117話 卒業検定・終
ドーソンの艦隊と傭兵艦隊の模擬戦は続いている。
有効射程距離での砲撃の交換に、お互いの艦隊に被害がでている。
しかし、お互いに回避行動を取りながらの攻撃なので、被害の頻度はとても低い。
両陣営を合わせて、およそ10分に1隻の割合。片方の陣営だけ見れば、20分に1隻か30分に1隻という損害の少なさである。
これほど損害がない理由は、傭兵艦隊が有効射程距離のギリギリで戦うべく努めているから。
ドーソン艦隊が前進すれば、その分だけ後退。急進して来ようとするのなら、後退しながら砲撃を叩き込んで出足を鈍らせる。
そうした苦心の末に、どうにか拮抗状態を作ることに成功していた。
「いいぞ、その調子だ! 相手の数の方が少ないんだ! 着実に戦えば勝てる! 時間をかけていけ!」
パッサーは味方艦へ檄を飛ばす。過剰とも言える言葉をかけるのは、味方の士気を落とさないためだ。
状況が膠着状態で、傭兵たちに飽きが出始めている。加えて味方艦の被害に、傭兵たちが作戦が上手く行っているのかと疑問を抱きつつある。
それらを払しょくするためには、取りまとめ役であるパッサーが、大袈裟なほどに『上手く行っている』と言い続ける必要があるわけだった。
事実パッサーの行いは、仲間の士気を高め、戦闘への集中を取り戻し、不安感を拭い取る効果を発揮している。
こうしてパッサーが役割を果たしている一方で、フィデレは取りまとめ役の1人として陥ってはいけない思考に入りかけていた。
それは、いま行っている作戦行動が正答ではないのではないかという疑問だ。
「レーダー手。ドーソン艦隊に、怪しい動きは?」
「一切ない。艦隊から出て行った艦は、全て撃沈判定の艦。その他に離脱した艦の存在はない」
「念のために、もう一度確認を」
「何度確認しても同じだって」
もう何度ともなる質疑応答に、レーダー手もうんざり顔――『そこまで疑うのなら自分の目で見て確認しろ』と言いたげだ。
フィデレとて、レーダー手の目を疑っているわけではない。
しかしながら、戦っている相手がドーソンだと思うと、いまのいままでなにも怪しげな動きをしていないことが怪しいと考えてしまうのだ。
「なぜ動かない。なぜ……」
フィデレは、ドーソンの性格と今の状況が合わないことに、苛立ちを感じていた。
いまのドーソンが行っている戦法は、まるで教科書通りのもの。
この1ヶ月間、傭兵たちを翻弄に翻弄し続けてきた人物が行っている作戦。それにしては、拙さが過ぎた。
不自然な拙さは、すなわち罠と考えるべき。
フィデレはそう判断し、ドーソン艦隊の動きに注視するも、怪しい動きが一切ない。しかし一切ないことが逆に怪しさを増加させ、何かやってくるはずだと疑って思考が硬直していく。
ここら辺、傭兵と偽っても、本質的には企業人なフィデレらしい考え方だといえた。
物事に対する傾向と対策を学び、それを後の行動に反映させ、成功を手にするか失敗を回避しようと考える。
そして、その傾向と対策が現実に見合わなくなると、途端に混乱を起こしてしまうあたりもだ。
フィデレが考えの坩堝に落ちようとしていると、唐突にパッサーが声をかけてきた。
「おい、フィデレ。俺だけ働かせてるんじゃない! お前も取りまとめ役だろうが! 仲間に声をかけやがれ!」
怒声に近い大声による鼓膜への衝撃で、フィデレは思考のループから抜け出ることが出来た。
「反論するが、ちゃんと働いている。ドーソン艦隊の動きを注視しているんだ」
「んなもん、レーダー手に任せろよ。ちゃんとレーダーを見てくれてるんだ。あっちが変なことをしてきそうなら報告してくれるっての。取りまとめ役なら、取りまとめ役じゃなきゃできないことをやれよ」
「敵の動向を素早く察知し、それの対応策を考える。これは取りまとめ役の仕事だと思うが?」
「それこそ、あっちが動き出したときに対応すりゃいい話だろ。ここは広い宇宙で、お互いの艦隊は離れてるんだ。こっちが対応するだけの余裕は作れるだろ」
パッサーの言葉は、海賊上がりらしい、いい加減なもの。
しかし、物事の確信を突いてもいた。
