閑話 ≪ヘヴン・ハイロゥ≫攻防戦・後
『天神公団』はSU宇宙軍の魚雷攻撃によって、大半の艦船を失った。
これが軍事行動なら、尻尾を巻いて逃げてしまいかねない損害である。
しかし、この艦隊の持ち主は宗教組織。
最後の1艦でも残っているのなら、目的のために命を燃やすことを躊躇わない。
もちろん、そう考えているのは『天神公団』の指導者階級の人たちだけのこと。
旗に集っただけの人たちは、冷静にいまの状況を見ていたら、逃げだしてもおかしくはない。
しかし、そうなっていない。
その理由は、『天神公団』が自艦艇の空気に、とある混ぜ物をしているから。
それは『天神公団』謹製の、吸った者の判断力を奪って指導者の声のみに反応する木偶へと変える秘薬だ。
「突撃突撃! 目標、≪ヘヴン・ハイロゥ≫!」
「イヒー! タリーホー!」
正気を失った声をあげて、『天神公団』に集った人たちが、嬉々とした表情で艦船を突撃させていく。
目の前で仲間の艦が爆発四散しようと関係なく、艦船のジェネレーターをフル稼働させての最大速で突っ込んでいく。むしろ爆発した味方艦の中を突っ切れば、敵艦からの砲撃はやってこないと感じている様子で、艦船の装甲で破片を弾き飛ばしながら突っ込んでいく。
正気を失っている人たちがいる一方で、『天神公団』の指導者たちは正気を――より正確に言うのなら、『天神公団』の教えから培われた歪んだ自意識を保っていた。
「空間跳躍の出現先は、広く分布させるのですよ。1艦でも≪ヘヴン・ハイロゥ≫に辿り着ければ、当方らの勝ちなのですからね」
「第3決死隊、跳躍。撃破されました」
「よいよい。跳躍した艦に対応すれば、その分だけ砲撃の圧も弱まるというものです。跳躍を成功しても、失敗しても、当方らの役に立ってくれております。彼らの命の散華に感謝の祈りを」
「感謝の祈りを」
自身にとって都合の良い解釈をしながらの言葉だが、一種の真実も含まれていた。
『天神公団』の指導者が言ったように、SU宇宙軍が跳躍してくる艦を撃ち落とそうとすると、どうしても押し寄せてくる艦隊の対処に遅れが生じる。
砲撃と魚雷攻撃でどうにか侵攻を送らせているものの、じりじりと余裕を削られていっている。
SU宇宙軍の元帥は打てる手を打ちつつも、歯噛みしながら状況を見守るしかない。
「第三防衛線まで、もう距離がありません!」
「戦闘機隊、出撃させろ。突進してくる艦隊を撃ち落とすんだ!」
宇宙母艦から戦闘機が発艦。対艦用の装備を抱えて、『天神公団』の艦隊へと急ぐ。
戦闘機は、銃火の中を掻い潜って、標的の艦隊へと爆弾を発射。ゆっくりと攻撃の成果を確認したいところだが、直ぐに母艦に戻って補給し、再発艦しないといけないため母艦へと急いで戻っていく。
こういった戦闘機の活躍で、『天神公団』艦隊は第三防衛線の手前で、ようやく突進を停滞させた。
突進の勢いとは一度止まってしまうと、今までの勢いを取り戻すことは至難だ。
「ここからは一方的に――」
SU宇宙軍の元帥が一息入れようとして、その行いが少し早かったと次の瞬間に悟ることになる。
急に『天神公団』艦隊の幾つかの艦が外装をパージし始めたのだ。
一見すると意味不明な行動。
しかし外装の内側から出てきた存在を見て、元帥は自分の失態を悟った。
「高速改造された戦闘機。あれで第三防衛線から≪ヘヴン・ハイロゥ≫まで突き進む気か!」
元帥が敵の目論見を看破したのと同時に、外装が外れた艦から戦闘機が飛び出す。
推進機と増槽を山盛りにした、ゲテモノ戦闘機。その姿は、ドーソンが一時期使っていたカミカゼ機を、より突撃方向に強化したような見た目になっていた。
機体の加速力は目を見張るものがあり、あっという間に通常戦闘機の倍の速度へ到達。SU宇宙軍の戦闘機の間を縫うように追い越していく。
常人では実現できないような変則軌道だが、『天神公団』には地球時代から面々とレシピを受け継いできた秘薬がある。秘薬の中には、摂取すると体感時間を引き延ばす作用のあるものがある。
それを利用しているからこそ、戦闘機のプロ顔負けの高速移動を、素人の手でも出来てしまう。
