閑話 ≪ヘヴン・ハイロゥ≫攻防戦・前
『天神公団』の演説は、SU政府の首脳部と政府に反感を持つ者たちに、多大な衝撃を与えた。
政府高官は憤りを込めて、宇宙軍へと命令した。
「宗教組織などという、時代錯誤も甚だしい存在の跳梁を許すことはできない! ≪ヘヴン・ハイロゥ≫を死守するように!」
その厳命に、宇宙軍は周辺宙域から戦力を抽出してまで、≪ヘヴン・ハイロゥ≫の防衛網を厚くした。
それに加えて、≪ヘヴン・ハイロゥ≫に至る星腕宙道を艦隊で封鎖。星間脇道においても、航行禁止と発見時に撃沈するとの通達も合わせて行われた。
厳戒態勢が取られる中、政府に反感を持つ者たちは『天神公団』へと集まった。
『天神公団』は宗教組織というだけあり、色々な宙域にひっそりと拠点を構えていたため、オリオン星腕の至る場所から手勢を集めることに成功した。
「SU政府に、我々の怒りを思い知らせてあげようではありませんか」
各拠点の指導者が集まった民を扇動し、反≪ヘヴン・ハイロゥ≫部隊として纏め上げていく。
しかし『天神公団』には武力らしい武力はない。
それもそうだろう。宗教組織など、宇宙時代においては、旧時代の遺物に等しい。そんな古ぼけた組織に出資しようという奇特な存在は、今の時代にはかなり少ないのだから。
だがSU政府に反旗を翻したことが、かえって『天神公団』に追い風が吹くこととなった。
戦争を終えたばかりで正面切って戦えないTRが、確保していた海賊艦隊を『天神公団』へと送ることを決定した。
≪チキンボール≫と『コースター』を支援している企業もまた、商売という形に偽った支援で、多くの艦隊を格安で提供した。
その他、SU政府を面白く思っていない富豪や組織から、身元を隠した状態での支援が続々と送られてきた。
宇宙船に武装を乗せた海賊船モドキで戦う気でいた『天神公団』にとって、戦力が大幅に増加できる各種支援は、大変に有り難かった。
「我らに、オリオン星腕中の人たちの想いが形となって託された。これに報いるためには、≪ヘヴン・ハイロゥ≫の破壊を実現するしかありません!」
『天神公団』は高らかに宣言し、オリオン星腕中の惑星や衛星から集めた人達を、支援で送られた艦隊に乗せて進発した。
送られてきた支援は厚く、全ての物が充足していて、SU政府と宇宙軍と戦おうとしている人たちの気持ちを否応なく上げてくれる。
「人を人とも思わない政府に、怒りの鉄槌を!」
「一部の者だけを優遇する政府に、目にものを見るぞ!」
「人を騙して死地に送り出した奴らに、相応の報いを!」
たっぷりとある人工食料で腹を満たし、急造飲用アルコールで気分を上げ、政府憎しと合唱を上げる。
『天神公団』にある全ての艦で同じ光景が繰り広げられ、そして段々と人々の意識が1つに纏まっていく。
その意識の纏まり方は、各艦に乗った『天神公団』の指導者たちの手腕によって行われている。
過去の遺物と化しているとはいえ、流石は地球で覇を唱えていた宗教組織。人々の心を操る術に関しては、宇宙時代でも陰りはないようだ。
そうした『天神公団』の手腕もあり、方々から寄せ集められた人の集団だったものが、時間を経るに従って『天神公団』の旗の下で集った勇士へと変わっていく。そして≪ヘヴン・ハイロゥ≫がある宙域へと入るころには、すっかり『天神公団』の尖兵としての意識で支配されてしまっていた。
集まった『天神公団』の艦船の数は、SU宇宙軍の予想を越えていた。
しかしながら、過剰戦力気味に艦艇を招集していたこともあり、十二分に対応可能な艦隊を保持できていた。
そのうえで、必勝の策を『天神公団』の艦船の中に潜り込ませることに成功もしていた。
「戦闘の素人が。戦闘とは、実際に砲火を交える前に始まっているのだよ」
≪ヘヴン・ハイロゥ≫の防衛の総指揮権を持つSU宇宙軍の元帥が、そう嘯く。
彼の手元にある空間投影型のモニターには、『天神公団』がどのように動くのかの情報が、リアルタイムで更新されている。
「ふんっ。戦闘においても素人だな。数に任せて押し寄せればどうにかなると考えているとはな」
元帥が呟きを漏らすと、その声が戦争の引き金になったかのように、『天神公団』艦隊が突撃してきた。
「冷静に対処せよ。所詮、烏合の衆よ!」
元帥の命令が発せられ、SU宇宙軍から荷電重粒子砲が発射された。
『天神公団』も撃ち返しつつも、しかし目標は≪ヘヴン・ハイロゥ≫だと言わんばかりに、全艦突撃を敢行している。
その遮二無二の突撃に、元帥の顔が少しだけ曇る。
「我らを突破できれば良いとばかりの突撃など、品性に欠ける」
批判を口にしているものの、その内心は『天神公団』の目論見に危機感を抱いていた。
元帥の使命は≪ヘヴン・ハイロゥ≫の絶対堅守だ。
その観点から考えると、『天神公団』の全力突撃は具合が悪い。
