125話 改造終えて
ドーソンは、アマト皇和国で護衛戦艦の改造を行い、≪チキンボール≫に戻ってきた。
しかし表情は憂鬱――というよりかは、面倒くささを感じているようだった。
「まさか≪ヘヴン・ハイロゥ≫の攻略が成功するなんてな」
ドーソンの呟きは、他の乗員も同意見だった。それほどに≪ヘヴン・ハイロゥ≫の破壊完了は、寝耳に水のような報せだったのだ。
「艦隊戦闘の素人である『天神公団』と、一応は訓練されているSU宇宙軍の戦いです。≪ヘヴン・ハイロゥ≫が破壊される可能性は低かったはずです。たとえ、海賊が横殴りに入って来てもです」
オイネの評価に、ドーソンは肩をすくめる。
「宇宙軍が『天神公団』にかかりきりになっている間に、ミイコ大佐が率いる海賊が≪ヘヴン・ハイロゥ≫に強襲を行う。これが唯一の勝ち筋であることは確かだったが、それが実現してしまうなんてな」
「大佐まで登られた方なので、艦隊の指揮能力が高かったということでしょうか?」
「運も味方したんだろうな。≪ヘヴン・ハイロゥ≫の破壊てみせたことで、ミイコ大佐が派閥の一員である、貴族派は大喜びだったようだしな」
ドーソンたちがアマト皇和国で護衛戦艦の改造待ちをしていたとき、後方作戦室に宛てて、わざわざ嫌味を含ませた通信を送りつけてきたほどなのだから相当だった。
「SU政府にアマト星腕から手を引くための交渉を貴族派が主体となって行いたい、とか寝言まで言い出す始末だった」
「アマト皇和国の存在を知られるわけにはいかないので、ズレた主張ですね」
「ズレてはいるが、一介の特務中尉に全権を任せている現状に不安視させるのには、十二分の発言だったけどな」
そんな不安から、後方作戦室のさらに上の部署から、ドーソンはミイコ大佐と共同して作戦を行うようにと忠告を受ける羽目になっていた。
その事に、当のドーソンではなく、なぜかキワカが怒り心頭の様子だ。
「たった1回、いい出目を拾ったからって、ドーソン艦長の度重なる功績を無視していいはずがないのに!」
「そう言ってくれるのは有り難いが、上位者の命令には従わなきゃいけないのは、軍属の宿命だぞ」
「艦長は悔しくはないんですか!」
「さほどはな。ミイコ大佐が有能な上官であれば、それに従うことだってやぶさかじゃない」
ドーソンの言葉の裏の意味を、キワカは長くなりつつある関係性から直ぐに理解した。
「無能だと分かったら、その限りじゃないと?」
「どちらにせよ、アマト皇和国のために、能力に見合った役割を演じて貰うことになる」
キワカはドーソンの酷薄な言葉で、ようやく今の自分たちの扱いに納得した。しかしなにか腑に落ちないものに気づいた様子でもあった。
「それにしてもドーソン艦長は、意外と愛国者ですよね」
「…………はぁ?」
予想外のことを言われて、ドーソンは驚いてしまった。
「俺の何処がだ?」
「いやだって、ドーソン艦長って自分の立身出世に、あまり興味がないですよね?」
「まあな。孤児院に送れる分と自分が食べられる分だけ以上の給料を求める気はない。大量にある海賊クレジットすら持て余しているほどだしな」
「でも、無能な上官が居ることは許せない」
「国是にはんしているし、社会組織にとっても害悪だからな。人間は能力に見合った地位にいることこそが、組織を健全に保つためには重要だ」
「その無能者を排除するためには、労力を惜しんでませんよね?」
「下手に手心を加えたところで、感謝する手合いじゃないからな。完膚なきまでに叩き潰した方が、後々に恨みから報復される可能性が低くもなる」
「つまりそれって、お国のために身を粉にして不埒者を成敗している、ってことじゃないですか?」
