121話 情報工作
ゴウドたちアマト皇和国貴族組が、SU政府と交渉する準備をしている。
その交渉がまとまるまで、ドーソンは海賊仕事をいったん休止することにした。
しかし、この間に何もしないというわけではなかった。
「要は、俺たちと関係のない――海賊ではない人たちを動かすのなら、交渉には響かないわけだしな」
ドーソンは企んだ顔をして、オイネとベーラに協力を仰いだ。
「手伝うこと自体は構いませんけれど」
「なにをするの~?」
「俺の任務達成のために、ちょっとSUの人たちを煽ろうと思ってな」
ドーソンが直後にオイネ達に告げたのは、思いもよらない計画だった。
「SUにいる貧民や低所得層に向けて、空間跳躍環が棄民政策の根源だと噂レベルで周知させるんだ」
「諸悪の根源が、SUの空間歪曲型巨大跳躍装置≪ヘヴン・ハイロゥ≫にあると伝えるだけですか?」
「現状でも、だいぶの人が知っていると思うけど~?」
オイネとベーラの疑問に、ドーソンはさらにひと手間加えるのだと告げる。
「いまは『単に知っている』だけだ。諸悪の根源だと強く印象付け、そして彼ら彼女らの手で壊させるんだ」
「暴動で空間跳躍環を壊させるわけですか」
「でも、ちょーっと大きすぎると思うけど~?」
空間跳躍環≪茅乃輪≫及び≪ヘヴン・ハイロゥ≫は、大艦隊を一瞬で別地点へと移動させる巨大装置。
その大きさは、天体衛星の規模である。
そんな巨大装置を壊すには、単なる人々の暴動では難しいことは想像できる。
ドーソンもその点は承知しているが、やれないことはないとも思っていた。
「戦いは数だ。そしてSUに住む人たちの数は、それこそ数兆ではきかないほどある。その内の1パーセントが暴動を起こしたら、それだけで数億人という人手が手に入る。この人手を利用すれば、やってやれないことはないと思わないか?」
「数億を空間跳躍環を壊すことに動員できれば、確かに可能ではありますね」
「でもー、そんなことできる~?」
机上の空論だという反論に、ドーソンは何故かその通りと頷いた。その反応に、オイネとベーラは驚きの目を向ける。
「達成できないと分かっていることを言ったんですか?」
「いままでのは、冗談ってこと~?」
「いいや、冗談ではなく、本当にやる。ただし、成果は期待していない。成功したら儲けものぐらいの感じだな」
ドーソンの思惑が分からず、オイネとベーラは揃って首を傾げている。
「そう不思議がることでもないだろ。俺たちがやることは、噂と暴動が≪ヘヴン・ハイロゥ≫を襲えるような計画をばら撒くこと。多少の手間はかかりはするが、実現した後の見返りはSUの重要施設の破壊だ。ローリスクでハイリターンが期待できるのなら、成功確率が低くてもやるべきだろ」
筋道を立てた論理だったが、オイネは1年という付き合いで真意を理解していた。
「……ドーソンの言いたいことは分かりました。成功失敗関係なくやってみたい――要は暇つぶしなんですね」
オイネの呆れ声で放った内容に、ベーラも納得した。
「ああ~。なーんにもしてないと暇だもんね~。ネットに情報発進してみて~、炎上させて楽しもうってこと~」
ベーラの納得の仕方に、ドーソンは不服を感じた。しかし大筋では間違っていないため、反論はしなかった。
「実益と暇つぶしを兼ねた、遊びってことでいい。それで、手伝ってくれるのか?」
「ドーソンに求められれば、オイネには否はありませんよ」
「ベーラも楽しそうだから、お手伝いしようかな~」
こうして2人の人工知能を借りて、ドーソンの傍迷惑な暇つぶしが始まった。
ドーソンたちがまずやったのは、オリオン星腕全体に広がる情報ネット、そのアンダーグランドと言える場所へ情報を投下することだった。
投げ入れたのは、軍艦に収容されていた、空間跳躍環≪ヘヴン・ハイロゥ≫の資料。
これは所詮は軍艦に収められていたぐらいの、多少詳しい概略図といった重要性の低いもので、部品一つ一つまでわかるような詳細なものではない。
しかしSU政府が移民政策だと偽っていた棄民政策は、いまホットな話題だ。
