11話 共同作業
ドーソンは、海賊船≪ゴールドラッシュ≫と組んでの海賊稼業を始める。
≪ゴールドラッシュ≫の船体は、ドーソンの指示により、多少の改造が行われることとなった。
貨物室の最後尾を潰して、出力が大きめの推進装置への入れ替えと、エネルギー充填装置の追加を行った。コクーンの回収作業に使うために、二本のアームも稼働速度を上げて機敏に。折れたドリル本体は邪魔なので取り外し、ドリルの稼働装置は大して売値がつかなかったため残した。
そうして出来上がった≪ゴールドラッシュ≫は、以前の見た目と比べると、触覚が減って尻尾の尾扇が大きくなった手長エビになった。
もっとも、外装がボコボコなのはそのままなので、≪ゴールドラッシュ≫側から「外装の修理の代金も」と願われたが、ドーソンは「仕事に関係しないから金は貸さない」と明言して退けていた。
ともあれ、初めての二船一組での海賊行為なわけだが、あまり幸先の良い出発とはならなかった。
運が悪い事に、この日から星腕宙道では、SUの艦船の見回りが多くなったのだ。
これはドーソンが連日に渡って暴れ回った所為で、SUの軍部が巡回を増やす決定をしたためであり、いわば因果応報だった。
それでもドーソンは目をつけていた狩場を三箇所移動したが、どこもSU艦船の濃い巡回があって、海賊行為をすることは難しかった。
「ああして艦船を多く動かしているってことは、俺の行動がSUに経済的打撃を与えているって証拠だ。任務の事だけ考えるのなら、一定の成果を上げていると喜ぶところなんだろうが」
『≪ゴールドラッシュ≫の装備を買って、口座がほぼカラです。稼がないと、ご飯が食べられなくなっちゃいますもんね』
「それもそうだが、より大きな騒動を起こすためには、多くの海賊を動かす必要がある。多くの海賊に協力を獲りつけるには、もっと大きな成果が必要だ」
『じゃあ、どうするんです?』
「また狩場を変える。今度は、ここら辺からちょっと遠くにだ」
ドーソンは≪ゴールドラッシュ≫に連絡を取ると、空間跳躍でまた別の宙域へと向かった。
少し離れた宙域に移動し、すぐに最大望遠で周囲の様子を確認すると、ここのSU艦船の巡回頻度は今までと同じだと判明した。
「よしっ。ここでなら稼げそうだ」
ドーソンは待機場所まで移動すると、獲物が来るのを待った。≪ゴールドラッシュ≫も近くで停泊し、動きを止めた。
さてこの2船は、星腕宙道の脇に駐留しているわけだが、周囲に隕石などの隠れるものがないため、宇宙空間に姿を晒し続けているわけでもある。
姿を見せ続け、迷彩で船体を塗っているわけでもないのに、これで待ち伏せができているのだろうか。
しかし、これでちゃんと待ち伏せできる程度に隠れられていることは、≪大顎≫号は何度も獲物を手に入れているという実績で証明済みだ。
船が宇宙空間で姿を見せているのに、隠れてもいる。これは矛盾かつ不思議に映ることだろう。
しかし宇宙船の仕組みを知っているのなら、実は大したカラクリがあるわけではないと、すぐにわかる。
宇宙船には『感知範囲』と『認知範囲』というものが存在する。
船にあるレーダー装置が届く範囲や、光学的に分析できる範囲。これが船の『感知できる限界』となる。この感知できる範囲は、かなり広い。それこそ、何もない宇宙空間で隠れるなんて真似ができるとは思えないほどに。
しかし、この『感知限界』は、今は問題ではない。ドーソンが利用しているのは、『認知限界』なのだから。
認知限界とは、船のコンピューターが感知した物体を詳しく何か判別できる限界のことを指す。
この感知と認知の違いを、地上にて遠くの景色を眺め、遠くにある山を見たときで例に示そう。
山を見て、その山肌に石や植物があると遠目からでもなんとなくわかるだろう。これが感知である。
そして遠くから見た限りでは、その山の規模や山にある石や植物の種類が何かまでは分からない。詳しく判明するには近づいてみて、はっきりと石と植物の姿形を見極める必要がある。これが認知である。
宇宙空間の話に戻すと、遠くに何かがあると感知しても、それが何かを認知できなければ、脅威か脅威ではないか分からない。そしてその判断がつかない場合、宇宙船の装置は判断を保留し、搭乗者に存在を伝えない。
どうしてそんな判断になるかというと、宇宙空間では色々なものが感知に引っかかってしまうからだ。
チリのように細かな隕石の通過、遠くで起こった星の爆発の衝撃波、重力偏差による光の偏向、空間跳躍による空間の揺らぎ、などなど。感知しようと思えばできるものが、何もないように見える宇宙でも山ほどある。