「起こっていないことに、悩む必要はないと?」
「悩む余裕なんぞ、ないってんだよ。多くの仲間から相談が来てんだ。取りまとめ役なら、自分が悩むんじゃなくて、仲間の悩みを解決しろよ」
パッサーの言葉を受けて、フィデレは意識を入れ替えた。
フィデレはつい、ドーソン艦隊に負けたくないと考えてしまっていた。しかし負けないためには、個人の力ではなく、仲間の力が必要不可欠であると考え直すことが出来た。
「……悩み相談はこっちに回せ。パッサーは艦隊指揮に専念してくれ」
「そう来なくっちゃ。よっしゃ、気合入れ直していくぞ!」
パッサーとフィデレが真に協力を始め、傭兵艦隊の動きも割増し良くなった。
傭兵艦隊の動きが改善されたのを見取って、ドーソンは溜息を吐きだした。
「は~。負ける動きをしないといけないのは、嫌なんだが……」
ドーソンは『教官なんて2度とやりたくない』と思いつつ、艦隊を今までとは違う形で動かすよう指示を出した。
艦隊を2つに分け、片方はこのまま傭兵艦隊と戦い、もう片方は傭兵艦隊の側面を叩くべく戦域の移動をする。
正面戦力で敵の攻撃と目を引き付けつつ、別動隊が敵艦隊の弱い部分を突く。
劣勢になった側の艦隊運用としては、真っ当で使い古された采配だ。
しかし、この古い采配を、ドーソンは毛嫌いしている。
「ただでさえ数で負けているのに、2分にしてどうするんだよ。各個撃破の的にされるだけだろ。というか勝てないと分かったのなら、その段階で戦力温存を目的に撤退しろよ」
ドーソンが下した評価は散々だが、実行して決まってしまえば劣勢を覆せる戦法ではある。
問題は、完遂するためには指揮官の能力が突出して良くなければいけない、という但し書きがある点だろう。
ドーソンが傭兵艦隊相手に全力を出せば、完遂することはできるだろう。
しかし今は、ドーソンは典型的な能力しか持たない司令官の役だ。程ほどの能力で差配すると、この作戦は完遂してはいけないことになる。
「ああ~。手加減するのが億劫で仕方がない」
今までドーソンは、自分の実力を縛って戦った経験が一切ない。
それどころか、能力を十全に使うことで、どうにか試練を突破してきた。
だから意図的に全力を出さない状況に、ドーソンの体が全力を出させろとソワソワして仕方がなかった。
ドーソンは苛立ちに近い感情を持て余し、そしてついに指揮権を譲渡する発想に至ってしまう。
「もういいだろ。この艦の人工知能に通達する。予定通りの行動を取れ」
「えっ、先輩!?」
マコトの驚きの声に、ドーソンは気分が落ちた調子に変わる。
「ここまで、傭兵側が不必要な行動をして自ら不利を招こうとしないか、もしそうなったら即座に突いてやろうと構えていた。だがこの段階まできたら、あとは既定路線でしかない。俺が指揮する必要はないだろ」
「だからって、人工知能に丸投げなんて」
「ここから先は、お互いの艦隊で激しい戦闘になる。俺が指揮権を持っていると、つい打開したくなるし、つい勝ってしまうかもしれない。ここで人工知能に指揮権を預けた方が、傭兵たちのためだ」
ドーソンの発言には一理ある。
もう状況は、確実にドーソン艦隊の負けが濃厚な段階だ。
ここからもし、ドーソンの手練手管で模擬戦を勝利してしまった場合、傭兵たちの自信は粉々に砕け散ってしまうことだろう。
そして、その砕けた自信を構築し直すことは、訓練時間終了が迫っているため、ドーソンたちには出来ない。
そんな状況を回避するには、ドーソンが指揮をとらないことが、もっとも確実だった。
少なくとも、ドーソンはそう確信していた。
「それと、人工知能にも自分で考えて戦う判断力は必要だからな。指揮権を渡してみて、判断力の育ち具合を知らべるのも悪くはないだろ」
ドーソンは建前を口で吐くと、あっさりと指揮権を乗艦の人工知能へと渡してしまった。
こうしてドーソン艦隊は、判断力の乏しい人工知能の差配という負けるべき道筋を辿り、当たり前に負けた。
傭兵たちはドーソン艦隊に勝てたことに、大喝采して喜んだ。
周りの傭兵が初勝利に沸き立つ中、唯一フィデレだけは腑に落ちない表情のままだった。