130話 マッチポンプ
オリオン星腕に来ている全てのアマト皇和国の人員は、ドーソンの指揮下に入ることになった。
『たかが特務中尉』と侮って離反する者が出るかと思いきや、ミイコ大佐が根回しでもしたのか、表だって反抗する者は現れなかった。
ドーソンとしては、反抗者を叩き潰して実力を示そうと考えていたため、少し肩透かしを食らった気分だ。
しかし手間がないのは確かなので、有り難く次の段階へと進むことにした。
ドーソンはアマト皇和国の人員を2つに分けた。
1つは、もともとドーソンに従っている人員と50隻の人工知能艦隊。
もう一つは、ミイコ大佐を筆頭に据えた、その他だ。
「あら、私に艦隊を任せてくれるのかしら?」
「人脈や賄賂で貰えるほど、アマト皇和国の大佐位は安くない。最低限の実力者じゃないとな」
少なくとも艦隊を任せるに足る能力があればこそ、今上皇の御座艦隊の代理を勤めることができる階級である、大佐位を与えられるのだから。
ドーソンが評価していることを伝えると、ミイコ大佐は微笑み混じりに冗談を言ってくる。
「階級で言えば、ゴウド准将が上だけれど?」
「ゴウドは≪チキンボール≫の支配人で忙しい。それに拠点運営では極上でも、防衛戦では並みの、攻撃戦では評価未満の腕前しかないんだ。SUの宙域を荒らす艦隊を任せるには不安しかない」
「そういうことなら、納得して艦隊を預かるとしますわね」
こうして2つに分けた艦隊でやることは、つい先日にドーソン艦隊がやっていたことと同じ。
つまりは、SUの宙域にある居住可能惑星と衛星を、海賊として襲撃して物資を丸ごと奪い取ること。
だが単なる焼き増しでは味気がないので、ドーソンは少しだけ工夫を入れることにした。
ミイコ大佐が率いる艦隊には、SUの宙域のど真ん中にありながらもSU宇宙軍の駐留艦隊が薄い場所を狙ってもらう。SU宇宙軍を釣って撃沈できれば良し、物資まで奪えたら極上で、勝てないと思って撤退することも作戦の内とした。
そしてドーソンは艦隊を率いてやることは、TRが支配する宙域のほど近くにある、SUの宙域を狙うことだった。
ドーソンは率いている艦隊で、易々と居住惑星の防衛艦隊を撃破した。
艦隊と言っても、相手は巡宙艦3隻と駆逐艦が10隻だ。
ドーソン側は、小型戦艦である≪雀鷹≫と≪百舌鳥≫、防衛戦艦≪鯨波≫と高速突撃艦≪鰹鳥≫、それらを含む50隻。
艦種も艦数も上の状態なら、ドーソンが負けるはずがなかった。
「手早く物資を回収するぞ。まずは撃破した艦隊からだ」
撃破した13隻の艦は、半分が吹き飛んでいたりジェネレーターを貫かれていたりと、大破している。
しかしこれらは素材として、≪チキンボール≫を支援する企業が高値で買い取ってくれている。
企業は素材を買った後、自社製の艦艇として作り直し、民間軍事会社『コースター』を優先売却先にしつつ他へも売り払う。
SU政府に対する反感は、『天神公団』が滅されたことで下火になりつつあるが、来る日に備えようとしている組織や宇宙軍は信用ならないと自衛目的で星系が購入しようと打診があるようで、作る端から売れる塗れ手に粟な商売になっているらしい。
ドーソン側の作業としても、『キャリーシュ』を大破艦に巻き付けるだけでいいので、楽に稼げる。
やらない理由がない。
「周囲に適性反応なし――なのですが、今回は惑星から物資を強奪しなくていいんですか?」
キワカの疑問に、ドーソンは手をひらひらさせながら返答する。
「強奪する素振りはするが、本格的に襲うことはしない」
「それはどういう目的なんですか?」
キワカから、ドーソンなら無駄なことはしないという、ある種の信頼を伴った言葉がきた。
過去の体験から上官嫌いになっているはずのキワカからの評価に、ドーソンは認められた気になって口元が緩む。
「ちょっとした企みだ。事前に話はつけているから、もうそろそろ来るはずなんだが」
「来るって誰が――レーダーに感。多数の艦艇の艦隊が跳躍してくるようです」
「おっ、ちょうど来たな。全艦に通達。撤退準備だ」
報告から間を置かない撤退命令に、キワカが驚きの声を上げる。
「戦わずに逃げるんですか?!」
「そういう段取りだからな」
「……跳躍してくる相手は、ドーソン艦長の仕込みってことですか?」
「そうだ。ちなみに跳んでくるのは、TRの200隻の艦隊だ」
「どうしてTRに?」
キワカが疑問顔で聞いてくるが、ドーソンは自艦隊の撤退を取りまとめなくてはいけないため答える時間がない。
そこでドーソンは身振りで、オイネに返答を任せることにした。
「ではドーソンの代わりに答えますね。今回の作戦は、TRに支配領域を広げさせることが狙いなのです。悪い海賊に襲われた惑星を、正義のTR艦隊が助けてくれた。惑星に住む人たちは感謝して、SUから離脱してTRの支配を受け入れるようになるはずです」
「……思惑はわかりますけど、そう上手く行きますか?」
「なにも今回だけで事を成そうとしているわけじゃないんです。2度、3度と同じことを繰り返す予定でいます」
度重なる海賊の襲撃を、間一髪でTR艦隊は助けてくれた。その情報をTR側が盛大に流布する。
すると人々の心は、助けてくれないSU宇宙軍よりもTRへと傾くことに繋がる。
やがてはSUから離脱して、TRの傘下に入りたいと思うようになる。
離脱に踏み切れなくとも、TRの側から攻め取ったことにすれば咎はないと囁けば、陥落する星の1つや2つは楽に現れるだろう。
そこまでの説明を聞いて、キワカは更なる疑問を抱く。
「TRが支配する宙域を少し増やしたところで、SUに大した痛手はないと思うんですけど?」
オリオン星腕は広大だ。星の1つ2つが寝返ったところで、SUの経済基盤は揺るがないだろう。
しかし支配していた星がTRに奪われたという『失態』は作り出すことができる。
「政治というものは面子の勝負です。失態があれば、挽回しないといけません。人は誰であっても、無能なモノの下に付くことが我慢できない性格を持っていますから」
「その挽回してくる場面で、また何かを仕掛けようと?」
キワカの質問に、オイネは視線をドーソンに向ける。
ドーソンは話す予定はないとばかりに無視して、撤退指揮を継続中。
「どうやら、そのときが来てからのお楽しみ、という事らしいですね」
「時期がきたら話してくれるのなら、それでいいです」
キワカは素直に引き下がり、レーダー画面に視線を向け直す。
画面には、ドーソンが言っていた通り、TRの艦隊であるという認識票が大量に表示されていて、それらが編隊を組み始めていた。
しかし艦隊移動の速度はノロノロとしていて、あからさまに手を抜いていることが見て取れた。
どうやらTR艦隊は編隊に手間取っていると見せかけて、ドーソンたちが逃げるのを待っていてくれるようだ。
そういうことならと、ドーソンは自艦隊を纏め上げると、尻尾を撒いて逃げだした。
先ほど襲っていた惑星から大分離れたところで、救援にきたTR艦隊が演説を始めた。
惑星住民に対して恩を売るような話しぶりに、ドーソンが思わずと言った感じで「もっと演技と演説が上手い奴を出せよ」と愚痴を言っていた。