その棄民政策において重要な施設であるため、≪ヘヴン・ハイロゥ≫の情報は瞬く間に注目の的になった。
『随分詳しい資料だな。どこからのリークだよ』『不満を持つ軍人か。それとも別星腕から逃げ帰ってきたっていう昔の移民か』『ムラガ・フンサー女史か?』『政府発表じゃ、海賊と共に死んだって』『政府発表を信じるなよ、馬鹿が』
わちゃわちゃと電子上で会話が交わされる中、ドーソンが言葉の爆弾を投下する。
『こういう施設情報を見ると、どう攻略しようかって、つい考えないか?』
雑談に話題を提供するような一言。
これに何人かが賛同する。
『あー、やるやる』『自宅マンションとか勤務先の建物とかな』『つい現実にそぐわない無双にしちゃいがちだよな』『その建物を襲ってくるテロリストを、どうやって倒すかの想像はする』『そんなことする意味があるか?』
ドーソンが投げかけた話題は、『あるある』と『ないない』に分かれて雑談が始まり、その会話は≪ヘヴン・ハイロゥ≫をどう攻略していくかに流れていく。
『巨大な施設だってことはわかるが、どれぐらいだ?』『天体で比較を置いておきますね』『随分と大きいな』『要塞級母艦も跳べるように作ったって噂があったな』『ツーことは、現状ある要塞級の全てより大きいわけか』『それほど大きいと、星一つを制圧するようなもだろ』『無理じゃね?』
不可能という結論へ向かっているので、ドーソンは会話の流れを修正しようとして、その直前で手を止める。
会話に参加していた誰かが、ドーソンの役割を代わってくれたからだ。
『≪ヘヴン・ハイロゥ≫は確かに大きい。でも実体は、外周にある輪っかの部分だけだ。切り分けて並べれば、要塞級未満の大きさだ』
文字の投稿と共に、8分の1ずつ切り分けられた≪ヘヴン・ハイロゥ≫を上下に並べた加工映像が添付されていた。
その画像を見ると、輪っかのときの巨大さが嘘のように小さく見えた。
『加えて≪ヘヴン・ハイロゥ≫は空間歪曲の装置だから、整備性のことを考えて、施設内部の構造は単純化している可能性が高い。要塞級を制圧するよりも容易なはずだ』
なかなかの持論に、他の参加者がチャチャを入れてきた。
『詳し過ぎる。いま考えたもんじゃないな』『ここで話題になる前に、既に≪ヘヴン・ハイロゥ≫の攻略法を考えてたのかよ』『話題提供と同じ人か?』『別人だな。添付IDが合ってない』『軍事施設を見たら、つい攻略妄想に耽ってしまう変態ってわけだ』
個人叩きの様相になってきたので、ドーソンが話題を戻すべく楔となる投稿を打ち込む。
『≪ヘヴン・ハイロゥ≫は攻略できる、でいいのか?』
『そこんところどうなんだよ、変態』『ご教授願いますよ、攻略妄想の第一人者様(笑)』
変な追従の言葉が来たが、攻略法を考えたらしき人物の投稿がやってきた。
『施設を攻略することは自体は、人手があれば可能だ。しかし、それを守る艦隊を越えるには、軍略を修めた専門家が必要になる。人手と専門家。それらを揃えれば可能だという結論だ』
低ポリゴンの3D映像が続けて投下される。≪ヘヴン・ハイロゥ≫の至る地点に数十人の人員が乗った宇宙船が横づけされ、その地点から大量の人たちが施設に突入して内部制圧を果たしていた。
さらに同じクオリティーの別映像が投下された。≪ヘヴン・ハイロゥ≫に布陣する防衛艦隊に、大量の宇宙船が突っ込んで突破しようとする。しかし艦砲と銃座の攻撃によって、大量にあった宇宙船の全てが撃破されてしまった。
それらの映像を見て、雑談の参加者がコメントを投下していく。
『艦隊を抜けれさえすればか』『宇宙船に兵器を乗せるのは?』『豆鉄砲が軍艦に効くとでも?』『軍艦を持って来くれば』『TRから引っ張ってこようってのか?』『居住衛星を荒らし回っている海賊の話があっただろ』『海賊に夢見すぎだろ』『≪ヘヴン・ハイロゥ≫は重要施設だぞ。守る艦隊の数も多いはずだ』
この後も議論は続いたが、やがて興味が別に移ったようで、違う話題へと向かっていった。
ドーソンはその会話の流れを見取ってから、この雑談から抜けた。