118話 新たな動き
民間軍事会社『コースター』の傭兵を一ヶ月間教育し終わってから、更に一ヶ月が経過した。
既にドーソンは≪チキンボール≫に戻って、海賊仕事を再開させていた。
その際、問題になったのは、狙うべき獲物について。
ドーソンが保有する艦隊は、50隻も艦艇がある。
正直言って、並みの商船団や巡回中のSU宇宙軍小隊相手だと、過剰戦力も良いところ。
それこそ10個の隊に分けて、その小隊がそれぞれ獲物を狙った方が効率が良い。
しかし、そういった行動は、他の海賊もできること。
50隻もの艦艇を操れるのなら、50隻の艦艇でないと出来ないことを行うべき。
ドーソンはそう考えて、獲物はなににするかを探った。
そうして思い立ったのは、SU宇宙軍の防衛が弱い居住可能惑星や衛星に対して、武力制圧を行うことだった。
「海賊に星を占拠されたとなったら、いよいよSU政府と宇宙軍の面目は丸つぶれだからな」
ドーソンはあくどい顔になると、手頃な位置にあり、制圧しやすそうな星系をオイネと共に探した。
そして見つけた端から、襲撃することにした。
その結果、海賊仕事を再開させて1ヶ月で2つの居住衛星を武力で制圧してみせた。それも、防衛していたSU宇宙軍の艦艇を撃破した後でだ。
しかしドーソンにとって、この衛星制圧はSU宇宙軍の脆弱さを浮き彫りにするための、いわばパフォーマンスのようなもの。
制圧した後に統治する気はないため、引き連れてる50隻の艦艇の中に入るだけ衛星の物資を供出して貰った後は直ぐに退散した。
「襲い掛かり、食料や金属類を奪って帰っていく。地球時代の騎馬民族や海洋蛮族のような行動ですね」
というオイネの意見に、ドーソンは確かにその通りだと頷いた。
こうしてドーソンという海賊が大暴れしているため、SU支配宙域にある星々の住民たちはSU宇宙軍に苦情を送る。
それもそうだろう。宇宙軍が確りと防衛してくれていれば、物資が奪われるはずなかった。
しかし宇宙軍は海賊に負け、みすみす強奪を許してしまった。
これは明らかに宇宙軍の失態であり、住民たちが怒り出しても仕方がなかった。
特に実際に強奪の憂き目にあった居住衛星は、失った物資と食料の補充を宇宙軍相手に要求するほど、怒り心頭だった。
SU宇宙軍は各星の要請を受け、星系の防衛を強化することを約束し、そして実行した。
これで安心かと思いきや、そうはならなかった。
SU宇宙軍の艦艇は、老朽艦や旧型艦を無為に消費するほどに余裕はあったはずだが、それでも広大なオリオン星腕全てを賄うほどの艦艇と人員はない。特にTRや海賊との戦闘で、老朽艦を大量に消費した後だったので、余計に艦と人員に余りがなかった。
そのため必然的に星系内や衛星近くの防衛が強化するには、星々を繋ぐ星腕宙道と星間脇道の防衛を弱体化させなければいけなくなった。
そんなことをすれば、今度は宇宙の道の至るところで、海賊たちが跳梁跋扈することになる。
それでは、居住宙域を守ることは出来ても、流通という経済を守ることは出来ず、結果的に人々の暮らしに悪影響が出てしまう。
この防衛方針に、再び宇宙軍に非難が集中する。
『SU宇宙軍は人の暮らしを分かっていない』、『海賊に負ける軍なんて存在する意味がない』、『他の星腕に人と艦を捨てるぐらいなら、オリオン星腕の防衛を強化して欲しかった』、などなど。
批判はもっともだが、宇宙軍には人々の口を噤ませる伝家の宝刀がある。
『宇宙軍に守ってもらうことが嫌なら、その星系から軍の艦艇を引き上げてもいい。その引き上げた艦艇で、星腕宙道の守備を強化できるしな』
宇宙軍の高官の声として紹介された記事の内容に、有益な星系に暮らす住民たちからの非難を強めた一方で、特産物のない星系の住民たちの口を噤ませることに成功した。
取り柄のない星系の住民たちは、政府と宇宙軍なら自分たちを本当に見捨てるに違いないと恐れたのだ。
その住民たちは、確かに口を噤んだ。しかし不満がないわけではない。
宇宙軍は住民たちの身の安全を盾に脅してきた。そんな相手に信用が置けるはずもない。
その感情は必然的に、宇宙軍以外の戦力を頼る、という機運に繋がった。多数の傭兵たちと専属契約を行い、独自に防衛力を強化しようとし始めたのだ。
そうなると傭兵の需要が高まり、傭兵の奪い合いが星々の間で横行するようになった。
特に実績のある傭兵は高値で契約されるようになり、その高額契約で船を新調して更なる実績を積むという好循環が生まれつつあった。
こういった状況を見て、ドーソンは目論見が上手く行っていることに満足していた。
「政府と宇宙軍の棄民政策を暴露した後で、宇宙軍の実力が大したものじゃないと人々に誤解させる。たったそれだけで、オリオン星腕内は大混乱だ」
「ドーソン、『コースター』から御礼状が来てますよ。企業と共に傭兵を出向させたら、その実力の高さに高額契約を結ぶことができたようですよ」
「稼ぐのは程ほどにしておけと忠告してやってくれ。『コースター』の傭兵の役割は、親会社である企業の船を守るためのものなんだからな」
