114話 思惑色々
傭兵同士の模擬艦隊戦は、有り体に行ってしまえば、凡戦でしかなかった。
工夫もなく正面衝突をしたかと思えば、付け焼刃が丸わかりな戦法を失敗し、艦隊が崩れ出したら引いて再編することを繰り返している。
「フィデレの方も同じ感じなのは、他の傭兵に合わせてのことか?」
ドーソンは、フィデレならもっとやれると思っているので、首を傾げる。
フィデレは企業側の人間で、『コースター』の内情を調べるためにいる。
その情報収集のために、ある程度は傭兵の中で良い位置に居たいからこそ、取りまとめ役の1人になった。
そういった裏の事情を知る人間からしてみれば、この艦隊運動の拙さは、彼の能力に見合っていないという印象しかない。
「模擬戦だから、手を抜いたところで死人がでるわけじゃないからな」
しかしドーソンは、それでは困ると、フィデレに通信文を送ることにした。
『模擬戦なのだから、もっと色々と試せ』
文面事態は真っ当だ。
しかしフィデレは、ドーソンが正体に感づいていることを知っているため、文面の裏を読むことができるはず。
そんなドーソンの期待に応えてか、フィデレが指揮する方の艦隊の動きが変化した。
艦隊が再編されて、球形の陣形を取ったのだ。
「球鱗陣とは、なんとも渋いことを」
地上での戦で『魚鱗陣』と呼ばれていた戦法を、宇宙用に組み直したものが『球鱗陣』だ。
行うことは魚鱗陣と同じで、全部隊を球面に沿う形で順々に移動させ、矢面に立つ全面に位置した艦艇だけが砲撃を行う。
この陣形の利点は、絶え間なく砲撃を続けられること、陣形の後ろ側まで移動した時に休憩と艦の修復の時間が取れること、艦が常に移動しているため被害が分散されて艦隊の崩壊を緩やかにできることだ。
しかし弱点もある。球形の陣形で前面だけが攻撃する関係上、球の後ろ部分の艦からの攻撃がないため、実質的な打撃力が全艦隊の半分しか発揮できないこと。そして打撃力の低さを継続的な連続攻撃で補う必要があるため、球形に沿って移動する艦隊運動と合わせて、かなり難易度が高いことも。
実戦で使うにはかなりの訓練が必要な陣形なので、それなら他の簡単で効果の高い陣形を学んだ方が良いと、だいたいの指揮官が考える、そんな陣形。
だが、フィデレが模擬戦で使うには適度な戦法であることも事実だった。
「打撃力の低さと艦隊運動の難しさで、フィデレの艦隊は陣形維持で手一杯になる。そうなると必然的にパッサーの艦隊への対応力が下がり、結果的に手加減した戦いになるわけか」
上手いことを考えるものだと感心しつつ、ドーソンはパッサーにも通信文を送る。
『海賊上がりなら、海賊で得た経験を生かせ』
詳しいことはなにもない助言。
しかしそれがパッサーには合っていたのか、文面を送った直後に、艦隊の動きが変わった。
今までは艦隊をひとまとめに動かしていたが、幾つかに分割した隊を作り、その隊たちが勝手に動き出した。
どうやら多くの艦艇を操り切れないと判断して、部下に幾らかの艦艇を預けて運用させるようだ。
その判断は、パッサーの艦隊には有効だったようで、一気に艦隊の動きが良くなった。
『それじゃあ、勝手にやらせてもらうぜ!』
『他のヤツに遅れるな! 進発だ!』
『他を囮に、良いところに食いつくぞ!』
パッサー艦隊の通信量が増加し、怒声とも指示ともつかない言葉がやり取りされている。
聞くからに海賊っぽい言葉が連続しているが、艦隊の動きは『軍隊の真似』をしていたときに比べて、実に生き生きとしている。
「分散攻撃なんて、本当は褒められたもんじゃないけどな」
ドーソンが呟いた通り、パッサー艦隊は幾つかの隊に分裂している。その分裂した隊が、ぞれぞれの判断で行動しているため、大群のフィデレ艦隊にいくつかの小群が突きに行っているようにしか見えない。
戦略の常識から考えると、こういった戦力の分散は悪手だとされている。各個に撃破される危険があるからだ。
しかし戦術を操る手が巧みであれば、悪手は妙手に変わるもの。
そしてパッサーを始め、傭兵たちの多くは海賊出身で、小部隊での襲撃に慣れている。
下手に大部隊で運用するよりも、慣れた小部隊での活動の方が有効に戦力を使えるのは道理でもある。
つまるところ、パッサーの悪手に見えた方針は、その実が海賊上がりの傭兵たちを十全に使うには最も適していた。
『はははー! ぐるぐる回っているヤツを叩くなんて始めてだぜ!』
『殴って離脱。殴って離脱。海賊とやることは同じだな!』
『獲物を回収しない分だけ、傭兵のほうが楽だな!』
慣れ親しんだ行動で調子がでてきたからか、パッサー艦隊の士気が上がっている。
逆にフィデレ艦隊は、小難しい艦隊運動をしなければならないからか、動きが鈍い。
「フィデレはここから巻き返すのか。それとも負けることを良しとするのか」
ドーソンは興味を持って観察していたが、結局フィデレ艦隊はそのまま全滅判定まで追い込まれて負けてしまった。
パッサー艦隊は模擬戦の勝利に喝采を叫び、フィデレ艦隊は負けたことに意気消沈している。
そんな中で、フィデレは自艦隊の面々に「負けたのは自分の所為だ」と謝罪する通信を送っている。
律義なことではあるが、軽々しく頭を下げると、傭兵たちから侮られる心配が出てくる。
「侮られて、取りまとめ役の交代を求められても、それはそれで良いと考えてそうだな」
フィデレの行動は、戦略盤のときから、終始一貫して2番手を目指しているもの。
そう考えると、艦隊責任者になっている今の状態よりも、誰かに責任者の席を譲って副責任者あたりに落ち着きたいと、そう企んで行動してもおかしくはない。
「本来なら目立たない位置にいたいんだろうが、きっと企業側からの要請なんだろうな」
スパイとして『コースター』の情報収集を行いながらも、時期が来ればシンパの傭兵を抱え込んで『コースター』を手中に収める。
その両方の仕事を満たすには、傭兵たちの上に立ちつつも、最上位にはいない方が都合が良い。
「意図は分かるが、有能な者を遊ばせておくのも、それはそれで損失だからな」
ドーソンは新たな企みを作り、フィデレを傭兵たちの取りまとめ役に留めるように動くことにした。