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116話 卒業検定・序

 ドーソンに与えられた、1ヶ月の傭兵たちへの訓練期間が、明日に終了となる。

 傭兵たちの上達具合を確かめるため、ドーソンが率いる艦隊と、傭兵たちの艦隊とで模擬戦を行うことにした。


「さて、最初のときと比べて、どのぐらい腕前が上がっているだろうか」


 ドーソンが楽しそうに言う中、オイネとマコトがヒソヒソ話を行っていた。


「ドーソンが操る艦艇の数は、傭兵側の3分の2です。手加減には絶妙なラインですけど」

「これで勝っちゃったりしたら、傭兵たちの自信が終滅しちゃいますよね」


 2人は危惧しているようだが、ドーソンは気にした様子はない。

 ドーソンにしてみれば、この1ヶ月間にやれるだけの教育は行ったので、これで傭兵たちの腕前が上がらなかったとなったら、それは傭兵たちの能力の所為だと、そう思っているのだ。

 一方の傭兵たちはというと、訓練という名目で散々に無茶振りされた恨みを晴らすべく、ドーソンに勝とうと意気込んでいた。

 しかし、取りまとめ役であるフィデレとパッサーは、他の傭兵たちの熱気に乗り切れていない。

 フィデレは企業側からの要請で、ドーソンに悪感情を抱かれることを戒められている。パッサーは訓練中に為になる助言を受けた恩があるために。

 それでも2人は傭兵たちの取りまとめ役だ。折角上がっている意気を、自らの意見によって消沈させる愚は冒せない。

 そんな2人で先に口を開いたのは、パッサーだった。


「いいか、お前たち! 相手は、いけ好かない白黒仮面ヤロウだ! この1ヶ月、色々やらされたことの恨みをぶつけてやるんだ!」

「そうだそうだ! 日頃たまった恨みを叩きつけてやる!」

「あのヤロウ、2人も良いスケを侍らせて、羨ましいたららないしな!」


 パッサーの煽り文句に、傭兵たちがやんやと歓声を上げながら乗っかる。

 フィデレはというと、盛り上げ役をパッサーに任せて、静かにドーソン艦隊に対する戦術を用意する。

 ドーソン艦隊は傭兵艦隊よりも数が少ない。戦術的に考えれば、まともに戦いさえすれば、負ける要素はない。

 変に奇をてらったり、功績に逸って突撃しない限り、傭兵艦隊に負け筋はない。


「奇策を用いてくるのは、あちら側。こちらは冷静に対処をすればいい」


 奇策とは、すなわち博打だ。

 成功すれば優位に立てるが、失敗すれば前以上の不利に陥る。

 そして博打というものは、基本的に博打を行う側が負ける確立の方が高いもの。

 そのため、順当に真っ当に戦えさえすれば、傭兵艦隊の勝ちは揺るがない。


「となると、行動の徹底を厳守すればいい」


 結論に達して、フィデレは確りとした作戦を組み上げていった。



 時間となり、ドーソン艦隊と傭兵艦隊との模擬戦が始まった。

 少し離れた位置に展開する両艦隊が、開始時間と共に距離を縮めていく。

 お互いの艦隊が、ほぼ同じ速度で、ゆっくりゆっくりと距離を詰めていく。