「その点は心配いらないそうです。傭兵が高需要化しているので、海賊からだけではなく一般民からも傭兵になろうという人が、わんさか押しかけてきているらしいですよ」
「……俺は2度と教官の真似事はしないと、あちら側に釘を刺しておいてくれ」
「そうですね。こちら側も海賊仕事で忙しいですし、お断りの連絡を入れておくとしますね」
そんなオイネとの会話をした後に、ドーソンはブリッジに居る面々に目を向ける。
すると全員の態度が、喜悦に溢れていることが分かった。
喜びに浸かっている理由がなんなのか、ドーソンはちゃんと理解していた。
「まあ、これだけの海賊クレジットがあれば、大抵のものは買えるしな」
ドーソンが手振りで空間投影型のモニターを呼び出し、自己の海賊用の口座を呼び出した。
そこに記載されているクレジットの数は、見たこともない膨大なもの。
なぜそれほどのクレジットが溜まっているかといえば、それはもちろん居住衛星から強奪してきた物資を売却したため。
艦艇50隻の積載量の上限いっぱいまで積み込んだ物資ともなれば、全ての乗員や人工知能たちで割っても、慎ましやかに暮らせば一生働かなくて良いクレジットが手元に来てしまうもの。
それを都合2回も行ったのだから、一生豪遊してくらす程度のクレジットが口座にあるのは当然のことだった。
それほどの大量のクレジットを持ったのだ。≪雀鷹≫の乗員たちが、自分の好きなものを好きなだけ買えて満足しているのも当然といえる。
「俺も使った方が良いんだろうが、使い道がなぁ……」
ドーソンは趣味に乏しいと自覚があるため、クレジットの使い先がない。
≪雀鷹≫に不満な点はないし、艦艇の加増は傭兵の教育の報酬として企業に発注済み。個人装備も一通り揃っていて、更新する必要性がない。
このクレジットがアマト皇和国のお金なら、孤児院に寄附すれば解決だった。しかし海賊クレジットは、TRのお金に変えることはできてもアマト皇和国へ送金することはできない。
クレジットで貴金属を買い集めてアマト皇和国で売るという方法もあるが、買う手間と移動時間を多く食うので、アマト皇和国に用事があって帰還するとき以外には使えない。
ドーソンがどうしたものかと悩んでいると、唐突に通信が入ってきた。エイダからだ。
「どうした、エイダ。問題が起こったか?」
ドーソンはそう尋ねたが、画面の映像を見て、通信してきた理由が分かった。
『どーででありますか、ドーソン艦長。隅から隅までフルオーダーした、最新式の軍用戦闘アンドロイドでありますよ。政府高官のボディーガードにも使われている優れモノを、さらにフルカスタムしたのであります』
エイダのバストアップの映像が、以前のSU宇宙軍の戦闘用アンドロイドのものから変わっている。
以前は、まさに戦闘を行う機械という、装甲板で人型を作ったような見た目だった。
しかし今は、溌剌とした元気さが垣間見える、軍服を着た20代の女性の見た目になっている。
茶色のショートヘアーに、整った顔立ちと、豊かな胸元に、女性らしくも筋肉質な肩回り。まるで映像作品にでてくる、屈強な女兵士のような外観だ。
しかし武器のスペックを重視するエイダが選んだ躯体だ。見た目以上に、躯体の性能が飛びぬけて良いに違いなかった。
「なかなかに良さそうな躯体だな」
『そうでありましょう、そうでありましょう。以前の一般的な軍用戦闘アンドロイドも良かったでありますが、この躯体は動きの滑らかさが段違いでなのであります。この大きな胸元だけは邪魔でありますが、攻撃を受けた際に胸にある重要機関を防護するための最終防衛装備とあっては、取り外すわけにもいかないでありますしね』
エイダは服の上から自分の胸を掴むと、ぐにぐにと手で揉みだした。
その手付きは、煽情的ではなく、むしろ邪魔なものを虐げることで気持ちの落としどころを作っているかのようだった。
ドーソンはその手付きを見ながら、その柔らかさでどうやって攻撃を防護するんだろうかと、技術的な関心を抱く。
恐らくは、耐熱や耐衝撃用のジェルが詰まっていて、光線銃や実銃の弾を受け止められるように出来ているのだろう。
しかしそれは最後の砦のようなもので、実際は体の上にパワーアーマーや装甲付きの宇宙服を来て戦うのだろう。
そんな考察と共に見ていると、やおらオイネに頭を叩かれた。
「痛いな。なにをする」
「女性の胸元をジロジロ見るのは、マナー違反ですよ?」
「はぁ? 女性の胸元って――」
ドーソンにしてみれば躯体の装備を見ている気でいたが、傍目から見れば映像にある女性の胸元を凝視している図でしかなかった。
オイネもエイダと同じで、その体は躯体だ。
自分のものでない躯体でも、その胸元をジロジロと見る男性を見かければ、注意したくなるのも当然だった。
「――そうだな、悪い。配慮に欠けていた」
「気を付けてくださいね。ドーソンは、どうにもその辺りの機微が疎いようですから」
プリプリと怒るオイネは、果たしてドーソンが巨乳を見続けた無遠慮さに怒っているのか、それとも自身の少女然とした躯体の胸元の膨らみを小さめにしてしまったことを気にしているのか。
その真実は、オイネだけしか知らないのだった。