124話 一時的な帰路
ドーソンは、≪雀鷹≫と護衛戦艦とエイダが乗る巡宙艦とで、アマト皇和国へと帰投することにした。
その他の艦隊は≪百舌鳥≫のジンク中佐に預けておいた。
『預かった艦隊を勝手に使って、ミイコ大佐の思惑に乗るかもしれないという危惧を抱かないのか?』
ジンク中佐の露悪的な物言いに、ドーソンは手をひらひらとさせる。
「預けたからには口出しする気はない。好きにすると良い」
『参加しても良いと?』
「理があると思うのならな。だが、人工知能たちが従うかな?」
あくまでジンク中佐は、ドーソンから一時的に艦隊の指揮権を預かる形だ。
そしてドーソンの意向は、ミイコ大佐が行おうとしている≪ヘヴン・ハイロゥ≫の破壊には反対だ。
果たして艦隊の大部分を占める人工知能艦は、ジンク中佐が≪ヘヴン・ハイロゥ≫の破壊に参加しようとした場合、どちらの意見を支持するのだろうか。
『従わんだろうな。ドーソン特務中尉の命令が至上だと判断するだろうからな』
「それでも参加する気でいるのなら、人工知能の誰かに指揮権を譲ってから、単艦で行けばいい」
『いや、必要ない。いままでのは、単なる確認だからな』
「それならいい。海賊仕事の方は自由にやってくれていいからな。居住衛星を襲って私服を肥やしておくのでも構わないぞ」
『既に大金が入って来ていて、部下が身を持ち崩さないか心配になっているのだが』
「浪費で身の破滅を迎えようと、それは個人の問題だろ。私生活まで艦長が気に病む必要はないはずだ」
『艦長とは、乗員たちの親代わりだ。間違った道に進もうとしているのなら、言って止めねばならない』
「良い大人に説教をくれてやるのは、一般家庭でもやらないんじゃないか?」
『悪貨は良貨を駆逐するものだからな、目を配る必要がある』
「良貨――マコト少尉のことを買っているのか?」
『ドーソン特務中尉も、目をかけていたのでは?』
「否定はしない。まあ、アイツにも励めと言っておいてくれ」
ドーソンはジンク中佐との通信を切ると、≪チキンボール≫から乗艦を発艦させた。続けて護衛戦艦と巡宙艦が進宙する。
この3艦で、アマト皇和国への道を進み始めた。
アマト皇和国への帰路の中で、ドーソンたちはTRの宙域へと入った。
すると、オイネがTRに流れている報道を紹介してきた。
「こちら側でも『天神公団』の話題で持ちきりのようですよ」
空間投影型のモニターに映し出されたのは、討論番組の一場面だ。
『――ですから、SUの中で反乱の機運が高まっている今がチャンスなのですよ!』
『しかしですね。先の戦争でも、TRの艦隊はSUの艦隊に終始押されっぱなしだったではないですか。つまりは、事を構えるのは時期尚早だということの証明で』
『分かってない! あの≪ヘヴン・ハイロゥ≫があれば、TRが治める宙域のど真ん中にだって、SUは大艦隊を一瞬で送れるんです。この脅威を取り除くには、『天神公団』が作りつつある流れに乗るしかないと!』
『そも『天神公団』などという怪しげな組織に組するのは如何なものか。宗教組織など、この宇宙時代に怪しげに過ぎるのでは?』
喧々諤々な言い合いをする姿を、ドーソンはつまらなく見ている。
「『天神公団』に協力するのなら、それはTRが宗教組織を認めることになる。ここは関わらない一択だろうに」
その感想に、オイネが反論を挟んできた。
「それでもSUに被害を与えられると思えば、一時的にも手を組むのは悪くないんじゃないと思いますよ?」
「一時的にも宗教組織にお墨付きを与えると、後々に厄介なことになるのは、地球時代の歴史を学べば自明の理だぞ」
「過去の歴史でそうなっているからと、宇宙時代に適応されるものではないはずです」
「人間の思考が宇宙時代に見合ったものに変化してればいいな」
ドーソンの口振りは、明らかに人間は地球に住んでいた時代から代わっていないと言っていた。
オイネは人工知能であるため、人間が地球から宇宙に移り住んで幾星霜経っているのに成長がないという意見が、信じられなかった。
そこでドーソン以外の人間に意見を聞いてみようと思った。
「ヒトカネとキワカは、どう思います?」
「そうさな。信心を持つこと事態は悪いことではないし、信心のよりどころとしての宗教も悪ではない。しかし宗教組織が権力を持つと、その信心を歪められてしまう恐れがあるからな」
「宇宙で暮らすようになって、未だに神を信じているなんて馬鹿げてますよ。運の良し悪しが神の技だと言う人もいますけど、それなら尚のこと、祈ったところで意味がないことは分かっているはずでしょう」
宇宙空間は無慈悲の塊だ。少しの宇宙船や救命ポットの不調で、直ぐに中の人たちの生命が危険になる。
航宙の無事を神棚に祈ったところで、破れた船体が直るわけでも、流れ出ていく空気が止まるわけでもない。
そんな理不尽な死が身近にある世界で暮らすようになり、人々は神の存在を否定的に見るようになった。
正確に言えば、神の御業と思えるような運命の偏り――切望的な状況からの生還など――が存在することは承知している。しかし祈りを捧げたところで、その運命の偏りが自分の身に来るとは考えることができなくなっていた。
『もしも神が居て、救いの手を伸ばすことが出来たとしても、伸ばす先は完全にランダムだ。だからこそ祈る時間は無駄でしかない』
これが、この宇宙時代に住む人間の神に対する認識だ。
そういった認識があるからこそ、神を御旗に同士を集めようとしている宗教組織は、時流を読み違えている時代遅れな存在でしかない。
そんな時代錯誤の組織に権利や権力を渡したら、見当違いのことをやらかすことは予想するまでもない。
少なくとも、真っ当な価値観をもつ現代人なら、そう考える。
そういった現代価値観をキワカから教わり、オイネはようやく納得した。
「アップデートされていない古い機械のようなものなんですね。そういうことなら、有用なリソースは別に回して然るべきです」
変な風に納得しているようだったが、ドーソンはオイネが理解したのならそれで良いと放置することにした。
「ともあれ、俺たちがアマト皇和国から帰ってくる頃には、オリオン星腕の状況が落ち着くか更に混乱するかしておいてくれると助かるな」
「真反対なことを同時に望んでいるのはなぜです?」
「状況が落ち着いたのなら、俺が混乱を起こせる。混乱が深まっているようなら、俺が暗躍することができる隙があるからだ」
またぞろSUにとって迷惑なことを仕出かすという、ドーソンの宣言。
≪雀鷹≫のブリッジにいる面々は、再びドーソンが企みを始めたと、半ばあきらめの境地になっていた。