129話 進むべき先は
ミイコ大佐がドーソンの配下になることを了承した。
ゴウドは≪チキンボール≫の支配人ではあるが、ドーソンが要望すれば協力は惜しまない立場になっている。
これで事実上、ドーソンが特務中尉ながらにアマト皇和国星海軍のオリオン星腕での総責任者になった。
しかしそのことを、当のドーソンは面倒事に首を突っ込まざるを得なかったと考えているような、苦々しい顔つきでいる。
そのことを、オイネは不思議に思って質問することにした。
「これで余計な邪魔がなくなったじゃないですか。不満なんですか?」
「俺は士官学校を出て一年足らずの若造で、しかも特務中尉だ。年上で階級も上の相手を下に持つのは、色々と気を遣わなきゃいけないんだ。加えてミイコ大佐は、貴族派という、俺とは別派閥の人間だから、より一層にだな」
「アマト皇和国では有能な者が上に立つことは歓迎する気風があると、情報にはありますけど?」
「その点は合っている。その気風がなきゃ、ミイコ大佐は俺の下に入る気にはならなかっただろうな」
アマト皇和国独自の考え方があるからこそ、ミイコ大佐はドーソンの下に入ることを決めた。それは、この決断がアマト皇和国内では理解されると分かっているからだ。
「SU宇宙軍だと、年功と階級序列が逆転するような事態はないらしいからな。ミイコ大佐のような真似をSU宇宙軍でやったら、頭がイカれていると思われるだろうしな」
「SU宇宙軍では、上司が有能な部下の手柄を奪って出世して、その見返りにその有能な部下を引き上げるという図式のようですからね」
「上に気に入られていなきゃ、手柄だけ取られて放置ってことにもなるらしいがな」
上司の感情で評価が左右される状態は、組織の健全さを失わせることになる。
なにせ実務能力ではなく太鼓持ちの才能で出世が決まる世界だと、真面目に働いても評価されないからと勤勉な者が減る。
そして勤勉でない者が上に立てば、己の利益だけを追求するようになり、不正や賄賂が横行するようになる。
それらの横行が続けば、組織は根本から腐り、やがて社会の腐敗へと伝播する。
やがては、立場が上の者たちは下の者たちを虐げるようになり、それが当たり前の光景となり、社会が硬直化して発展性を失う。
この最終段階が、いままさにオリオン星腕におけるSU政府の状態と言えた。
しかしアマト皇和国の『実力者が上に立つべき』という、実力主義の考え方にも問題がないわけではない。
実力者が素早く出世する一方で、能力が劣るものは一生出世できない。
己の実力を磨いても磨いても出世できないとなれば、人は努力を止めて安易な方法へと走ってしまう。有能な者の足を引っ張って失敗させて、出世できないようにする方法を取るようになる。
こうした足の引っ張りは、有能な者が世に出る機会や人の成長を阻害するだけで、なんら社会に良い影響を与えない。
そんな非生産的な活動が横行するようになれば、これまた社会の硬直化を産むことになる。
一応アマト皇和国では『妨害を跳ね除けることも必要な能力』としてるため、本当に有能な者だけは楽に出世できる仕組みは残っているため、どうにか硬直化は避けられている状態だ。
「ともあれ、俺が有能であることを、ミイコ大佐を通じて貴族派へ見せつけないといけない。そうしなきゃ、貴族派お得意の根回し交渉で、こちらの活動を妨害して来ようとするだろうからな」
「いま貴族派は後方作戦室に借りを作っています。あまり変なことはしてこないのではないですか?」
「どうだかな。他者を蹴落とすことに関しては、貴族派はノウハウをたっぷり持っているからな。俺には考え付かない姑息な手段を使ってくる可能性はある」
「ドーソンに考え付かないとなると、軍事行動とは関係のない分野ということでしょうか?」
「そうだな。俺はあくまで兵士と士官の教育を受けた人間でしかない。政治経済や流通商業に関しての知識が乏しいから、そっち方面から攻められたら対処が送れるかもしれないな」
そういった未来図が予想できるからこそ、ドーソンは面倒くさいと言いたげな表情になっているわけだった。
しかしオイネが気にしたのは、別のことだった。
「対処が『出来ない』とは言わないあたり、ドーソンって自信家ですよね」
「究極的には、自分の味方は自分だけだ。なら自分自身を信じなくてどうする」
ドーソンの精神性が垣間見えたところで、オイネは詳しい今後の方針について聞くことにした。
「SU側は≪ヘヴン・ハイロゥ≫を失いはしましたが、新型機を建造中。一方で反SU側の勢力は、『天神公団』が大敗したことで、援助金や賛同者の数が減りました。中々に不平等な取り引きになった感じがありますけど?」
「今回の一件は、あくまでSUの宙域内での反乱のようなものだ。SU内の政府に対する不満勢力は減ってはいるが、TRも企業も打撃は受けていない。むしろ戦いを静観したことで、SU宇宙軍の底を測れた。これは有益な情報だ」
「海賊についてはどうです? SU宇宙軍は、今後は海賊の討伐に力を入れると表明しているようですけど?」
「半ば本気だろうが、もう半分は脅して海賊の活動を鈍らせようって魂胆だと思うぞ。なにせ≪ハマノオンナ≫の攻防、TRとの戦争、≪ヘヴン・ハイロゥ≫の防衛線と、立て続けに宇宙軍は被害を受けている。その上で、建造中の後継機の警護までやっているんだ。海賊活動を抑える手が足りなくなっているに違いない」
「ここでまた居住可能惑星や衛星で、海賊が略奪を起こせば、再び不満分子が生まれかねません。ですからSU側が海賊に対する強い口調の声明を出して牽制したと、ドーソンは見るわけですね」
そういうSUの思惑が見えているのなら、ドーソンが今後やるべきことは決まっている。
「再びSUの居住可能惑星と衛星を荒らし回るぞ。その上で、もう1手追加する」
「どんな手段をですか?」
「大したことじゃない。『天神公団』に変わる新たな反抗組織。その種を植えて回るんだ」
ドーソンは企んだ顔になると、不機嫌だった態度はどこへやら、軽くなった足取りで≪雀鷹≫のある港へと歩きだした。