その一つ一つに警告をだしていては、それこそキリがない。
そこで、確りと何かを判別できる範囲内の確固とした物体にだけ、レーダー装置や光学分析機は検出結果を報告するよう制限がかけられた。その制限をかけた範囲でなら、確実に物体や現象がなにかわかるし、その範囲内の事だけ気を付ければ十二分に船の安全は守れるという判断で。
まあ長々と書いておいてなんだが、要約すると――星腕宙道を通る船のコンピューターが『遠くに何かあるみたいだけど、よくわかんないから報告しなくていっか』と判断する場所に、ドーソンたちは船を留めているわけである。
ちなみに≪大顎≫号の場合は、長距離砲撃用の特殊な装置を積んでいるため、かなり遠くの船の種類や動向を見極めて認知することができるわけである。
こうした認知の差があるため、≪大顎≫号は待ち伏せの果てに砲撃が出来るし、貨物輸送船は何もない場所から砲撃されたように感じて怯えるという図式が出来上がるわけである。
待ち伏せた甲斐もあり、≪大顎≫号は獲物の鼻先へ向けて砲撃し、要求を通信として送った。
その後、すぐに貨物輸送船から要求を飲む報せと、コクーンが10個放出されたことが確認できた。
ドーソンはコクーンの放出を見て、≪ゴールドラッシュ≫に通信を入れる。
「ここからは時間との勝負――猶予は五分。≪大顎≫号が二つ。そっちが八つ回収だ。キビキビ作業しろよ!」
『分かっている。獲物へ向けて、ジャンプだ!』
≪大顎≫号と≪ゴールドラッシュ≫が揃って、短距離空間跳躍。
直後、コクーンが十個漂う場所へと出現する。
「オイネ。アンカーだ! 二つさっさと取ったら、あっちの作業を手伝うぞ」
『はいはーい。アンカー射出します――コクーン二つキャッチ! 引き寄せて船体に固定しまーす!』
キュルキュルとアンカーの縄が巻かれる音の後で、船体にコクーンが接続する音がガガコンと鳴った。
「≪ゴールドラッシュ≫の作業の様子は?」
『腹に三つ抱えたまでは良かったんですが、船体内の貨物室に押し込むのに手間取ってますね。作業予定が超過してます』
「チッ。もっと訓練を積ませるべきだったか――って反省している暇はない。オイネ、打開策はあるか?」
『≪大顎≫号を≪ゴールドラッシュ≫に近づけてくれれば、あちらの船の機械をハッキングして動かすことが可能になりますが、やりますか?』
「作業停滞で、みすみすコクーンを放置するのも業腹だ。オイネ、やってくれ」
『はいはーい。じゃあ、やっちゃいまーす!』
≪大顎≫号の船体が≪ゴールドラッシュ≫に近づくと、もたついていた二本のロボットアームが一瞬止まり、直後にもの凄く正確な動きでコクーンを船体の貨物室に押し込んでいく。
『ひとーつ、ふたーつ、みっつー、よっつー、いつつー。はい、作業終了。ついでに跳躍装置も起動しちゃいますねー』
オイネが≪ゴールドラッシュ≫をプログラム的に操っていると、その≪ゴールドラッシュ≫から悲鳴に似た声で通信が来た。
『お、おい、≪大顎≫の船長! なんか船が勝手に動いてやがるんだが! なにが起こってるんだ!?』
「あー。お前らの作業が遅いから、こっちで勝手に動かした。全てのコクーンが回収できたんだ、気にするな」
『コクーンの事はありがたいが、でもな――』
言葉の途中で通信が切れた。≪ゴールドラッシュ≫が空間跳躍したためだ。
「さて、こっちも跳躍するぞ。≪ゴールドラッシュ≫が跳んだ地点まで移動してから、跳躍する。ハマノオンナがある宙域とは見当違いの方向へな」
『コクーンを8つ搭載した≪ゴールドラッシュ≫だと、コクーンの中身次第では、跳躍検知機で行き先がバレてしまうかもしれませんからね。同じ地点で別方向へと跳躍すれば、検知器は見当違いの方向を示すはずですから、いい方法ですね』
「……そんな説明口調で言われなくても、検知器の仕組みは知っているが?」
『いやですね、ドーソン。なにか意味深な行動をする際は、どうしてその行動をするかの説明台詞を入れるのが、定番中の定番なのですよ』
「なんの定番だ」
『地球時代のスペースファンタジーの作品群の定番です』
ドーソンは、なんだそりゃと肩をすくめながら、≪大顎≫号を空間跳躍させた。
≪大顎≫号が消えてから一分後、空間跳躍でSUの駆逐艦が宙域にやってきた。急いで検知器を作動させて、海賊が跳躍した先を調べようとしたが、検知器が吐き出したのは『エラー』の文字だけだった。