122話 小さな流れは大きく
ドーソンが行ったことは、情報ネットのアンダーグランドに≪ヘヴン・ハイロゥ≫の概略図を渡しただけ。
そしてアンダーグランドの住民は、その概略図を元に≪ヘヴン・ハイロゥ≫の攻略法を生み出した後で、護衛艦隊が居るから実現不可能と判断しただけ。
それらの事は、オリオン星腕全体から見れば、瞬く間に消え去りそうな取るに足りない出来事でしかない。
しかし何事も、ただ存在するだけで影響する力を持つ。
そして小さな影響は、大きな影響を呼び込む呼び水となり得る。
地球居住時代に、蝶の羽ばたきが巡って大嵐を引き起こすと言われていたように。
「とはいえ、これは出来過ぎだな」
それは、ドーソンがネットに情報を流して10日後のことだった。
ドーソンが見る先には、空間投影型のモニター。映っているのは、SU政府に不満を持つ過激派とされるグループが声明を行っている場面だ。
『我々『天神公団』は、≪ヘヴン・ハイロゥ≫の存在があるからこそ、政府は棄民という愚かな真似をするのだと結論付けた。そして≪ヘヴン・ハイロゥ≫を壊さねばならないと確信している――』
地球時代の宗教組織をベースに設立されたという、この抵抗組織。
いまの宇宙時代に、多くの人々の信仰が失われていることを危惧して、信仰心の復活を掲げて活動している。
そんな組織が、なぜ≪ヘヴン・ハイロゥ≫の破壊を声高に叫んでいるのか。
それは単純な俗な欲からきている。
「SU政府は個人の宗教の自由は認めているが、宗教組織に便宜を一切かけてないらしいな」
「便宜どころか、宗教組織が巨大になりそうと見たら、強制捜査で悪事の証拠を見つけて取りつぶすことを繰り返してきたようですよ」
『天神公団』も政府に潰された宗教組織の生き残りだと、情報ネットでは言われている。
「悪事の証拠には、捏造されたものもあったんだろうな。少なくとも『天神公団』の連中は、そう思ってそうだ」
「かもしれませんが、人間って権力や権威を握ると、途端に悪事に走る傾向がありますしね。生き残りがテロに走っているのを見ると、案外証拠は真っ当だったかもしれませんよ?」
オイネの鋭い指摘に、ドーソンもあり得ると思ってしまった。
そんな2人が会話している間も、『天神公団』の演説は続いていた。
『――政府は棄民政策の取りやめを検討しているという。しかし、このまま≪ヘヴン・ハイロゥ≫を放置しては、再び棄民が始まる可能性が残ってしまう。そんな未来を来させないためにも、我々の意見に賛同する者は立ち上がって欲しい。そして賛同してくれる者は、我々の宗教シンボルを探し、そしてコンタクトを取ってきてくれ。待っている』
最後に『天神公団』のマークである、四角い箱の上に天輪が浮いている画像が映されて、映像は終了した。
「威勢の良い事は言っていたが、具体的な案は一切なし。この演説について、オイネはどう思う?」
「そうですねえ。一番可能性が高いのは、新しい信者の獲得のためじゃないかなと思うんです」
「≪ヘヴン・ハイロゥ≫の破壊を話題にはしたが、本質は勧誘だと思ったわけか」
「『天神公団』は過激な宗教組織だと名が通ってますが、≪ヘヴン・ハイロゥ≫とそれを守る艦隊を突破できるような武力の持ち合わせはないとされてます。なら、政府に不満を持つ人たちを信者として取り込んで、組織を大きくすることが実現可能なラインです」
所謂、やるやる詐欺だ。
実現不可能なお題目を掲げ、題目を達成したいから力を貸せと募る。そして、まだ足りないと人員と金品を募りに募るだけやっておいて、いっこうに行わない。そして集めた人と金を別の目的に使ってしまう。
『天神公団』もこの詐欺を行っているのではないかと、オイネは思考した。
しかしドーソンは、違う意見を持っていた。
「いや。『天神公団』は本気で≪ヘヴン・ハイロゥ≫を壊す気でいると思うぞ。詐欺を働くコツは、多くの人に知られないという点に尽きると聞いたことがある。多くの耳目に晒されると、耳や目ざとい者に感づかれて企みがバレる恐れがでてくるからな」
「こうやって宇宙規模の情報ネットに映像を流すことは、その詐欺のコツに反している、というわけですね」
「その点を考慮に入れながら映像を見るとだ、『天神公団』が何を求めて映像を流したのかの予想が付く」
「求めるものですか?」
「さっきオイネが言っていただろ。『天神公団』には武力がないってな。その武力を集めようとしているんだ」
「……この映像一つでですか?」
オイネは半信半疑の様子だ。
しかしドーソンは合っていると、確信を持っていた。
「『天神公団』のように、政府に不満を持つ存在は多い。そんな存在が集まって大きな勢力になっていないのは、政府に目を付けられないためと、主義主張の違いからだ。なら代表者の下で、短期的かつ一つの目標のためなら、集まるとは思えないか?」
「今回の場合で言うのなら、政府の目が向くのは『天神公団』だけですし、≪ヘヴン・ハイロゥ≫を壊すまで主義主張を棚上げしておくというわけですね。そういうことなら、あり得ると思います」
オイネの同意が取れた後で、ドーソンは何かに気付いた様子の後に頭痛を堪えるような表情になる。
「ふと嫌な予感がした。≪チキンボール≫と企業が、この≪ヘヴン・ハイロゥ≫の破壊の話に乗るんじゃないかってな」
「それは――あり得ますね」
オイネも可能性に思い当たったようで、困り顔になっている。
「≪チキンボール≫がというよりも、アマト皇和国から来た貴族派の人たちがですよね」
「連中、オリオン星腕に来てから、1つも成果を出せてないからな。ジンク中佐は先のSU宇宙軍との戦いで手柄をあげたが、それを他の2人と分けてしまったら、無いも同然になってしまうしな」
「そこで≪ヘヴン・ハイロゥ≫という、アマト星腕に乗り込んでくる機器を破壊してみる。実現できたら、手柄は十二分ですね」
「企業にしても、≪ヘヴン・ハイロゥ≫は狙い目だ。通常の長距離跳躍は目的の場所に着くまで時間がかかるが、空間歪曲型の跳躍環は一瞬で目的地に着ける。輸送業や交易にはとても有用だからな」
「≪ヘヴン・ハイロゥ≫の破壊にかこつけて、その構造や実働データを収集し、独自で新たな空間跳躍環を作り上げようってことですね」
この会話は、単なる予想に過ぎない。
しかし十分にあり得る未来ではないかという予感が、2人にはある。
「本当にそうなった場合、ドーソンはどうするのですか?」
「『天神公団』なんて怪しい宗教の下に入る気はない。そんなことをするぐらいなら、俺が≪ヘヴン・ハイロゥ≫を壊す主導をする」
「じゃあ、参加はしないわけですね?」
「参加はしないが、何かに利用することはするかもしれない。でもまあ、実際にそうなった場合のことだからな」
ドーソンが予防線を張った直後、停留中の≪雀鷹≫のブリッジに、≪チキンボール≫の支配人室からの通信がやってきた。