127話 結果と責任
『天神公団』と反SU政府主義者たちが多大な犠牲を払って壊した、≪ヘヴン・ハイロゥ≫。
その空間跳躍環の後継機が建造中。
この情報がSU中に流されてから、SUにいる多くの貧民と下層労働階級の人たちが徒労感で声を上げなくなったという。
「さもありなん。≪ヘヴン・ハイロゥ≫での戦いで、反政府の声を上げた者たちは少ない貯蓄から『天神公団』へと寄附したのだ。SU政府をひと殴りすることで目を覚ましてくれればと期待を込めてだ」
ゴウドが痛ましい口調のまま言葉を続ける。
「しかしSU政府は、新しいもの作っているから気にしてない、と言わんばかりの報道を行った。『天神公団』に望みを託していた人たちの失望はいかばかりか、計り知れん」
この説明で、ドーソンはあることに納得する。
「『天神公団』の生き残りが≪チキンボール≫で熱心に勧誘する、一方で海賊たちが冷ややかな反応なのも、新しい空間跳躍環の存在があるからだな」
「その通り。一度失墜した旗に、再度集まろうとする酔狂者は少ないのだよ」
『天神公団』は≪ヘヴン・ハイロゥ≫を壊すことに成功している。
大戦果と言える成果ではあるが、後継機が出てきたことで、SU政府に痛手を与えるという至上命題を果たしていない。
そして『天神公団』を支援していた人たちは、命題の方こそを重要視していた。
だからこそ、命題を果たせなかった『天神公団』は、人々からの信用を失ってしまったのだ。
「『天神公団』のことはどうでもいい。この後継機の存在があっては、SU政府にアマト星腕への進出を取りやめさせるよう交渉することは出来なくなったんじゃないか?」
ドーソンの問いかけに、ゴウドは肩を落とす。
「その通り。状況はふりだしに戻ってしまったのだ」
「ふりだし? むしろ状況は悪化していると思うが?」
ドーソンは揶揄しながら、視線をゴウドからミイコ大佐とタイロ男爵へと向ける。
その視線の意味を、2人は正しく受けとったようだった。
「弁明はありませんよ。SU政府と宇宙軍は、≪ヘヴン・ハイロゥ≫を実際に壊した海賊を恨んでいて、状況が落ち着いたら討伐に乗り出すという情報があります」
「後継機の話は、どこにもなかったんだ。我らの落ち度と言われても困る!」
これから先、SU宇宙軍は海賊を目の敵にする。それこそ見つけ次第討伐するよう命令を下され、海賊活動は締め付けられることになる。
≪ヘヴン・ハイロゥ≫の後継機にしても、再び壊されることがないよう、防衛力を強化するに違いない。
つまり、今までドーソンが行ってきた活動成果の多くの部分が、無意味となった。
ここまでの努力を無にされて、ドーソンは怒ってもいい場面といえる。
しかしドーソンは、怒ったところで状況が変わらないと分かっているため、すぐに次の方針を考え始めていた。
「俺は任務をやり遂げるだけだ。それで、アンタたちはどうするんだ」
「どうするとは?」
「今回の作戦は、そちらの責任で行ったものだ。アマト皇和国に報告して、進退を仰ぐべきじゃないか?」
ドーソンの指摘に、ゴウドの肩がさらに落ちる。
「仮報告は上げてあるが、後継機の話を入れた本報告を送るとも。成否判定が怖いがね」
ゴウドの殊勝な調子に、タイロ男爵が噛みつく。
「何を言う! 今回の作戦は≪ヘヴン・ハイロゥ≫の破壊という成果で成功している! 否と判断されるはずがない!」
「ははは。そう願いたいのだがね」
ゴウドは自身が辿った経歴から、アマト皇和国の軍部は無能に厳しいことを分かっていた。
ドーソン特務中尉という先駆者が建てた功績の大部分を、貴族派のミイコ大佐たちが不意にしてしまった。
無能という烙印を押されて然るべき結果であり、その無能者に重大な任務を続けさせるという判断は望めない。
「今回の作戦に関係した者たちは、オリオン星腕からの引き上げを通達されるのではないかな」
「いえ。ゴウド様は≪チキンボール≫の支配人。重要な拠点を保全するためにも、留め置かれると思います」
アイフォの弁護に、ゴウドは半分諦めた顔で「そうなるといい」と告げ、タイロ男爵は焦り顔になる。
「無能の烙印を押され、挽回する機会もなく引き上げさせられる!? そんな馬鹿なことが!!」
その狼狽えっぷりに、ドーソンは鼻で笑ってしまった。
