115話 期間終了間近
最初の1週間は電子戦略盤、2週目はドーソン相手の模擬戦、3週目は傭兵同士の模擬戦で、傭兵たちの訓練の時間が過ぎて行った。
そして、ドーソンが教育を任された1ヶ月の最終週。
この時間で何をするのかというと、それは実戦だった。
「それじゃあ、役割を分担するぞ」
ドーソンは宣言し、フィデレと彼がまとめる艦隊に、企業に関する船の護衛の任務を与えた。そしてパッサー率いる艦隊には、企業が支配する宙域とSUの宙域の狭間での哨戒任務を与えた。
フィデレは、周りには隠してはいるものの、企業に関連する人物だ。企業の船の護衛は、企業への覚えが目出度くなる仕事なので、願ったり叶ったり。
パッサーは、海賊上がりの傭兵なため、内容が海賊の頃と似通った仕事に忌避感はない。
そんな理由で、ドーソンの決定に、フィデレもパッサーも反論はなかった。
さて、2つの傭兵艦隊に仕事を割り振った後、ドーソンたちはどうするか。
ドーソンたちの仕事は傭兵たちの教育だ。
フィデレとパッサーの艦隊の仕事ぶりを、間近で確認する必要がある。
「まあ、順繰りいくか」
ドーソンはまず、フィデレの艦隊に同行することにした。そして、その働きぶりを確認してから、パッサーの艦隊へと合流する段取りを付けた。
フィデレ艦隊は、企業の船団を囲うように艦隊を展開して、企業が支配する宙域を移動していく。
傍目からみると、かなりの大艦隊。大変に良く目立つ。
ここがSUの宙域なら、こんな大目立ちする船団は、海賊の格好の獲物でしかない。
「ここの支配者が企業に変わったから、海賊が手出しするはずがないけどな」
忘れがちだが、SUの宙域で活動する海賊は、TRが発行する私掠免状を持つ、SUの経済や治安を乱すことを目的とした存在だ。
つまり、相手がSUの商船や軍艦じゃない相手を襲うことは、私掠免状に反する行いとなる。
そのため、海賊が企業の船を襲う事はあり得ない。
だから本来、おうしてフィデレ艦隊が企業の船団を護衛する意味は薄かったりする。
しかしながら、何事にも例外はある。
TRの私掠免状をもたない、いわゆるモグリの海賊の場合だと違う。襲えると思ったら襲ってくるのが、このモグリ海賊という存在だ。
加えて、そういったモグリ海賊に扮した、SUの特殊任務艦が襲撃してくることも考えられる。
ドーソンが遭遇した物資運搬船に偽装した軍艦があることから、海賊に扮した特殊艦があることも想像し易いからだ。
海賊に扮した軍艦が企業の船を襲えば、それは海賊と企業との不仲の発端となり得る。
そんな事態を避けるためにも、フィデレ艦隊は企業の艦隊を確りと護衛して貰わないといけない。
「でも先輩。暇ですね」
マコトの言葉通り、確かに暇だった。
企業は大船団で支配宙域を回り、各星系に必要物資の供給と生産物の回収を行う――地球時代で言うところの大型キャラバンといった風情だ。
そのキャラバンの周りを、SUの軍艦を真似て製造した艦艇が取り囲んでいる。
「こんな物々しい相手、頼まれても襲いたくはないだろうからな」
仮に海賊に扮したSUの偽装艦がいても、これほどの大戦力を前にすれば逃げるに違いない。
いわんや本物のモグリの海賊をや。
そういった事情があるため、実にフィデレ艦隊の行動は平和であり、そして艦に乗っている人にとっては暇だった。
「こんな状態で、何か見るべきことがあるんですか?」
マコトの最もな意見だが、ドーソンはあると言い切った。
「なにも戦闘のときだけが、艦隊運用じゃない。船団を護衛するのも、護衛した先の星系での対応も、そして暇な時間をどう過ごしているのかも、観察対象だ」
「それは確かにそうですけどー……」
マコトが煮え切らない態度でいるのは、ドーソンたちがお邪魔しているフィデレ艦隊の旗艦のブリッジの様子を見てのこと。
旗艦のブリッジであるはずなのに、操舵手は自動運転に任せて大欠伸、レーダ手は画面を頬杖ついて眺め、航海士と艦長は雑談中。
アマト星海軍の士官学校を卒業したマコトにしてみれば、あり得ない気の抜きように見えてしまう。
しかしドーソンからしてみれば、海賊上がりの連中にしては真面目に仕事をしているなという印象だ。
「こいつらは軍人じゃないんだ。最低限出来ていれば良しとするべきだぞ」
「そういうものでしょうか?」
「俺たちが受けた仕事は、1ヶ月で最低限でも艦隊運動が出来るように教育しろだ。依頼主の要望は叶えているだろ?」
ドーソンの説明を受けて、マコトはそういえばそうだったと傭兵たちの怠慢ぶりを気にしないことにした。
教育機関が終われば、もう関わり合いにならない手合いだ。後に怠慢から奇襲を受けて死のうと、知ったことではないのだから。
「しかし、波乱の一つすら起きそうにないですね」
「平和なのが一番だろ。オイネ、周囲の状況に変化は?」
話題を振られて、オイネは周辺宙域の情報を呼び出す。
「実に平和なものですよ。企業は無職者を許さない方針なようで、犯罪者であろうと無職であろうと、強制的に労働に組み込んでいるみたいですから」
