112話 艦隊運動、訓練中
2人のまとめ役が決定したので、彼らを中心にして傭兵たちに艦隊運動を叩き込んでいくことになる。
その活動を始める前に、俺は俺でジェネラル・カーネルから別の用件を言い渡されていた。
『企業が製造した人工知能艦隊の熟達を行って欲しい。エイダたちの経験があるのだから、簡単なことだろう?』
ドーソンは面倒くささを感じはしたが、傭兵たちの訓練に使えるからと、その要請を引き受けることにした。
こうして、傭兵艦隊と企業製の人工知能艦隊とによる、模擬戦が行われることとなった。
「まあ、最初はコテンパンにしてやるとしようか」
ドーソンは人工知能艦隊の旗艦に、オイネとマコトと共に乗艦し、指揮を行うことにした。
この艦は、どうやらSU宇宙軍の艦艇をそのまま流用したようで、アマト皇和国製の人工知能艦とは違い、生命維持に必要不可欠な装置は付けられたまま。
だからドーソンたちは、宇宙服は見に付けているものの、ヘルメットのバイザーを上げて喋ることが出来ている。
「コテンパンって、傭兵たちは戦略盤を攻略したんですよ。ある程度の艦隊戦の戦略は身についているのでは?」
マコトの疑問に、ドーソンは首を横に振る。
「戦略盤で操る艦艇は、いい意味でも悪い意味でも、指示通りに動いてくれる。しかし実際の艦隊は、そうはいかない。その電子と現実のギャップを、傭兵たちには思い知る必要がある」
ドーソンがそう告げたところで、艦隊による模擬戦が始まった。
ドーソン率いる人工知能艦隊と、傭兵たちの艦隊が、模擬戦設定の砲火を交える。
低威力の荷電重粒子砲が交換され、信管を不動にした魚雷が飛び合う。
『バカ野郎! 勝手に飛び出すんじゃない! そっちは勝手に逃げるな!』
ギャンギャンと、傭兵たちの取りまとめ役になった男性の声が通信に乗って響いてくる。
「早速、傭兵たちの聞かん坊に手を焼かされているようだな」
「でも、通信内容の割に、傭兵艦隊の動きは良いように見えますよ」
オイネの疑問に、ドーソンは頷く。
「通信に乗っている声は、最初に戦略盤を攻略した傭兵のものだ。一方で、例の企業から出向しているという裏をもつ、例の傭兵の声はない」
「実際の指示出しは、あの歳上の傭兵がやっているわけですね」
「この通信だって、こちらの油断を誘うために、あえて慌てっぷりを流しているんだろうしな」
「でも全波帯通信ではなく、一応は暗号通信化されていますけど?」
「暗号たって、≪チキンボール≫の海賊が使っていた暗号パターンだぞ。同じ海賊である俺を相手に使う通信暗号じゃない」
「なるほど。暗号の体を取ってはいても、実質的には全波帯通信であるようなものですね」
ドーソンの予想が正しければ、中々に例の傭兵は狡猾だ。
「何て名前だったか、あの傭兵は」
「傭兵として登録されている名前ですか? それとも企業の方でのですか?」
「俺とは傭兵としてしか関りがないだろうからな、そっちでいい」
「それだと――フィデレ・エスピネですね。一応、SU支配宙域の貧乏家庭で生まれ、商船に雇用された後に、海賊に襲撃されて捕虜となり、そのまま海賊に。そこから企業のSUからの独立の際に、海賊を辞めて傭兵にという流れの経歴になってますね」
「実際は、裕福な家庭の出身で、企業の戦闘部門に所属して暮らし、その腕前を買われて『コースター』に潜り込ませる人員にしたわけだよな」
「『コースター』の傭兵の中に、企業の影響力を打ち込むことが狙いで、その狙いは果たされつつありますね」
実際、フィデレという名の例の傭兵のお陰で、傭兵艦隊がまともに機能しているため、欠かせない人員となっている。
「もう片方の取りまとめ役――名前は確か、パッサーだったか。あっちの活躍を期待したいところだが」
「通信内容を聞く分だと、新米士官未満の実力しか今はないようですよね」
オイネの厳しい言葉に、なぜかマコトがムッとした声で反論してきた。
「新米士官をアレと比較しないで欲しいんですが。士官学校を出た人なら、アレよりは各段にマシです」
「ああ、御免なさい、マコト。このオイネが言っている基準は、アマト皇和国の士官ではなく、SU宇宙軍の方なんです。SU宇宙軍だと、アレと比較できるぐらいの能力なんですよ、新米士官は」
オイネの切り返しに、そういうことならとマコトが矛を収める。
2人の掛け合いに、ドーソンは笑みを漏らしつつ手元で作業を行う。
その作業を、マコトが横目に眺めている。
「しかし先輩って、器用ですよね。画面上の操作で艦隊運動を指示するだなんて」
「やっていることは、戦略盤と変わらないぞ」
「確かにそうですけど、いやいや、それにしてもですよ」
マコトの言葉の通り、ドーソンは手元の空間投影型のモニターに手を這わせて、人工知能艦隊へと指示出しを行っている。
その姿は、まるでゲームで遊んでいるかのようだ。
しかし実情はというと、人工知能艦隊が傭兵艦隊を押しつつある様子から、ドーソンの指示出しは的確であると分かる。
「こっちが扱っているのは人工知能たちだからな。下手に言葉で伝えるよりも、こうやる指示出しの方が対応が早いんだ」
「でも、言葉での指示の方が、細やかな動きができるんじゃないですか?」
「それはその通りだが、そういった動きが要求されないよう動けば良いだけの話だろ?」
ドーソンの何気ない返答に、マコトは閉口してしまう。そうできてしまうドーソンの存在が稀なのだと。
マコトは自身を喪失しかけながらも、話題を転換する。
「傭兵艦隊の動きは、先輩から見てどうなんです?」
「んー、まあ、良くはやっているな。ただし、傭兵たちの長所を生かしきれていない点はマイナスだな」
「傭兵の長所ですか?」
マコトが思い当たらないと首を傾げると、ドーソンは淡々と説明を始める。
「傭兵の長所は、個々人の戦闘能力の高さだ。奴らは元は海賊だからな。相手を襲うことと逃げ足に関しては、並みの艦隊よりも長じている」
「その長所を生かしきれていないと?」
「そうだ。仮に俺が傭兵艦隊を操るのなら、攻撃専用の部隊とその援護をする部隊に分け、攻撃部隊は勝手に暴れてもらい、俺は援護艦隊と共に尻拭いに徹する。その方が、流動的で面白い艦隊運用が出来そうだからな」
「……言うは易いですけど、それってかなり対応力が求められるんじゃ?」
「むしろ艦隊指揮官に対応力が求められない事態の方が少ないと思うが?」
ドーソンの認識を聞いて、マコトは肩を落としてしまう。
「先輩が幼年学校上がりながらに士官学校次席卒業者だってこと、改めて思い知らされました」
「はん。バカ皇子に主席を掻っ攫われたけどな」
「あの主席の方と比較している時点で、先輩は相当なんですけどね」
マコトがヤレヤレとやっていると、不幸なことに、傭兵艦隊の旗艦に砲撃が直撃して傭兵側の負けが確定した。