119話 混乱、順調
ドーソンは艦隊を連れて、居住衛星を襲撃し続けていく。
4箇所目ともなると、襲われる側の衛星の方も余計な抵抗はしなくなり、手早く物資を強奪することが出来るようになった。
「残念だったな。次は、もっと多くの宇宙軍を駐留させるか、手強い傭兵でも雇っておくんだな」
ドーソンは衛星の責任者へ海賊らしい言葉遣いの伝言を送り、強奪した物資で満載になった艦隊と共に移動を開始する。
≪チキンボール≫への帰路の最中、今回の襲撃についての情報を、ネットワークに投降。そしてSU宇宙軍の無能さを、大々的に喧伝する。
これでしばらくは、SU宇宙軍は批判の的のままにしておける。
「これだけ混乱を起こしていれば、もう数年間はSU政府がアマト星腕へ棄民を送りつけてくることはなくなるはずだ」
「別星腕へ棄民するぐらいなら防衛戦力の拡充に使うべきと、各地でのデモでそう主張されてますからね」
オイネが展開した空間投影型のモニターには、SU宙域の至る場所で大規模なデモが行われている様子が映し出されていた。
そのデモが起こっている場所は、大多数が僻地にある居住可能な人工衛星や惑星。
しかしながら、少数の主要惑星においても、デモが行われているようだった。
「政府や宇宙軍の要職関係者という、安全な場所に住む裕福な人たちが何故デモをしているんでしょう?」
キワカが不思議そうに言うが、ドーソンは答えを知っていた。
「関係者だからと、暇だからだな」
「それはどういう?」
「要職の関係者だからこそ、自分たちは住民の側に立っていると示せば、支持を受けやすくなる。支持を集めることが出来たなら、要職者の組織内で発言力を増すことができる。加えて、あまりに治安が悪くなれば、要職者だろうが前線に出される危険があるからな。気持ちは分かっていると示し、自分たちの身は自分で守ろうと宣言することで、死んでも構わない人間を傭兵として集めるという狙いもあるかもしれない」
「そうやって暇つぶしをしていると?」
「ああした大っぴらに顔を出してのデモだ。政府ないしは宇宙軍に事前に許可を貰って、掲げるプラカードや発言の内容を取り決めてあるはず。顔を売るためのパフォーマンスでしかない。暇な時間を使って顔が売れるのなら、儲けものだろう」
ドーソンが新たにモニターを出現させて、とあるキーワードで検索をかける。そしてその結果を、キワカへと送信した。
キワカが確認すると、内容はデモを行っている要職関係者の印象についてのコメントだった。
『政府関係者にも人権派がいて安心した』『政府の全てが腐っているわけじゃない』『棄民政策だって一部の人による独断に違いない』
好意的な意見が並んでいて、キワカはそこに作為的な物を感じた。
「印象操作の工作に使っているわけですか」
「不満を減らすには良い手だぞ。人間ってのは、人の意見に左右されがちだからな」
自分が白だと思っていても、大多数の人が黒だと言っていれば、自分の意見を隠して黒だと迎合する性質が、人間にはある。
要職関係者がデモに参加している映像に紐づけて、政府と宇宙軍は悪くないというコメントを大量に投降すれば、この場所を見た人達は政府と宇宙軍の批判を手控えるようになる効果が期待できる。
工作費用としては微小でありながら、高い効果を見込める方法だ。やらない理由がない。
「しかしだ。こういった手法を用いてくるということは、政府と宇宙軍は焦っているという証明でもある。俺たちを打倒する手立てがあるのなら、それを大々的に宣伝したほうが治安回復と人々の不安感の払拭にテキメンだからな」
「宣伝する材料がないから、場当たり的な処置を行っているわけですか」
「対処療法は、所詮は一時しのぎだ。俺たちが居住衛星ないしは居住惑星の襲撃を続けて行けば、その処置では追いつかなくなる。そうなった後が勝負だな」
「そうなんですか?」
キワカの疑問の声に、ドーソンは指を3本立てて示す。
「SU側の取れる対策は3つ。1つ目は、俺たちの居場所を特定して殲滅する。原因が排除されることで、SU宙域の治安は回復される。2つ目は、全ての宙域の防衛力を高めて、これ以上の略奪を防ぐ。略奪がなくなれば、人々の不安感は解消される。3つ目は、不満を言う人々がいる場所を社会システムから切り捨てる。いないものとして扱うことで、他の人たちへの影響を抑えることができる」
その3つの選択肢に、キワカは不快げに眉を寄せる。
「1つ目、2つ目は分かりますけど、3つ目は解決してないでしょう」
「費用対効果は、3つ目が一番高いんだ。なにせ政府がやることは、システムからの締め出しだからな。システムエンジニアが数人作業すれば、一両日中には出来るはずだ」
他の2つは艦隊を動かす必要があって、大金がかかる。
しかも仮に派遣した艦隊が海賊に負けるようなことがあれば、治安の回復は絶望的。
そんなハイリスクを冒すぐらいなら、要らない衛星や惑星を見捨ててシステムから切り離しての言論統制の方が、治安維持に効果的だ。情報を制限することで、人々は問題がなくなったと誤解して政府批判を止めるに違いない。
少ない手間と資金で治安を回復する手段としては、理には適っている手法ではある。
ただし、根本的な解決は一切していないという問題は残るが。
「そんな欺瞞、許されるはずがない」
キワカは憤り、ドーソンは苦笑する
「SU政府や宇宙軍の上層部は、自分たちが良ければ、それでいいんだろうさ。自分たちの権利や権限が脅かされない限りはな」
批判に話題が偏り出したので、ドーソンは軌道修正を行った。
「ともあれ、政府が主体的にとれる選択は、この3つしかない。ただし裏技なら、あと1つだけある」
「それは?」
「海賊と裏で手を結ぶことだ。金品をあらかじめ渡すから、もう居住衛星や惑星に手を出さないでくれ。もしくは、どこそこの星系は略奪していいから、どこそこの星系には手を出さないでくれってな」
ドーソンがそう説明した直後に、ベーラが通信の報告をしてきた。
「ドーソン様~。≪チキンボール≫のゴウド支配人から通信がきてる~」
「用件はなにか言っているか?」
「なんだか~、SU政府から取り引きを持ちかけられたらしくて、相談したいんだって~」
「……回答の期日に余裕はあるか?」
「えーっと、10日ぐらいあるらしいけど~?」
ドーソンは黙って考えた後で、ベーラに返信内容を告げる。
「≪チキンボール≫に帰ってから話を聞く。通信だと、一方的に切られる恐れがあるしな」
どうして通信を切られる恐れがあるのかと、ドーソン以外のブリッジ乗員の全員が疑問に思ったのだった。