人間は、やることが無いと非行に走るもの。満足な仕事を与えれば、間違いを起こすことはない。
そんな理念が、この宙域を支配した企業にはあるらしく、全ての民を総生産に動員しているらしい。
どんな職種でも衣食住に困らない程度には給金が出ているあたり、資本主義な企業らしい政策と言える。
「つまり、モグリの海賊をやるような輩は、海賊仕事をやる前に企業に取っ捕まって、強制的に働かされている。だから、この宙域は平和だってことか」
「そのぶん、民の自由は制限されてます。労働時間以外が自由時間と定義されているようです」
ちゃんと自由な時間があるのなら、ストライキを起こすことはないだろうと、ドーソンは予想した。
「ともあれ、何事もなく時間だけが過ぎそうだな」
そのドーソンの予感の通りに、フィデレ艦隊は戦闘もなく企業の船団を護衛し続けた。
フィデレ艦隊が暇だった一方で、ドーソンが乗り移った後のパッサー艦隊は忙しかった。
「ああ、クソ。やってもやっても、仕事が終わらない……」
そうボヤいているのは、旗艦の艦長席に座っている、パッサー。
彼の前には、大量の空間投影型のモニターが浮かんでいる。その画面1つ1つが、各方面から来る報告書だ。
ドーソンが目だけで確認すると、戦闘記録や哨戒結果のようだ。
「艦隊を小隊単位に分解して、方々に散らせているんだったか」
パッサー艦隊の役割は、企業が支配した宙域の確立と保持。宙域の外からやってくる艦船を取り締まり、必要とあれば撃沈すること。
その役割を果たすために、ドーソンが呟いた通りに、艦隊を分解して仕事に当たらせている。
しかし企業が宙域を支配したのは、つい最近の事。
支配して間もないということは、混乱期にあるのと同意――実体は兎も角、宙域の外にいる人たちからすると、そう思われても仕方がない時期である。
だからか、宙域の外からやってくる艦船が多いようで、パッサー艦隊は対応に追われているようだ。
「臨検を拒否した船の撃沈は、良し。星間脇道をコソコソ動いた船を拿捕した件は、然るべき場所での取り調べにして。海賊の襲撃は、私掠免状持ちなら誤解を解けば停戦できるだろうし、モグリなら殲滅で」
パッサーは方々から来る報告を、一つ一つ丁寧に仕分けていく。
旗艦に勤務する他の乗員も、パッサーの判断を仰ぐほどじゃないものを預かって対応している。
その働きっぷりは、言い換えれば、分散配置した小隊の活躍の証である。
「ちゃんと機能はしているようだな」
「こんなに大忙しが続くと、過労で倒れるんじゃ?」
まだパッサーが艦隊を実際に運用して、数日しか経っていない。
慣れていない部分があって、作業にてんやわんやなのは仕方がないことではある。
時間をかけて忙しさに慣れろ、と言うことは簡単ではある。
しかしドーソンの仕事は、残り数日しかない時間の中で、傭兵たちを最低限でも確り働けるようにすること。
いまの状況を放置して、後々に崩壊されてしまったのでは、教育を任されたドーソンの落ち度となりかねない。
そのため、ドーソンはパッサーに打開策を伝えることにした。
「おい、パッサー。人工知能艦が僚艦にあるだろ。それに手伝ってもらえ」
ドーソンの行き成りの意見に、パッサーは作業の手を止めて振り向いてきた。
「ええー。人工知能に?」
酷く嫌そうな顔での返答に、ドーソンは首を傾げる。
「人工知能といっても、少し賢い電脳のようなものだ。使えるものを使わないと、この先ずっと忙しいままだぞ?」
「忙しさが、ずっと……」
その状況は嫌なのだろう、パッサーの表情にあった嫌悪感が薄らいだ。
「それで、どうやって人工知能艦を使うんで?」
「簡単だ。パッサーの仕事ぶりを、その人工知能に覚えさせろ。お前の判断基準を、人工知能が十二分に学習した後は、仕事を丸投げできるようになる」
ドーソンの説明に、パッサーは考え込む。
恐らく、長らく禁忌とされていた人工知能を活用することへの葛藤と、仕事が楽になるという利益の間で迷っているのだろう。
しかし人工知能の活用は、既に人工知能艦として艦隊運用に組み込んでいる。
パッサーの思考の天秤がどちらに傾くかは、明らかだった。
「じゃ、じゃあ意見に従い、仕事の仕方を覚えて貰おうかなー」
後ろ暗さを感じているような声色ながらも、パッサーは僚艦の人工知能艦を呼びつけて、その艦にいる人工知能に自身の仕事ぶりの観測を行わせた。
数時間学ばせた後に、人工知能に仕事を割り振り、その仕事のやり方を提案させる。その提案が真っ当ならやらせてやり、不当ならパッサーが訂正してからやらせる。
人工知能に判断を学ばせるという作業があるため、一時的にパッサーの仕事量が増えている。
しかし人工知能が学べば学ぶほど、パッサーの仕事量が徐々に減少していっている。
このまま進めば、ドーソンが与えられた教育期間が終わる前に、パッサーは人工知能の強力に下で艦隊を健全かつ楽に運用できるようになる。
「ま、どうにかなったかな」
1ヶ月という短い時間で、海賊上がりの傭兵をまともに艦隊運動できるようにするという仕事は、どうにか終わりの目処がついたのだった。