「もともと、貴族派のお前らがオリオン星腕に来られているのは、アマト皇和国の政治的な判断からだろ。今回のお前らの失態で、貴族派のオリオン星腕への派遣の正当性が揺らぐ。果たして貴族派は、各方面に借りを作ってまで、お前たちを続投させるかな?」
派閥による主導権争いは、どこの世界でも過酷だ。
今回を例にするとだ。
貴族派はミイコ大佐を送り出すために、後方作戦室やその関係に借りを作っていた。ミイコ大佐たちが成果を上げれば、より発言権を増すことができると見込んでのことだ。
しかし、ドーソンという後方作戦室の人員の功績を消し飛ばすような失態を、先の作戦行動でやってしまった。
これは貴族派が、後方作戦室に詫びを入れなければいけない――更なる借り入れをしなければいけない事態だ。
そして、あまりにも借りが積み上がってしまえば、それは後方作戦室の下に貴族派が入らなければいけない未来へと向かうことに繋がる。
発言権を強めようとして、逆に弱くなってしまっては、本末転倒も良いところ。
貴族派としては、そんな未来は許せない。
では、どうするのか。
答えは単純で、借りを作らなければ良い。
しかしドーソンの成果を不意にした責任は取らなければ、貴族派は他の誰からも信用されなくなってしまう。
その事態を避けるためには、責任者を処分してケジメを付けなければならない。
「お前たちを人身御供にしての責任回避。貴族派がよくやっていたことだろ?」
ドーソンが半笑いで予言すると、タイロ男爵は色めきたつ。
「そんな馬鹿な話があるか! いやさ、あったとしても、男爵たるこの身に責任が及ぶはずがない! ミイコ大佐やゴウド准将が責任を負うべきだ!」
「たしかに貴族派にとっては、『男爵』という貴族に責任を負わることは困るだろうな」
アマト皇和国で貴族で居られているのは、その地位に見合った有能さがあると証明し続けてきたからだ。
男爵が無能だからと責任を負ってしまっては、他の貴族も無能なのではと疑いの目で見られることになり、引いては貴族階級不要論へと発展する危険がある。
その危険を回避するためには、貴族が無能ではないことにするしかないのだ。
「で、であろうな。だから責任は――」
「責任はウーロジ男爵家でなくなった『タイロ』が取ることになるだろうな」
ドーソンの言葉に、タイロ男爵は呆気に取られ、そして顔色を青くする。
「だ、だ、だ、男爵位を、剥奪、されるのか」
「ウーロジ家の誰かに継がせるんだろうな。タイロ男爵は男爵に足りない無能だったから、爵位を『自ら』委譲したと建前をつけて」
ドーソンは孤児だ。貴族の慣習に詳しくはない。
しかし、こうも断言口調で語れているのは、ドーソンが士官学校で貴族の子息子女と関わった経験からだ。
貴族連中は纏まり、家の爵位が上の者が下の者をかばうことが常だ。しかし、かばい切れないと分かったときには、切り捨てることを躊躇わない。
そういう温情と非情な判断が両方できるからこそ、爵位が下の者は上の者に敬意を示すし、切り捨てられないようにと奮起する。
これがうまく回っている間は、上も下も能力が上がる良い仕組みとなる。
実際は恩義や愛着や貸し借りなどで、上が切り捨てる判断を迷ったり、下が寵愛を受けているからと増長することがあるため、完全無欠の仕組みというわけではない。
しかしドーソンが見てきたのは、士官学校の子息子女――理念と誇りが胸にある青い貴族たちの振舞い。恩義や愛着や貸し借りで絡まっていない分、本来の貴族らしい損得勘定で判断できていた、その光景だ。
そのため大人貴族の振舞いとは少し違う部分があるのだが、今回のタイロ男爵に関しては違いが関係なかった。
今回のことは、多少の恩義や愛着や貸し借りで庇える段階を越えた失態なのだから。
その点は、タイロ男爵も気づいている。気づいているからこそ、認めたくなくて喚いているのだ。
「そんな馬鹿なことがあってたまるか! 爵位が、爵位を、男爵なのだぞ!」
「俺に言ったところで、どうなるわけでもないだろうが。アマト皇和国に戻って、貴族派のお偉いさんに言ってこいよ」
ドーソンが冷たく反論すると、タイロ男爵は助けを求めるようにミイコ大佐とゴウドへと視線を向ける。
しかしミイコ大佐もゴウドも、貴族派ではあっても貴族の当主ではないため、タイロ男爵を庇えるような権力は持ち合わせていない。
2人が静かに首を横に振ると、タイロ男爵は膝から崩れ落ち、そして現実逃避をするように白目をむいて失神してしまった。