグルなので、激しい艦隊戦を演じはするが、基本的に荷電重粒子砲を演習レベルまで威力を落としての砲撃の交換なのでと合外に被害はない。
一連の流れを5回ほど繰り返したところで、SU側に様々な意見が流れ始めた。
『海賊はTR所属の偽装艦隊であり、支配領域を広げるために自作自演を行っている』
『SU宇宙軍は建造中の空間跳躍環を守ることに手一杯で、辺境の宙域を守る気がない』
『守ってくれないSUよりも、守ってくれるTRを頼りにしよう!』
『SUとTRに頼るのを止めよう! 自分の宙域は自分で守るべき!』
様々な立場から、様々な意見が宇宙ネットにながれ、その意見に賛否両論のコメントが書き加えられていく。
ここでSU政府が動く。
ネット上にある、SUを非難する声だけを大々的に消してしまったのだ。
その他に様々な意見があるにも関わらずSU政府への批判だけがなければ、初見の者は政府は批判されない程度には活動しているのだと誤解したことだろう。
そして、その誤解をSU政府は期待したのかもしれない。
しかしながら、ネット利用者には偏屈者もいる。
それこそ投稿された記事を全て収集しているという、偏執的な蒐集家だっている。
その手の蒐集家が、投稿を削除されいることに声を上げた。
『SU政府が批判的な投稿とコメントを消している。諸氏は政府に非がないと騙されないように』
単なる警告だったが、これに多くの人が反応した。
投降削除は政府高官の勇み足や、投稿サイトの運営が政府に忖度したんだとの予想。そして投稿の中に不都合な真実があって、それを違和感なく葬るために似た内容の投稿を消したのだとの都市伝説。そんな様々な憶測を人々は出すようになった。
それらの憶測は、更に色々な派生が生まれ出ることに繋がるが、共通点が1つある。
『SU政府は信用ならない』という点がだ。
「実際、出ている情報を見れば、SU政府を信用することは難しいよな」
「辺境宙域に宇宙軍を派遣せずに見捨て、その宙域をTRに奪われたうえで、TRの行動は不当だと宣言はする。SUの住民の立場からすると、差し詰め、口だけで頼りにならない親方といったところですね」
「その実、ミイコ大佐が率いる艦隊がSU宙域の真ん中あたりで略奪行為中で、そちらにSU艦隊は回されている。だから、辺境宙域を守ることが難しくなっているんだけどな」
「それを説明しても、信じる人が少ないあたり、SU政府から人心が離れつつあるという証拠ですよね」
ドーソンとオイネの会話に、レーダー画面を見ていたキワカが苦情を口にする。
「2人とも、いま戦闘中ってこと、忘れてませんか!?」
「ちゃんと覚えているさ。TRが艦砲射撃を行っている中での撤退中だってこともな」
ドーソンが返答していると、≪雀鷹≫の脇を荷電重粒子砲の太い光が通過して行った。
「おー、この距離で至近弾を撃ち込んでくるとは、なかなかに腕がいいようだな」
「逆に、腕が悪くて当てそうになっているんじゃ!?」
「心配しなくても、防衛戦艦≪鯨波≫がある。≪雀鷹≫に直撃しそうな砲撃があれば、防いでくれることになっている」
キワカの不安を払拭する様に務めながら、ドーソンは≪雀鷹≫の砲撃で反撃する。
至近弾を食らったからには、至近弾のお返しだ。
ドーソンとしては確りと当たらない安全マージンをとっての砲撃だったが、それでもTR艦隊は至近弾が怖かったのだろう、目に見えてドーソン艦隊から距離を離してきた。
そんなことをやっている互いの艦隊の中央には、実は居住可能な定点停留式の人工衛星がある。
お互いの砲撃は、その人工衛星に当てない形で交換されている。
しかし当たっても仕方がないと思いながらの砲撃の交換なので、人工衛星の責任者らしき人からが通信で悲痛な声をあげている。
『止め、止めてくれー!! 砲撃戦なら離れた場所で――かす、掠ったぞ!』
なかなかに聞いた人が哀れみを感じる声だが、ドーソンは容赦なく艦隊の砲撃を続行する。TR側も負けじと応戦している。
では、なぜ人工衛星を間に挟んで砲撃を交換しているのか。
それは、ドーソン艦隊――海賊とTR艦隊が共同していないという証人を作るため。
人工衛星の住民には、海賊とTR艦隊が実包で砲撃し合っていることを体感してもらい、その生き証人になってもらう算段なのだ。
「下手に当てないように気を付けながらの砲撃だが、不幸な事故が1つも無いのは不自然だよな」
「そういうと思いまして、TR艦隊が来援する前に、あの人工衛星の構造マップを手に入れておきました」
「ナイスだ、オイネ。ふむふむ、この構造なら、ここら辺を少し壊しても大丈夫だな」
ドーソンは≪雀鷹≫の砲塔の1つを操作すると、精密射撃で不幸な人工衛星の施設の1つを砲撃で破壊した。
『ぎぃやあああああ! 振動にアラート!? どこに当たった、どこが壊れた!? 当該箇所の隔壁を閉鎖して空気の流出を防ぐんだ!』
悲鳴と涙声での指示に、撃った張本人のドーソンは苦笑いするしかない。
「冷静に対処すれば軽傷だと分かるだろうに」
「衛星責任者は軍属じゃないんですから、自己パニックの制御法なんて修めていませんってば」
「避難訓練ぐらいはするだろ。その手順に従えばいい」
「実は、TRでは避難訓練の習慣がないようですよ?」
オイネの説明に、ドーソンは目を瞬かせる。
ドーソンが信じていないと見て、オイネが証拠となる資料を画面に表示させる。
その資料には、避難訓練の体験比率が書かれており、どの宙域においても10パーセントすら体験した人はいなかった。
「訓練しておかないで、いざというときにどうするんだ?」
「個人の手腕のみで避難するんですよ。だから緊急事態での死亡率は、かなり高いんです」
オイネが送ってきた更なる資料には、混乱した民衆が押し合いへし合いして避難路へ進んだことで、かなりの人数が避難中に圧死したと書かれていた。
「……この資料のようになると困るから、あんまりやり過ぎたらダメだな。当てるのはさっきの1発だけにしよう」
「追い詰められたレミングスよろしく、あの衛星内で集団自殺なんてされたら困りますからね」
ドーソンは自艦隊に撤退の予定を早めるよう指示した。
先ほどの砲撃ではわざと当てたが、砲撃の交換をすればするほど衛星の誤射をする確率は上がる。
そして確率というものは、極々低い値でも実現するものでもある。
そんな低確率を引き当ててしまう前に、偽装戦闘を切り上げることにした。
「そうと決めたら、さっさと逃げるぞ。仕込みは十分だしな」
ドーソンは艦隊を纏めると、今まで引かずに戦っていた様子が嘘のように、あっという間の反転しての逃走をやってみせた。
その逃げっぷりは、教科書に乗せてもいいほどに、完璧だった。