128話 責任回避
失神したタイロ男爵を支配人室のソファーに寝かせ、話し合いは続く。
「ドーソン特務中尉。こうなることを見越して、アマト皇和国に戻っていたのかね?」
ゴウドの問いかけに、ドーソンは首を横に振る。
「そんなわけがない。ただ、成功するにせよ、失敗するにせよ、俺が関わっていないようにしようとは思っていたが」
「それはどうしてだね?」
「成功した場合、お前たちは俺を除け者にした成果を報告しただろう。実際、手助けするつもりはなかったから、その点は良い。だが、失敗したときが問題だ」
「問題とは?」
「関わっていないはずの俺が関わっていたように細工して、責任を俺に全部被せることをやるだろ」
ドーソンは後方作戦室に所属しているとはいえ、後ろ盾も人脈もない孤児。
貴族やアマト星海軍の高位士官が根回しすれば、陥れることが可能な人材だ。
失態を押し付ける相手には、うってつけと言えた。
「それに俺が任務から外されることになれば、今後のSUでの活動はアンタらの主導となる。一挙両得とばかりに、責任を押し付けてくることは目に見えていた」
ドーソンが断言すると、ゴウドは反論しようと口を開きかけて、すぐにその口を閉じてしまった。
ゴウド自身、貴族派の思惑によって経歴が決まってきた背景がある。そのため、ドーソンの発言を否定しきるだけの信頼を、貴族派に持つことができなかった。
ドーソンの意見に反対する最先鋒であるタイロ男爵は気絶中。
あとは、ミイコ大佐とジンク中佐。
ジンク中佐は後方作戦室と繋がりがあるため、ドーソンの意見を否定する立場じゃない。
残るミイコ大佐が、肩をすくめた。
「そういう意見が、タイロ少佐から出なかったわけはないので、ドーソン特務中尉の懸念は合っていましたよ」
「≪ヘヴン・ハイロゥ≫戦が始まった頃には、俺はアマト星腕の中にいた。責任の押し付けようがなくて諦めたってところだな」
「それでも、オリオン星腕にいて戦闘に従事しなかった、ジンク中佐に責任を押し付けようとしたようでした。けれど、責任を取れそうな関係者の中で、一番上の役職者は私で、一番下の役職者はタイロ少佐です。ジンク中佐に責任を押し付けようにも、明文が立ちません」
「総責任をとるのなら、一番上の役職者か、一番下の役職者かが適任だものな」
一番の上位者が責任を取るのは、説明も要らないほどの、道理といえる。
では下位者の場合はというと、下の者が上の者をかばうために立候補して責任を受け取ってくれたという形で行われるもの。
だから今回の場合、押し付けることが可能な先は、一番下の役職者であるタイロ男爵となる。
ジンク中佐に押し付けられない状態だからこそ、先ほどタイロ男爵は進退窮まって白目で失神してしまったのだ。
「責任の取り方については、俺は関係ない。そっちで勝手にやってくれ。他に用件がないのなら、部屋から出て行ってもいいよな?」
ドーソンが支配人室から出ようとすると、ミイコ大佐が呼び止めた。
「ドーソン特務中尉。これから先、どうなさるのかを教えていただいても?」
「更迭される予定の人に言って、何になるんだ?」
ドーソンが冷たく突き放すと、ミイコ大佐が深々と頭を下げてきた。
「今回の失態を挽回するためには、もうドーソン特務中尉におすがりするしか無いのです」
清々しいほどの他力本願に、ドーソンは呆れると同時に感心した。
大佐という立派な立場の者が、特務とはいえ中尉に頭を下げて頼んでいるのだ。礼節の話で考えると、頼まれた側が一考して然るべき事例と言える。
ドーソンは反骨心強めの性格をしているが、同時に不正や不道徳を嫌う性質を持ち合わせている。
相手が礼節を保った態度で頼んできたのだから、それ相応の対応をしなければという意識が働いてしまう。
加えて、アマト皇和国から出る際に、後方作戦室の上役から共同歩調を取るようにとも言われている。
そのときと今とでは少し状況が変わっているが、命じられたことを加味しての判断は必要だと、ドーソンは考え直した。
「あえてもう一度聞くが、どういうつもりだ?」
「……出来れば、末席に加えて頂きたいの」
「ミイコ大佐だけをか? それとも重巡艦≪あふぇくと≫も込みでか?」
「艦も込みでお願いしたいの」
ドーソンは葛藤する。
ミイコ大佐と≪あふぇくと≫の乗員を味方につけるには絶好の機会だが、今後に得た成果が貴族派にも流れることにも繋がる。
たかだか1人の大佐と1隻の重巡艦を味方に引き入れるために、貴族派の利益を許すべきか否か。
ドーソンは真剣に考えようとして、そういう権力の綱引きの判断は、中尉の自分には荷が重いと思考を放棄した。
「アマト皇和国にいる、貴族派と後方作戦室が良い感じに調整してくれるだろう」
ドーソンの返答に、ミイコ大佐の顔色が少しだけ良くなる。
「受け入れてくれて、助かったわ。末席を頂いたからには、働きで返すことを約束するわね」
「大佐まで成り上がった人の手腕、期待している」
ドーソンは退室の足を完全に止めると、今後のことについて気絶しているタイロ男爵以外の面々に語って聞かせた。
大まかな方針という形で、明確ではない予定ではあったが、少なくともミイコ大佐に名誉挽回ができると確信に足る情報ではあったのだった。