120話 支配人室での話し合い
ドーソンたちは≪チキンボール≫に戻ると、まず艦隊に保管してある略奪物資を全て売却した。そして得た海賊クレジットを、艦隊の全員――人間や人工知能の区別なく等分して配布した。
ドーソンは半舷休息を通達し、艦隊の大多数を占める人工知能たちに休暇を取るように命じた。
そして≪雀鷹≫と≪百舌鳥≫の乗員にエイダとディカを加えた面々で、≪チキンボール≫の支配人室へと向かう。
その道すがらの電車内にて、ドーソンはディカの姿を改めて観察する。
「ディカも人間の見た目の躯体を購入したんだな」
「そうなんですよ。大金が入りましたから、あつらえてみました」
ディカはその場でくるりと回転し、衣服を見せるかの様子で、自身の躯体の体つきをドーソンに披露する。
ディカの容姿は、ふわりとした金色のボブショートヘア。くりっとした大きな目に青い瞳。少女性を残しながらも少し彫りが深めの顔の造形。手足が長く胴体がスラリとしたバレーダンサー体型。
地球居住時代の言葉を借りるなら、西洋少女といった見た目。
ただし、衣服が体型にピッタリと合った宇宙服で、ちゃんと宇宙時代風の装いとなっている。
ディカの性格に似合った姿ではあるが、ドーソンには気になった点があった。
「なんか、安っぽくないか?」
同じ人型躯体を持つオイネやエイダやベーラやコリィに比べると、どことなく見た目の機械っぽさが強いように感じられる。
もちろん機械の部品が見えているわけではない。
関節を動かす際や瞼の開閉にぎこちなさや、表情は動かせるようだが硬い点が、違和感となっているのだ。
それらの点を総合しての『安っぽい』という評価に、ディカは苦笑いになる。
「この躯体は必要十分な性能を持ってます。むしろオイネさんたちの方が、過剰スペックなんですよ」
「言われてみれば、そうだったな」
オイネの躯体は、技術士官のヒメナが手塩にかけて作った一品物。エイダはSUの中でも最上位の戦闘用躯体で、ベーラはファッションショー用の肉体変化可能な躯体で、コリィは鑑賞用と言いつつも肌感覚を備えている。
どれもこれも、別分野ではあるものの、最高級品である。
そして、それほどの高級品は、人工知能が日常生活を送るための躯体として考えると過剰スペックでしかない。日常生活で戦闘能力など要らないし、衣服を楽しむために肉体の造詣を変える必要はないし、映像作品の音楽を肌で感じる必要もないのだから。
そう考えると、ディカの躯体は日常生活に必要な機能を十全に発揮するには十分なスペックではある。
「だが、どうせ大金が入ったのだから、もっと良い躯体を買っても良かったんじゃないか?」
「特にこだわりはないので、1体に大金をつぎ込んで作るよりも、何年か楽しんだ後で新しい躯体に買い換えようかなと」
「車のように、新しい体に乗り換えるわけか」
「これぞという躯体とであったら、その限りじゃないですけどね」
このディカの考えは、肉体を持たずに生まれてくる人工知能特有の価値観だなと、ドーソンは感じ入った。
そんなディカとの雑談をしていると、下りる駅に到着した。
ドーソン一行は電車から降りると、支配人室への道を進んでいった。
ドーソンたちが支配人室へと入ると、アマト皇和国からの出向組が勢揃いとなった。
支配人用の執務机の椅子に、ゴウドが座っている。その両隣に、冷徹顔のアイフォと微笑顔のジーエイが立っている。
部屋の左側にあるソファーに、タイロ男爵とミイコ大佐が数人が座っている。その後ろには、突撃銃を持つ兵士が4名立っている。
ドーソンは部屋の右側に向かい、長椅子に腰を下ろす。隣にジンク中佐が座り、残りの面々はその後ろに立つ。
支配人室の扉が閉まったところで、ドーソンはゴウドに顔を向ける。
「SU政府から通信があったそうだが?」
ドーソンが会話を切り出すと、ゴウドは困り果てたような顔で事情を語り始める。
「そうなのだよ。ドーソン中尉がSUの衛星を襲撃して少しした頃に、企業を通じてSU政府から要望がきたのだ」
「暴れ回るのを止めてくれとでも?」
「まさに、そのとおり。止めてくれるのならある程度の要望は聞き入れるし、止めないのなら武力でもって排除すると」
ゴウドは困っている様子だが、ドーソンにしてみれば予想の範囲内の話だった。
「突っぱねればいい。自分のとこの民を平気で棄民するような政府だ。海賊相手の約束を守るとは思えない」
「そう言われてみると、その通りだ。確かに、信用が置けないな」
ゴウドは理解を示して頷くが、反論がタイロ男爵から来た。
「待て。信用が置けない点は同意するが、折角のSU政府と直接交渉できる機会だぞ。これを有効活用しないでどうする」
「有効活用とは?」
ゴウドが問い返すと、タイロ男爵は得意げな顔になる。
「もちろん、SU政府がアマト星腕から手を引くよう誘導するのだよ。言うことを聞いてくれると言っているのだから、やってみる価値はあるのではないかね?」
「なるほど。SU政府にそう約束させることができたら、我らの任務は達成さるわけですな」
ゴウドが納得する一方で、ドーソンは呆れ顔を返していた。
「少しは考えて喋れよ、バカ貴族が」
「なんだと! 男爵たるこの身を侮辱するのか!」
