123話 天神公団と≪ヘヴン・ハイロゥ≫
ドーソンが通信を繋ぐと、≪チキンボール≫の支配人室の光景が空間投影型のモニターに映し出された。
少し引いた映像には、支配人であるゴウドとその腹心のアイフォ、そしてタイロ男爵とミイコ大佐の姿があった。
居並んだ姿を見て、ドーソンは通信の用件に想像がついた。
『ドーソン特務中尉。実はだな……』
「『天神公団』の呼びかけに参加するつもりはないぞ」
ドーソンが発言に割り込む形で告げると、ゴウドは目を丸くして驚いている。
『何故それを――いや、話が速くて助かる。だが、第一声が不参加表明とはな』
ゴウドが苦悶の表情になると、横からタイロ男爵が口を刺し挟んできた。
『相手は特務とはいえ中尉だ。強制参加の命令を下せばよいだろうに』
声が耳に入ってしまったからには、ドーソンは言い返さなくてはならなくなった。
「残念だが、俺とそちらとでは命令系統が違う。上位階級者だからといって、軽々しく命令できるとは思わないでもらおうか」
『なんだと!?』
「事実だろ。俺は後方作戦室所属であり、そして≪雀鷹≫の艦長であり、≪雀鷹≫を旗艦とする艦隊の司令官だ。翻って、そちらの役職は?」
ドーソンが問いかけると、タイロ男爵は悔しそうな顔で口を噤んでしまう。
「言葉にできないのなら、俺から言ってやろう。タイロ少佐は重巡艦≪てんぱらす≫艦長。ミイコ大佐は重巡艦≪あふぇくと≫の艦長。ゴウド准将は≪チキンボール≫の支配人。そして所属は、後方作戦室とは別の部署だ。これらの役職と部署のどこに、俺に対して命令できる権限があるのか、教えて欲しいぐらいだ」
ドーソンが嘲りを含んだ声で言うと、タイロ男爵の顔色が怒りで赤に変わる。
『貴様! 所詮は中尉の、しかも孤児の分際で、貴族を侮辱するか!』
「アマト皇和国の国是は、有能な者が上の立場になること。孤児であろうと、貴族よりも能力が高ければ、上の立場になることは道理だろ?」
『それが貴様だと言いたいのか!』
「いまのは単なる確認だ。生まれた家をひけらかして威張る馬鹿に、ちゃんと常識が身についているかのな」
『き、貴様! 言うに事欠いて!』
タイロ男爵は激昂しすぎて、大酒を飲んだ後のような顔色になっている。
その様子に、ドーソンが冷笑を返す。
2人が険悪な状態になっていると、ミイコ大佐が割って入ってきた。
『同じ国に奉仕する軍属が、仲間同士で争ってどうするのです。感情的になるのは、お止めなさい』
『ですが!』
『タイロ男爵。聞き分けなさい』
2度の忠告で、タイロ男爵は大人しくなり顔色も元に戻った。
しかしドーソンにしてみれば、ミイコ大佐の言葉を聞く必要はなかった。
「言っておくが、階級を出して命令しても、俺には拒否できる権限があるからな」
『分かっています。命令系統が違う階級上位者からの命令について、命令を受ける側が受領するか拒否するかを選ぶ権利がありますから』
「分かっているのならいい。そして俺はもう表明したぞ。『天神公団』には協力しないとな」
ドーソンが頑なに拒否の態度を貫くと、ミイコ大佐は困り顔になる。
『空間跳躍環――≪ヘヴン・ハイロゥ≫を打ち壊すには絶好の機会だと思うのだけど、それでもかしら?』
この絶好の流れを産んだのが、ドーソンの手腕だと気づいているのかいないのか。
ドーソンは呆れ顔を作ってから、ミイコ大佐に反論する。
「確かに絶好かもしれないが、SUの人間が壊してくれるって言っているんだ、わざわざ手を出すこともない。≪ヘヴン・ハイロゥ≫が壊されるにせよ、壊されなかったにせよ、その後の方が、アマト皇和国にとって重要だろ」
『どういうことかしら?』
「≪ヘヴン・ハイロゥ≫は装置だ。壊れたら直せるし、なんなら別の物を建造することだってできる。その運用自体を阻まなければ、SUの棄民がアマト星腕にやってくることを止めることが出来ないのは自明だろ」
『後の交渉のために、『天神公団』とは手を組みたくないと?』
「『天神公団』は名前の通り、宗教組織だ。手を組めば、その連中と同じ存在だと誤解されかねない」
『宗教が政治に口を挟んではならないというのは、地球時代からの教訓。SUの中でも、その認識が通用すると考えると、確かに問題ね』
「棄民をオリオン星腕に送り出すのは、政治的な判断だ。宗教の仲間だからと、交渉のテーブルにすら付けなくなっては意味がない」
ドーソンの理論立てた説明に、ミイコ大佐は一定の理解を示した。
しかし≪ヘヴン・ハイロゥ≫の破壊には、未だに魅力を感じているらしい。
『では『天神公団』とは関わらず、別口として≪ヘヴン・ハイロゥ≫の破壊に参加するのはどうかしら?』