「戦闘機は、あの馬鹿げた敵戦闘機を撃ち落とせ! 味方の戦闘機が邪魔で、弾幕で落とすことができん!」
元帥は、第三防衛線の手前で戦闘機を使用したことを後悔していた。
もしも『天神公団』の戦闘機の方が先に発進し、その対応に回っていたのなら、自軍の艦隊の銃座射撃と戦闘機の連携で落とすことが出来たはずだからだ。
後悔している最中でも、『天神公団』の戦闘機は人間離れした操縦で、SU宇宙軍の戦闘機の間をすり抜け、やがてSU宇宙軍の艦隊の中にまで潜り込んできた。
ここまで入ってこられてしまうと、同士討ちを避けるためにも、宇宙軍は銃座での攻撃を満足に行えなくなる。
このまま≪ヘヴン・ハイロゥ≫に辿り着かれてしまうのか。
元帥が任務失敗を脳裏にチラつかせていると、新たな報告がやってきた。
「駆逐艦≪ウォルナ≫が敵戦闘機の進路上に! その艦体で敵戦闘機を受け止めた模様!」
「わざと艦に衝突させて防いだのか!? 被害状況は!?」
「敵戦闘機は武装の類は一切なかったようで、カミカゼを食らった部分が破損しただけのようです。判定は小破とのこと」
「そうか――ええい、背に腹は代えられぬ。戦闘機が通る道の近くにいる艦に、その体で敵の進路を塞ぐよう命じる!」
元帥の命令は即時実行され、艦隊が変則的に動いていく。
飛び回る戦闘機を、大きな艦艇が進路妨害して止めようとする。
その姿はまるで、駆けまわるランニングバックをタックルで止めようとするディフェンスのよう。
『天神公団』の戦闘機は、次から次へと現れる艦体という壁を、連続で回避していく。
しかし戦闘機を操っているのは、体感時間を引き延ばす秘薬を打っただけの素人。対応の連続を迫られて、つい操縦を誤って操作不能に陥ってしまう。
そうなった後の末路は、言うまでもなく、壁に激突して死ぬだけ。
飛来してきた戦闘機が、次々と艦体で止められていく報告に、元帥は安堵から息を吐こうとして、気を引き締め直した。
「いかん。敵が攻撃を諦めるまで、気を抜いてはいられん」
先ほど1瞬気を抜いた瞬間に、超高速の戦闘機の出現と、度肝を抜かれてしまったのだ。
これから何が起きても狼狽えないよう、心構えを続けておかなくてはと、元帥は戦闘への集中を続ける。
しかしその用心は過剰だったのか、『天神公団』の艦隊はもう虫の息で、なにか新しい手を講じられるようには見えない。
それでもと元帥は気を抜いていなかったが、しかし集中の全てを『天神公団』へと注いでしまっていたことは否めなかった。
だから、新たに来た報告に耳を疑うことになる。
「えっ……≪ヘヴン・ハイロゥ≫直掩艦隊から、救援要請がきてます!」
「なんだと!? 『天神公団』の艦隊は1つも通してないはずだ!」
「『天神公団』ではありません! 海賊です! 大量の宇宙海賊が別方面から攻めてきたんです!」
「な、なんだとお!?」
元帥は、『天神公団』の大艦隊を見てしまったことで、失念してしまっていた。SU宇宙軍と敵対している存在は、『天神公団』だけではなかったことを。
「海賊共め。我らの目が『天神公団』に釘付けになると分かっていて、その視界の裏をついてきたのか……」
「元帥、どうするのです!?」
「ええい、どうしようもあるまい! 『天神公団』の生き残りを狩れる分の艦隊を、この場に残す。その他は≪ヘヴン・ハイロゥ≫の救助に急行する!」
元帥は当たり前の手順を行うことを宣言して、艦長席に深々と腰を下ろす。その顔は、すでに諦めきっていた。
直掩艦隊が急襲されているのだ。急行したところで、≪ヘヴン・ハイロゥ≫の防衛が間に合うはずがないと。
その元帥の予想は正しかった。
あと少しで救援の手が届くというところで、≪ヘヴン・ハイロゥ≫の巨大な環状体の各所から爆発が生まれた。
その爆発は連鎖していき、やがて≪ヘヴン・ハイロゥ≫は百近い破片へと姿を変えてしまった。
せめて≪ヘヴン・ハイロゥ≫を壊された分の復讐をと、元帥は海賊を探すが、すでに撤退していて姿も形もなかった。
「くそが! 『天神公団』に勝って、海賊に負けるとは!」
元帥の慟哭はブリッジクルーの耳朶を打ったが、それ以上の効果を引き出すことはなかった。