126話 敵にあっても味方にあっても困るもの
ドーソンたちが≪チキンボール≫の支配人室に入ると、アマト皇和国から来た面々が勢揃いしていた。
その顔ぶれはドーソンの予想通りだったが、居並んだ面々の表情は予想外だった。
てっきり得意げな顔をしてくると思っていたが、なぜだか暗めな表情をしている。
ゴウドは眉尻を下げた困り顔で、隣に立つアイフォとジーエイも少し眉間に皺が寄って不愉快そうだ。
ミイコ大佐は疲れ顔で目じりに皺が浮かんでいるし、タイロ男爵は頭痛を堪えているようなしかめ面をしている。
まともな表情はジンク中佐と、随行員として立っているマコト少尉。しかしよく見れば、どちらも疲労が表情の底から滲んでいた。
ドーソンはそんな表情をされる覚えはないが、直感で何かしらがあったことだけは分かった。
そして、その『何かしら』に関係ありそうな項目にも思い至っていた。
「≪ヘヴン・ハイロゥ≫の破壊成功に、祝辞を言った方がいいのか?」
ドーソンが惚け口調で問いかけると、他の面々の表情の度合いが強くなった。
どうやら≪ヘヴン・ハイロゥ≫に関係するなにがしかが、ゴウドたちを悩ませているらしい。
「どうしたんだ。≪ヘヴン・ハイロゥ≫はSU政府と宇宙軍の重要施設。破壊できたことは喜ばしいことのはずだろ?」
そう事情を尋ねると、ミイコ大佐から深々とした溜息が出てきた。
「はぁ~~。ドーソン特務中尉。それは分かっていて惚けたことを言っているの? それとも本当に何も知らないのかしら?」
通常のミイコ大佐では考えられないほど、口調が荒れている。
そうなるほどに悪い事態なのかと予想はしつつも、ドーソンは返答する。
「アマト皇和国から来たばかりだぞ。でもまあ、≪ヘヴン・ハイロゥ≫の戦いで海賊が美味しいところを持っていったって話だけは聞いている」
「はぁ~~。そうなのね。では本題に入る前に、抜け落ちている情報の共有からしましょう」
ミイコ大佐が手を振ると、ドーソンとその仲間たちの前に空間投影型のモニターが出現する。
画面には、≪ヘヴン・ハイロゥ≫を破壊した後の出来事がかかれていた。
「『天神公団』は指導者の大半が戦闘で死亡し瓦解した。戦争に参加した賛同者たちの殆どが死亡。しかし、どちらも生き残りが少数あり。戦闘直後には逃走を開始した」
その生き残りたちはTRを目指し、到達。TRに居た『天神公団』のシンパを吸収し、再出発。
しかしその規模は、戦い以前に比べたら、ほんの小さな組織でしかない。それこそ、大企業と家族経営商店ぐらいの差があるという。
だがTRは、その小さくなった『天神公団』を自領域からすぐに追い出した。
「SU宇宙軍に特攻をかます狂信者を作り出せる組織だ。TRにしても手元に抱えるにはリスクが大きいと判断したんようだな」
「大量の戦死者を作ったため、SUにも居場所がないことは予想できたようですよ。『天神公団』が私掠免状の公布をうけたとありますよ」
オイネの指摘に、ドーソンが情報を目で追いかけと、確かにそう書かれてあった。
そして『天神公団』が私掠免状持ち――つまり海賊になったという点に、ゴウドたちの暗い表情の理由があると予想がついた。
「海賊になった『天神公団』が≪チキンボール≫に入って来て、手を焼いているわけか?」
半ば確信を持っての問いかけに、ゴウドの困り顔の度合いが深まった。
「原因は『天神公団』だけれども、本質的な問題は他の海賊との諍いなのだよ」
「海賊が『天神公団』を排除しようとしているということか?」
「うーん。どちらかというとだね、妄言と勧誘を口から垂れ流す存在を、海賊たちが疎ましがっているのだよ。海賊仕事の合間に≪チキンボール≫での休息。美味しい食事と楽しい酒を嗜んでいるときに、横から唐突に宗教勧誘を受けるわけだ。気分を害して争いになるのは当然だったのだよ」
ゴウドが言葉にした場面を想像してみて、ドーソンも嫌な気分になった。
「ウザったいこと、この上ないな。それは確かに、喧嘩になっても変じゃない」
