12話 新体制/要求拒否
予約投降が一日ズレていたみたいです。
本日、時間をずらして2話更新します
≪大顎≫号と≪ゴールドラッシュ≫は、SUの艦船の警戒が薄い宙域を狙って出没し、次から次へと貨物運搬船を襲っていった。
2隻で集められるコクーンの数は10個。≪大顎≫号単独では2個が限界だったことを考えると、単純計算で5倍の利益――2隻で頭割りにしても2.5倍も稼ぐことができた。
もちろん≪ゴールドラッシュ≫が、コクーンの売却の半分を受け取ることはできない。ドーソンに借金しているからだ。
借金返済のために必要だからと、一度全ての売上をドーソンが回収はする。
それでも、ドーソンは一仕事終える度に、≪ゴールドラッシュ≫の面々が派手に飲み食いと買い物ができる程度の金を渡した。
≪ゴールドラッシュ≫は、典型的なしみったれ海賊だ。今まで節制せざるを得なかった境遇から、一転してかなりの金を手にしたら、欲に任せて散財することは決まっていた。
そんな金の価値を分かっていないような使い方しかできない≪ゴールドラッシュ≫に、なぜドーソンは回収する借金の量を減じてでも、金を気前よく渡したのか。
それは≪ゴールドラッシュ≫が派手に金を使えば使うほど、他の食い詰めた海賊に≪大顎≫号と≪ゴールドラッシュ≫の羽振りの良さが伝わるから。
端的に言うのなら≪ゴールドラッシュ≫に払った金は、ドーソンの元に仕事を手伝いたいと申し出る海賊を呼び込むための撒き餌である。
「――そうして集まったのが、5つの海賊船。どれもこれも、武装が貧弱な運搬船ときた」
『≪ゴールドラッシュ≫と同じ船種の鉱物採掘船が1隻。ほぼ無改造の小型貨物船が三隻。半壊の中型貨物船が一隻。なんとも、戦力的にはお荷物ばかり集まったものですねー』
「採掘船と小型貨物船は、とりあえずエネルギー充填装置を積めば良い。問題は壊れた中型貨物船だ。傭兵の鉄鋼榴弾を食らって、貨物室の大半が吹っ飛んでる。修復にかなりの金が必要になるぞ」
『そうですか? むしろ貨物室だけが吹っ飛んでくれたおかげで、修理を安くできそうですけど?』
「修理を安く……そうか、コクーンを収集するだけが目的なら、なにも設計図通りに修復しなくてもいい。腹を開いて、コクーンを詰め込めればそれでいいんだからな」
『コクーンは、それ自体が荷物を守る硬い容器ですから。多少手荒に扱ったところで、中身に被害はでませんから』
オイネが提案する改造案は、重機用のバケットを二つ合わせたような作りの、腹開き式の格納庫。開閉する壁面にはコクーンを保持する金具と、コクーンを拾い集める補助椀がついていた。
「この設計なら、この船が回収できるコクーンの数は、30個か」
『これで、その他新規参加組と≪大顎≫号と≪ゴールドラッシュ≫を合わせ、約100個のコクーンを回収することができますよ』
「100個か。これはちょっと集めすぎになるかもな」
『集めすぎ? この程度の量なら、ハマノオンナで買い取り可能だと思いますよ?』
「心配している方向は、そっちじゃない。俺が気にしているのは――いやまあ、遅かれ早かれだから、気にするだけ無駄か」
ドーソンの懸念がどう言ったものかが分かるのは、7隻で物資運搬船を襲撃すること5回目のことだった。
一度に100個のコクーンを奪取できることで、ドーソン一派の収入は各段に上がった。
それこそ4回の襲撃の成果で、≪ゴールドラッシュ≫を含めたほぼ全ての海賊船がドーソンに借金を返し終えているぐらい。
借金返済の例外である中型輸送船は――オイネが船体の改造に多額の費用が掛かったと偽った方が良いと提案し、実費以上に大きな借金を背負わせることに成功したことが原因で――完済できていないものの、あと二回で返済し終える計算が立っていた。
こうも上手く行き続けると、海賊なんて存在は調子に乗ってくる。
時間制限があると注意しているにも拘らずコクーンの回収をのんびりやろうとしたり、待ち伏せしているというのに船間通信をバンバン使ったりだ。
そういった舐めた態度が見えた瞬間、ドーソンは制裁を発動させる。
例えば、のんびり回収しようとしている船を、オイネにハッキングさせて操り、回収作業はオイネが引き継ぎつつ、船内の空気を窒息死寸前の濃度まで落とす。待ち伏せで無意味な通信をする船の鼻先に、≪大顎≫号が砲撃を放ってみせる。『次に同じ真似をしたら、迷いなく殺す』との苦情付きで。
こういう力で押さえつけるやり方は反発を招くため、短期的に状況改善できても、長期的に見ると上手い方法とは言えない。