「どうして、そうなる。いや待て、事実だけ列挙すると、そうなるのか?」
ドーソンの自認識としては、自分の行動は『無能な上官が許せない』というエゴを押し付けているだけの悪行だ。
それを善行のように言われると、どうしても反発したくなる。
しかしドーソンの感情を抜きにして客観的に行ってきたことを考えると、キワカが抱いた感想も間違いとは言えないと気づかされた。
「……なににせよ、俺は愛国者や正義の味方なんて言われるようなヤツじゃない。むしろ秩序の破壊者の方が相応しい」
ドーソンの自己評価に、キワカ以外の面々が頷く。
「ドーソンは士官学校時代から、無能な教官や先輩に対して容赦なかったですからね。面子を潰されて退役した教官すらいると証拠もありますし」
「SUの宙域に、海賊旋風を吹かし始めたのも、ドーソン様だし~」
「ご、ご主人は、色々と、壊しているよ。い、良い意味で」
オイネ、ベーラ、コリィの感想に、ドーソンは『ほらな』と言いたげな顔をキワカに向けたのだった。
≪雀鷹≫のブリッジで楽しい会話をしている間に、≪チキンボール≫の港に到着してしまった。
≪雀鷹≫に続いて、ディカの護衛戦艦と、エイダの巡宙艦が同じ港の中に入って泊まった。
実は、護衛戦艦だけでなく、この巡宙艦もアマト皇和国で改造を受けていた。
それに伴い、両方ともアマト皇和国式の艦名を付けられていた。
「ディカとエイダ。防衛戦艦≪鯨波≫と高速突撃艦≪鰹鳥≫の調子はどうだった?」
艦から躯体で降りてきたところに声をかけられ、ディカとエイダはそれぞれの所感を口にする。
「SUのバリア艦の装置を元に作られたバリア装置と、各種細かな調整を終えた艦体は、テストも航行も順調でした。あとは実戦でちゃんと使えるかを確認するだけです」
「こちらの艦は、実施テスト以来、全開操作も突撃も出来てないので欲求不満でありますよ」
ディッカの嬉々とした表情と、エイダの肩をすくめる姿。
対象的ではあるが、艦自体に不満を持っている様子はないようだった。
「心配しなくても、実戦の場はすぐに来る。そのときに存分に働いてもらうから、覚悟しておけよ」
「はい、楽しみです」
「次の戦場で、新戦法のお披露目でありますよ!」
「だがその楽しみの前に、≪チキンボール≫にいる面倒な奴らとの面会が必要だけどな」
「「うへ~」」
ディカとエイダが異口同音に、言葉にならない苦情を口から吐いている。
どうやらSU製の人工知能たちにとっても、アマト皇和国で貴族派からの『イタズラ通信』には辟易させられていたようだ。
「ドーソンさんが無能貴族が嫌いな理由、納得しちゃいましたよ」
「何度、鉛玉をド頭にぶち込んでやろうかと思ったでありますよ」
アマト皇和国の貴族たちにとって、人工知能はよく言えば使用人扱い。様々な感情のはけ口にすることが、常習化している。
そのため、ドーソンに面と向かって言えないことを、ディカたちに吐き捨てていた。
「アマト皇和国の人工知能も人工知能で、少し問題があるんだよな。子供のように喚く馬鹿貴族のことを、世話のし甲斐のある相手と認識しているから、始末におえない」
ドーソンが慰めの言葉をかけたところ、オイネから反論がやってきた。
「世話に手のかからない人間なんていませんよ。その程度が少し酷いからと、人工知能は見捨てたりしないというだけです」
「馬鹿には厳しい躾けが必要だと思うが?」
「聞き分けの良い人なら、馬鹿になんてなりません。それが市井の人であろうと、貴族であろうともです」
馬鹿貴族は、そう成長したその人が悪い。
それは確かに真実だが、身も蓋もないだろうと、ドーソンは肩をすくめたのだった。