「≪チキンボール≫は海賊の巣だよ。しかも昨今は≪ハマノオンナ≫が撃沈されてから、少しガラの悪い海賊もやってくるようになっているのだ。光線銃で『天神公団』信者の血で前衛芸術を作るような事態になりかけ続けているのだよ」
「……殺させてやればいいんじゃないか?」
「そうしたいのは山々だがね、この手の宗教家というのは被害者面が大の得意なのだよ。そして同情が集めると、その分だけ信者が増えてしまうのだ」
ウザ絡みをして怒られたことを、理不尽な憤怒に晒されたと被害者面をして、何も事情を知らない人から同情を引いて味方にする。
口達者な人なら、それぐらいのことは簡単に出来てしまうのだろう。
「百害あって一利すらないな。放逐してしてしまったらどうだ?」
「そう告げて大人しく従ってくれる輩なら、頭を悩ませたりしない」
どうやら『天神公団』の生き残りは、海賊拠点に寄生して暮らすことに決めたようで、『海賊船が壊れた』と言い訳して海賊仕事にすら出て行かないらしい。
「船の都合ぐらい付けてやれよ。そんで出先で他の海賊に殺させろ。それで全て解決だろ」
「それをしたら、他の本当に船が壊れている海賊にも便宜を図らなければ、不平等になってしまう。流石に、後々の負債になると分かっていることを、目先の利益のために実行することは躊躇われる」
ゴウドの言い分は真っ当だが、目ざわりな存在を消すという真っ当じゃないことをやろうとしているのだから、その理念を曲げてもいいはずだ。
ドーソンはそこまで考えて、この議論が面倒臭くなった。
なにせドーソン自身は『天神公団』に迷惑をかけられていないのだ。そして実際にかけられたのなら、迷惑度合いによった対応をすればいい。
軽いウザ絡みなら、多少の暴力で黙らせる。被害者面して舐めた真似をしてきたら、迷惑料に命を貰う。
そんな海賊らしい行為で解決すればいい。
しかし、そこまで割り切れと言うのも酷だとも分かっている。
そこでドーソンは、ゴウドたちが納得しやすそうであり、そして『天神公団』を抹殺できそうな方法を考えだした。
「『天神公団』は宗教組織だ。そして組織というものは、人が集まっていて初めて機能する。ならその集いを破壊してしまえば、自然に組織は瓦解してしまうだろう」
「そうは言っても、集会を止めさせることすら難しくてだね」
「そうじゃない。他の海賊に声をかけて、『天神公団』信者を1人ずつ雇ってもらって、仕事で拘束してしまうんだ」
「なるほど。物理的に距離を取らせるわけか。そうして信者数を減じさせれば、『天神公団』の発言力も弱まる。そうしていけば、やがて自然消滅してしまうということだな」
ゴウドはそう理解したようだが、その部分はドーソンが考えた表のこと。
では裏はというと、海賊たちが自船に入れた『天神公団』信者が、もしも船内で勧誘活動などを行った際に、私刑に処すことが可能なこと。
光線銃で船内を汚すまでもない。数人がかりで取り押さえ、エアロックから宇宙空間で追い出すだけで、その信者は死ぬ。私服姿なら数秒で、宇宙服装備なら空気が尽きるまでの時間で。
そうやって1人ずつ消していけば、自然消滅に見える自然さで、『天神公団』をこの世から消すことができる。
ゴウドはこの点に気づいていないようだが、彼の腹心のアイフォや、察しの良いミイコ大佐は理解している様子だ。
しかし、その2人とも、ドーソンの提案を拒否する言葉を口から出さない。
異存がないからか、それとも『天神公団』の厭らしさに辟易しているからか。
なににせよ、そう遠くない未来に、この宇宙からまたひとつの宗教組織が消えることは決定になった。
これでゴウドたちの悩み事は解決かと思いきや、別の懸念事項があるらしい。
「≪チキンボール≫の問題は片付く目処が立ったが、より深刻なのはSUのことだ。≪ヘヴン・ハイロゥ≫を失った直後に、新たな空間跳躍環が建造中で完成間近であると報道してきたのだよ」
ゴウドが手振りで空間投影型のモニターを操作すると、連動してドーソンたちの前にある画面の映像が切り替わる。
その画面の中には、作りかけの新たな空間跳躍環の姿があった。