ドーソンはそのことは重々承知しているが、この連中とはあまり長い付き合いにはならないと考えているので、長期的展望を捨てる方針を取っていた。
どうしてドーソンは、長い付き合いにならないと見ているのか。
その理由の一端が、5回目の物資運搬船の襲撃で明らかになる。
この5回目の襲撃も本来なら、今までと同じ方法で済むはずだった。
≪大顎≫号が主砲である駆逐艦用荷電重粒子砲を放ち、物資運搬船に警告する。物資運搬船は要求を飲み、コクーンを放出して逃げる。そんな段取りになるはずだった。
少なくともドーソンと手下の荷物持ち海賊たちは、そう思っていた。
『当方は、私掠宇宙船≪大顎≫号。貴船に要求を突きつける。コクーンを100個、放出するべし。聞き入れる場合は見逃し、聞き入れない場合は砲撃にて撃沈する。猶予は2分とする』
白黒仮面の人物が物資運搬船へ警告を放つ最中、ドーソンは素顔で物理モニターを見つめて砲の照準を運搬船に合わせ続けていた。
実はこの警告通信、録画映像をオイネが流しているものだった。録画映像を何種類か用意し、運搬船の返事に合わせて、適当な映像に切り替えているのだ。
どうしてドーソンが直接警告しないかというと、輸送船の認知外から行う狙撃は、かなり神経を使うから。
これほどの超長距離の狙撃だと、少しの照準の狂いで見当違いの方法へ攻撃が向かってしまう。そのため、常に気を張って照準を合わせ続ける必要があった。目標の運搬船に警告したり、その反応を見て返答する作業を入れると、ドーソンには狙撃を完遂させるだけの余裕を失ってしまう。
それでは本末転倒なので、ドーソンが狙撃に集中して、オイネが運搬船に警告するという役割分担となったわけだ。
そして今回、オイネは通信を行いながら、ドーソンに初めての報告をする。
『ドーソン。輸送船乗組員の反応が今までと違っています。コクーンを放出するかを迷う様子はなく、どうにか交渉を引き延ばそうと必死になっています』
「これは、とうとう来たか。まったく2000万個運んでいるうちの100個だぞ。死にに急ぐ必要はないってのに……」
ドーソンは苛立った表情を浮かべたが、次の瞬間にはすっと表情が戻る。感情の揺れが狙撃に大敵であるとわかっているので、気分を努めて落ち着かせたのだ。
『ドーソン。どういう意味の言葉で――運搬船の推進装置の出力増大! 運搬船、増速を開始しました!』
「……オイネ。通告した制限時間まで、あと何秒だ。カウントをモニターに表示してくれ」
『残り三十秒、モニターに出します。運搬船、なおも増速。回避運動も行っています!』
「こちらが超遠距離狙撃だと知って、船足を早めてランダム回避を行えば逃げ切れるって思ったんだろうな」
ドーソンは冷静な頭で状況を見つつ、荷電重粒子砲の収束率を最大に設定してから、操縦桿を操る。
モニター上に表示されている照準の中心は、加速を続ける運搬船から常に外れてしまっている。だがその外れ具合は運搬船の船頭より先――超長距離射撃に必須な偏差射撃を目的とした位置を常に照準していた。
「オイネ。10秒からカウント。3秒前で交渉決裂時の映像を輸送船に送れ」
『分かりました。カウントと映像の準備に入ります。残り15秒――』
要求に従い、オイネが10秒からカウントを下げていく。
『10、9、8、7、6、5……映像送ります――』
オイネが送りつけた映像では、白黒仮面の海賊が『こちらの要求を飲めないのなら、撃沈だ』と死刑宣告を行っていた。
『――3,2,1、ゼロ』
オイネのカウントアウトを耳にした瞬間、ドーソンは砲撃した。
最高収縮で砲から放たれた荷電重粒子は、砲身の口径と同じ太さの白い棒が瞬く間に宇宙の果てへと伸びていくようだ。
その伸びていく棒の先端が、物資運搬船のブリッジの上から突き刺さった。高速移動かつランダム回避運動をしていたはずなのに、狙い違わず当たった。
超高温の粒子が船のブリッジを溶かし、その内側にいた船長以下の運行船員を全て焼失させる。
荷電重粒子砲が通過した後、ブリッジを失った物資運搬船は、運行するための頭脳を失ったことでセーフティーがかかり、徐々に減速を開始した。
ドーソンは見事に難しい砲撃を成功させたが、その表情に喜びはなく、これから先の作業への苛立ちで満ちている。
「オイネ。すぐに跳躍だ。それと荷物持ちどもに向けて、大物狩りが起きたときの文面を送れ」
『短距離跳躍準備、完了。文面、送りました』
「よしっ、跳躍だ!」
ドーソンは不本意な大釣果に頭を悩ませながらも、やるべきことをやるために動き出した。