大量の艦船が突撃してくる場合、どうしても撃ち漏らしというものが出てきてしまう。
これが単なる戦いならば、多少の撃ち漏らしがあったところで、後に撃沈させてしまえば良いだけのこと。
しかし堅守に求められているものは、敵を1艦たりとも≪ヘヴン・ハイロゥ≫に近づけさせないことだ。
この『1艦たりと』と言う部分が、元帥の指揮に重しとなっていた。
「精密射と乱射で艦の役割を分ける。強力な砲を持つ艦は精密射、それ以外は乱射だ」
元帥の新たな命令を、SU宇宙軍の艦隊は直ぐに実行に移す。
重巡艦と戦艦級の艦艇は、近寄ってくる『天神公団』の艦船を、艦砲狙撃で確実に落としていく。
しかし確りと狙わなければならないため、どうしても砲撃頻度は落ちてしまう。
砲撃の頻度の低下は、敵の恐怖心を薄れさせることに繋がる。そして恐怖心なき相手は、実力以上の働きをすることもあり得る。
そんな事態を避けるために、巡宙艦以下の艦艇が大雑把な狙いで乱射して、砲撃の全体数の底上げを行う。
狙いが拙い砲撃とはいえ、そこは軍艦の砲による攻撃だ。当たりさえすれば、敵艦を撃破することも可能である。
狙撃による精密射と、乱射によるまぐれ当たり。
その2本柱で、SU宇宙軍は『天神公団』の艦隊に被害を与え続ける。
多数の『天神公団』の艦船が、砲撃によって宇宙の藻屑と成り果てる。
しかし、じりじりと、『天神公団』の先頭の位置がSU宇宙軍へと近づいてくる。
その先頭を叩きに叩いても、後続が前へと進出してくる。
「まるで自殺者の群れを相手にしている気分だ」
元帥が苦々しく呟くと、新たな報告がやってくる。
「敵の砲撃が、味方に当たり始めました。現在の損害は軽微ですが、このままいきますと無視できない被害が出る恐れも」
「戦闘方針は継続だ。乱射砲撃の頻度を上げるのだ。敵が撃ってくる前に撃破すれば、被害は出ない!」
無茶苦茶な論法だとは、元帥自身が理解していた。
しかし、それ以外に命を顧みずに突撃してくる連中に対処する方法がないのも確かだった。
そこに、新たな報告がやってくる。
「敵に新たな動き! 跳躍反応です!」
「跳躍で距離を稼ぎにきたか。だがそれは悪手だぞ!」
空間跳躍で接近しての砲撃は、海賊が良く行う手段である。
しかし、その真骨頂は不意打ちにある。
唐突に近くに現れることで獲物の動揺を誘い、相手が対応に手間取っている間に先制攻撃を叩き込むことこそが肝要。
『天神公団』がやろうとしているような、存在を察知されている状態での跳躍接近は、むしろ大変危険な行為である。
なぜならば――
「レーダー手。空間の揺らぎを見逃すな! 砲手は連中が出てきた瞬間を叩け!」
――元帥が命じたように、確りと備えていれば敵が跳躍してくることが分かってしまうからだ。
現状艦船が行う空間跳躍は、3次元と4次元の境に潜って航行する仕組みだ。その境から3次元に戻る際には、浮上してきた潜水艦が海面を巨体で持ち上げてしまうように、光学的観測可能なほどの空間の歪が生まれる。
その予兆は跳躍出現する直前で対応する猶予は少ないが、その猶予の内に対処できるように軍人は訓練を積んであるものだ。
「敵、跳躍してきます!」
「その場所に撃ち込め!」
元帥の命令に、艦隊のいくつかの艦から砲撃が飛んだ。
一見なにもない場所へと砲撃は飛んでいくが、通常宙域に戻ってきた『天神公団』の艦船にドンピシャで命中した。
跳躍してきた『天神公団』の艦船は、いわば閉め切った部屋の中から外に出た瞬間と同じで、外の様子を事前に把握することが出来ない。そのため、跳躍してきた瞬間に目の前に迫っていた砲撃に対処できず、呆気なく撃沈されてしまう。
「突撃でも跳躍でも、我らを突破することはできないと分かっただろう」
元帥は無駄な真似は止せと言いたげだが、『天神公団』は諦めずに突撃してくる。
「敵の先頭、第二防衛線に到達します!」
「駆逐艦隊に通達! 宇宙魚雷をばら撒け!」
元帥の命令と共に、駆逐艦の艦首から多数の魚雷が発射され、まるで大海を泳ぐ魚の群れのような姿で敵へと突き進む。
1発でも食らえば致命傷の群れが、『天神公団』へと到達。宇宙空間に爆炎の花が咲く。
この一撃で『天神公団』の大半の艦艇は吹き飛んだ。
「もうそろそろ狂乱も覚めていい頃だろうに」
大量の仲間が死んだというのに、『天神公団』の艦艇は1隻も逃げださない。
まるで神のために死ぬことこそが信仰だと言わんばかりの光景に、元帥が頭痛を堪えるような格好になる。
「まったく、これだから宗教組織というのは度し難い」
神の名で人々の認識を歪め、良いように操る。
その人権を冒涜する行いを、元帥は許すことができない。
「ええい、こうなれば全滅させるぞ。軍事的な意味ではなく、文字通りの意味の全滅でだ!」
元帥は配下の者たちに発破をかけ、『天神公団』艦船の撃滅に動く。