 そして互いの艦砲の有効射程圏に入る直前で、傭兵艦隊が先に動き出す。荷電重粒子砲を全艦隊が砲撃し始めた。


「全力で砲撃しろ! そして距離を保ったまま、徐々に後退するんだ!」


 パッサーが暗号を組んだ通信で、傭兵艦隊の隅々へと声を送る。

 傭兵艦隊は要求に応えて、その通りに艦隊運動を行っていく。

 1ヶ月前、各々の技量を伸ばすことだけしか考えていなかった傭兵が、今では一端の艦隊運動が行えている。

 その事実を目にして、対戦相手であるドーソンは満足げに頷いていた。


「数の有利があるのだから、時間をかけて優位を保ち続ければいい。理に適った行動だな」


 ドーソンは評価しつつも、この戦術を考えているのがフィデレであると見抜いていた。

 交戦可能距離に入る前に砲撃と後退を実行するという、守勢の艦隊運用がフィデレの艦隊運用の考えと合致しているから。

 これが、もしもパッサーが戦術を主導するなら、交戦可能距離に入ってから砲撃を交換し、その後に交戦を続けるか距離を離すかを決定する作戦を立てるはずなのだから。

 ここでドーソンが取れる方針は2つ。

 このまま砲撃を付き合うか、数の不利を跳ね返す作戦を立てるか。

 ドーソンは砲撃の続行を決定した。

 まだまだ模擬戦の序盤。そして傭兵たちが失態を演じたわけでもないし、明らかな隙を見せたわけでもない。ここで打開を試みるのは、ドーソンの性格としてはやりたいものの、模擬戦の趣旨から外れると判断して。


「今回は、傭兵に花を持たせることも模擬戦の内だしな」

 

 ドーソンは気楽に構えて、模擬戦を続けていく。

 その一方で、傭兵側には不穏な感じを得ていた。


「あの白黒仮面が、真っ当な撃ち合いをしてくるだと……」


 フィデレは、ドーソンの性格を読み取っていた。

 その読みでは、ドーソンは不利な状態を長々と続けることはしない。むしろ数に劣ると最初から分かっているなら、序盤からでも奇策を用いてくる。

 しかし今回の模擬戦では、大人しく傭兵艦隊との撃ち合いに付き合っている。

 それが、フィデレにとって不気味で溜まらない。


「観測は厳重に。怪しい動きがあったら、とにもかくにも報告を」


 フィデレは他の傭兵に厳命しながらも、自身でもドーソン艦隊の動きに注意を払い続ける。

 用心に用心を重ねるフィデレに反して、パッサーは通信で他の艦に威勢のいい指示を飛ばしていた。


「砲撃、砲撃! 有効射程外とはいっても、まぐれでも良い場所に当たれば、撃沈判定を取れるかもしれないぞ! 撃て、撃ち続けろ!」


 指示というよりも、応援に近い発言だ。

 しかし傭兵たちには、このパッサーの指示の方が好ましいようで、傭兵艦隊の動きが良い。

 味方同士で射線を空けあい、可能な限り多くの砲撃をドーソン艦隊へ届けられるように位置している。

 ドーソン艦隊は砲撃を撃ち返しながら、徐々に艦の速度を上げていく。有効射程内に入って砲撃しなければ、数の不利は一向に減らせない。ここは少し冒険してでも、敵艦を撃沈できるようにしなければいけない。