「……手持ちの戦力だけでやればいい。生憎だが、そっちに手柄を献上する気はない」
ドーソンが断定口調で拒否すると、ミイコ大佐に微笑まれた。
『そこまで見抜いているのなら、手助けしてくれてもよくなくて?』
「そちらには准将から少佐まで並んでいるのに、中尉の手を借りたいと?」
自分より上位階級者ばかりなら、自分よりも実力が上であるべきだ。そうドーソンの言葉は、言外に告げていた。
ゴウドとタイロ男爵は言外の意味に気づかない様子だったが、ミイコ大佐には伝わっていた。
『大佐とは言っても、いち重巡艦の艦長でしかないわ。それは先ほど、ドーソン特務中尉も口にしていたことよ』
「それでも大佐であれば、やりようはいくらでもあるはずだ」
『その『やりよう』の1つが、ドーソン特務中尉に声をかけることだったのだけど?』
「そういうことなら、見込み違いだな。俺は自分の力で功績を打ち立てることが出来る。1隻の海賊船と共にオリオン星腕に渡り、そして≪チキンボール≫という橋頭保の確保までやったぐらいにはな」
なぜ自分の力だけで実現できることを、功績の分け前を払うという丸損までして、ミイコ大佐たちの手助けをしなければならないのか。
ドーソンの実績に裏打ちされた反論に、ミイコ大佐の困り顔が深くなる。
『どうしても、駄目かしら?』
「助力を乞うのなら、それ相応の対価は必要だ」
『対価ね。あまり渡せるものはないし、貴方が欲しがりそうなものにも心当たりがないのだけれど?』
ミイコ大佐が言ったように、ドーソン自身にも欲しいものはない。
そして欲しくもないものを、対価とすることはできない。
つまるところ、どんな取り引きにも、ドーソンは応じる気はないということ。
「残念だったな。こちらはこちらで、やるべきことがある。そちらはそちらで、勝手に功績を立てろ」
突き放すように言って、ドーソンは自分の立ち位置――ミイコ大佐に協力しないことを確立させた。
ミイコ大佐は諦め顔で、タイロ男爵は顔色に怒りが戻ってきつつあり、ゴウドは話についていけていないのかオロオロとしている。
ドーソンにしてみれば、このまま通信を切ってもよかった。
しかし今後のことを考えて、根深い不和を生じさせないように、助言だけはすることにした。
「俺と俺の艦隊を貸すことはない。だが民間軍事会社『コースター』に戦力を頼ることはできるだろ。『コースター』の出資元の企業に、傭兵用に建造している軍艦級を横流ししてもらうことも可能かもしれない。≪チキンボール≫支配人のゴウドなら、企業と話をつけやすいはずだしな」
ドーソンの助け舟は思いもよらなかったのか、ミイコ大佐は驚いた眼をして、急に話題に出されたゴウドは目を白黒させている。
『この私が、企業と交渉するというのかね!?』
「艦艇の数が欲しければな。要らないのなら、やらなくていいんじゃないか?」
ゴウドは交渉しなくても良いのかと期待する顔になるが、ミイコ大佐に『交渉をよろしく』とばかりに微笑まれて、落胆した表情に変わる。
『企業は手を貸してくれると思うかね?』
「相手は営利企業だ。タダではダメだろう。見返りを用意しないとな」
『支配人として動かせるクレジットは、あまり多くはないのだがね』
「なにもクレジットの必要はない。対価に見合うのなら、鉱物や人材や情報だっていい」
『海賊に『コースター』への就職を斡旋するとか、有用そうな傭兵の情報を流すとかかね?』
「さあ? どんなものを対価にするかは、そちらで決めれば良い事だ。俺には関係ない」
助言は終わりだと身振りすると、ゴウドは落ち込んだ様子になったが、ミイコ大佐は喜色を顔に浮かべていた。
『ヒントをありがとうございました。言われたことを参考にしてみますね。でも、何時でも援助は受け付けていますから』
「俺は絶対に手伝わないからな」
ドーソンは話は終わりだと、通信を切断した。その後で艦長席に背を預けると、思案顔になる。
「さて、≪ヘヴン・ハイロゥ≫については、『天神公団』とミイコ大佐たちに任せればよくなった。なら俺は何をしようか」
言葉を口にすることで思考する点を明確にしてから、ドーソンは考え込む。
そして下した結論は、一時的にアマト皇和国へ戻ること。
「バリア艦の装置の実物を持って行けば、役に立つかもしれないしな」
拿捕したバリア艦は未だに≪チキンボール≫の港に置いてあり、そして護衛戦艦にバリア機能を搭載する目処は立っていない。
港の占有を解き、護衛戦艦の更新には、その両方の艦をアマト皇和国へ持って行くのが最善だと、ドーソンは考えたわけだった。