「侮辱じゃない。少し考えれば、あんたの言ったことが重大な危険性を孕んでいるってことは、すぐに分かるだろうって、俺は言っただけだ」
タイロ男爵とドーソンが睨み合っていると、ミイコ大佐がドーソンの意見に同意してきた。
「そうですね。確かにSU政府との直接交渉は、危険性が高いですね」
「大佐殿! なぜ、こんなヤツの肩を持つようなことを!?」
驚くタイロ男爵を、ミイコ大佐はまあまあと手振りで落ち着かせた。
「SU政府と直接交渉は悪い手ではありません。ただし、会話の運び方によっては、アマト星腕にアマト皇和国の人が住んでいることを知られる危険性があるのですよ。そして人が住んでいると知ったら、SU政府はその場所を奪おうと軍を派遣するでしょうね」
アマト星腕から手を引かせようと交渉して、逆にアマト星腕へ本格的な進攻が始まる。
仮にそうなった場合、任務失敗どころか、その進攻で起こり得る被害の責任を背負うことになってしまうだろう。
軍法会議にかけられ、平民なら終身刑だろうが、貴族なら名誉の死を賜ることになる。
「その際、きっと一番の責任者は、この提案を出されたタイロ男爵となるでしょう」
「毒杯か切腹かを選ぶような事態になると!?」
タイロ男爵が顔色を失くし、慌てて前言を撤回しようと動く。
「さ、先ほどのは、あくまで提案――いやさ、空想に近い青写真というべきもので、考慮の一つとして頂けたらと」
その狼狽えっぷりに、ドーソンは思わず失笑してしまう。
「考えなしに、思いつきを口にするからそうなる」
「なんだと! ならお前も何か提案をしてみろ!」
「なにを言っている。俺は既に言ったぞ。SU政府のことなど無視しろとな」
真っ当な反論に、タイロ男爵は二の句が継げなくなる。
ここで助け舟が、ミイコ大佐から出された。
「まあまあ、ドーソン特務中尉。そう喧嘩腰にならないで」
取り成しの言葉を告げた後で、ミイコ大佐はドーソンに顔を向け直す。
「でもね、SU政府からのお誘いを蹴るのは簡単だけれども、本当に有効活用できないものかしら?」
「下手に色気を出すと、足元を掬われることになりかねないぞ」
「それでも魅力的なお誘いなのは確かなのよ。たかが海賊相手に要求を持ちかけてくるぐらい、SU政府は困っているってことだもの」
アマト皇和国のことを知られることは避けなければいけないが、それでも困っている弱みに付け込めば新たな展開を望めるんじゃないか。
ミイコ大佐はそう言いたいのだろうと、ドーソンは受け取った。
「話は分かるが、リスクが高い。俺がSUの宙域にある衛星や惑星を襲撃して社会不安を引き起こしつつ、第3第4の独立勢力の誕生を後押しする方が、ローリスクでSU政府を弱体化させることができる」
「使いようによっては鬼札となり得るものを捨てて、安全策をとるということかしら?」
「鬼札は良い方に働けば万々歳だが、悪い方に働けば目も当てられなくなる。そんな博打は撃ちたくない」
「あら。士官学校時代の試験で、分の悪い賭けをしてきた人物だとは思えない発言ね」
ミイコ大佐は、ドーソンの事を下調べしてきたと明かしてきた。
しかしドーソンは、少しも動揺しなかった。
「試験の際は、それが突破できる確率が一番高いから実行したんだ。他に安全で確実な方法があったなら、間違いなくそっちを選んでいた」
「今の状況はそうじゃないから、賭けなんてできない?」
「当たり前だ。そこまでやりたいのなら、勝手にそっちだけでやってろ」
ドーソンが吐き捨てると、ミイコ大佐は頷きで答えた。
「そういうことなら、今回の件は、こちらの主導で進めさせてもらいましょう」
唐突な宣言に、ドーソンは白い目を向ける。
「本気か?」
「あら? 要らないと言っておいて、惜しくなったのかしら?」
「そんなわけあるか。単純に、失敗した後で尻拭いさせられたらたまらないと思っただけだ」
「あらあら。若い子におばちゃんの下の世話をさせないよう、頑張るわ」
「好きにしろ」
ドーソンは会話は終わりだと体言するように立ち上がる。
すると、ゴウドが慌てた調子で静止を呼びかけてきた。
「ドーソン特務中尉、どこにいくのかね?!」
「今回の集まりはSU政府からの呼び出しに、誰が対応するかの話し合いだろ。そこの大佐が引き受けてくれると言ってくれたんだ。これ以上、話すことはないだろ」
ドーソンの正論に、ゴウドは助けを求めるようにミイコ大佐へと視線を向ける。
「構いませんよ。ドーソン特務中尉は協力してくれないと、そう宣言なさったのですから」
退室の許しが出されたのを幸いに、ドーソンは率先して部屋を出る。
長椅子の後ろにいた面々も部屋から出ていくが、唯一ジンク中佐だけが椅子に座ったままだった。
ドーソンが訝しんで目を向けると、男臭い笑顔がやってきた。
「話だけは聞いておこうとな。なにかを要請されても、それは≪百舌鳥≫だけに留めて置く。心配はいらない」
ドーソンはジンク中佐の意図を推し量ろうとして、早々に止めた。
今回の話からは手を引くと、そう決めたのだ。話に参加しようとしている人のことを考えることに意味がない。
「せいぜいSU政府を出し抜けるよう、知恵を出し合うことだ」
ドーソンは支配人室へ言葉を残すと、仲間を連れて立ち去った。