「とまあ、普通の司令官なら思うわけだからな。俺もそれに倣おうじゃないか」


 この模擬戦で、ドーソンが自らに課したのは、ごく普通の艦隊司令の役。

 当たり前の運用判断をし、当たり前の攻撃を行い、当たり前の防御や撤退を行う。

 いわば平均的な司令官の役だ。

 とはいうものの、ドーソンの言う平均とは『有能な司令官の平均』のこと。

 無能指揮官がやりがちな、相手を侮った行動や、油断や慢心は1つもしないように心掛けている。

 いわゆる優等生な艦隊運用に、マコトが関心の目を向けていた。


「先輩って、意外と王道な運用も出来るんですよね」

「意外とはなんだ、意外とは。士官学校の座学では、俺はトップクラスの成績だったんだぞ。教科書に沿った戦い方が出来るのは当たり前だろ」

「でも先輩。真っ当な戦法って、あまりやりませんよね?」

「あのな。数と装備で勝っている艦隊を任せられたら、俺だって真っ当な戦い方をやるぞ。ただ劣勢な状況から覆そうと考えるなら、相手の虚を突かなきゃ勝ち目がないだけだ」


 ドーソンが不本意だと顔を顰めると、マコトが首を傾げた。


「いまは、その劣勢では?」

「いまの俺の役割は、まともな指揮官だ。劣勢だからと、序盤から奇策に打って出るようなヤツは、まともじゃない」

「先輩。ご自身がまともじゃないと、語るに落ちてませんか?」

「教科書通りではないことは、十二分に承知している」


 マコトからの雑談を手振りで払い、ドーソンは模擬戦に集中し直す。

 もうそろそろ、有効射程距離まで互いの艦隊が近づくため、気を抜いてはいられなくなったからだ。


「よし。回避行動を取りながら、砲撃続行。ここまでの攻撃で得た情報から、敵艦への偏差射撃を算出しながら撃て」


 ドーソンの命令は的確で、その命令を実行する人工知能艦の砲撃は正確だった。

 交戦距離に入った直後での砲撃で、傭兵艦隊の1隻が荷電重粒子砲を食らって大破判定を与えらえ、戦場から離脱していく。

 唐突に起こった被害に、傭兵艦隊に衝撃と動揺が走る。

 しかしすぐに、パッサーによって鎮められた。


「戦場では不運がつきもの! あの艦は運が悪かったんだ! その証拠に、敵からの砲撃は何十とやってきているが、大破したのはあの1隻だけだ!」


 目に見える事実を列挙しているだけだが、その確かな光景を目にして、傭兵たちにまともな思考能力が戻ってきた。


「そうだ、まだ1隻やられただけだ。数では、まだこっちが有利!」

「有効射程なのは、こっちもだ。反撃で、敵艦も落としてやれ!」


 傭兵たちは互いに鼓舞するように声をかけあって、砲撃を続ける。

 そうして動揺少なく戦闘続行できたことで、ドーソン艦隊に被害を出すことに成功する。


「被害報告」


 ドーソンの冷静な言葉に、オイネが返答する。


「駆逐艦2隻が中破判定。そのうち1隻は継戦能力の消失と判断されて、戦場からの離脱していってます」

「戦場に残ったもう1隻の状況は?」

「艦の左側面装甲を、ごっそりと持ってかれてますね。次にその部分に砲撃を食らったら、爆散判定になるなんじゃないかと」

「そうか。そういうことなら、その艦は部隊後方へ配置転換。可能な限り戦闘物資を他の艦に委譲した後に、戦場から離脱させろ」

「了解です。でもこれで、ただでさえ少ない艦が2隻も減ることになりますね」

「不幸中の幸いは、被害を受けた艦が駆逐艦という点だな。魚雷攻撃以外の攻撃手段が貧弱だから、長距離砲撃戦の威力低下には繋がらない」


 ドーソンの判断に、マコトが忍び笑いをする。


「その判断も、真っ当な指揮官らしいですよ、先輩」

「なら俺らしい判断だと、どうなる?」

「そうですね。中破判定の駆逐艦の人員を他の艦に移乗させた後で、その駆逐艦に大量に爆薬を詰め込んで、敵艦隊へ突っ込ませるんじゃないでしょうか。敵陣まで達することができれば、万々歳。道半ばで倒されても、巨大な爆発が両艦隊の間で起きますから、目くらましに使えます。そして目隠しが生きている間に、伏兵やら別動隊やらをこっそりと作っておいて、いざという時に使うよう準備するかなーと。


 マコトの『どうだ、この分析は』と言いたげな顔。

 ドーソンは間違いを指摘する部分がなくて、白旗を上げた。


「そうだな。俺ならそうする。こうして正面から砲撃をし合ったところで、数で劣るこちらが負ける未来にしか繋がらないしな」


 その未来を打開するために、別の方針へと転換することが必要になる。

 しかしその時期は、真っ当な司令官の場合、いまじゃない。

 もう少し味方艦に被害が出て、彼我の戦力差では打開できないと判断がきっちりついてからだ。


「まったく。俺は教官には向かないな」


 正直、打開できる手立てが見えているのに、相手の能力に合わせて手加減するということが、ドーソンにはかなりの負担だった。

 例えるなら、目の前に旨そうな料理があるのに、それを見送らないといけない気分だ。

 そんな気持ちを、ドーソンは仕方がないと押し込めて、模擬戦を続けていく。

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― 新着の感想 ―
[一言] 准将にやらせればいい感じだったんじゃないか?と思ったけど貴族のおもりしているからそっちでいっぱいいっぱいか
[一言] 普通の艦隊運用がストレスになるのなw
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