10話 釣果順調
SUの星腕宙道。
ここを通る全ての船の運航情報を、ドーソンは入手した。
そして、その情報をもとに、物資運搬船を次々に狙うことにした。
その方法は実に単純。
≪大顎≫号が装備している、駆逐艦の主砲だった荷電重粒子砲を運搬船の鼻先に放ち、コクーンを二つ放出しなければ撃沈すると脅すだけ。
ほぼ全ての運搬船が、コクーン二つぐらいで安全が買えるのならと、簡単に要求を受け入れる。
正直、入れ食い状態である。
ドーソンは二個のコクーンを回収し、海賊母船のハマノオンナへ売却し、また別の運搬船を襲うということを繰り返していく。
まさに濡れ手に粟な戦果である。
しかし、ここで疑問に思う者もいるだろう。
どーしてドーソンと同じ方法を、他の海賊が真似しないのか――もっと言えば、ドーソンが思いつくようなことを昔の海賊は思いつかなかったのだろうかと。
その理由は、ドーソンが星腕宙道で船を襲っているという一点につきる。
星腕宙道は、オリオン星腕で主要としている宇宙の道である。
そして主要と評されるだけあり、この道の安全を守るため、SU軍の艦船がひっきりなしに行き来している。
仮に船が海賊に襲われても、非常通信を入れるだけで、SUの軍艦がどんなに遅延しても30分以内にはやってくる。
海賊が船を襲い、船から物資を満足に奪い、空間跳躍で逃げるには、30分はかなりシビアな制限時間である。
それに30分ギリギリに逃げたのでは、実は逃げ切ることが難しい事実がある。
どこの軍艦にも空間跳躍追跡装置という物がついていて、跳躍した船の重量が大きければ大きいほど跳躍先を特定しやすいという特色を持っている。
つまり、船を襲って物資を多く強奪すればするほど、追跡装置から逃れられないという図式になっている。
そして一度軍艦に補足されてしまえば、海賊の船など一般船と大差ない紙装甲など、一撃で撃破されてしまう。
最大で30分の時間制限、空間跳躍追跡装置、そして軍艦の破壊力。
その三つが壁となるため、他の海賊たちは星腕宙道での海賊行為を行わないのだ。
しかしドーソンは、≪大顎≫号という特殊な構造の船を持ったことで、この三つの壁を突破していた。
駆逐艦の主砲という高威力武器で脅すことで、早々に運搬船にコクーンの放出を決めさせることができる。これで時間制限の問題をクリア。
≪大顎≫号は小型船で、奪っていく物資もコクーン二つと、かなり総重量が軽い。これほど軽量だと、追跡装置は正確な跳躍先を割り出せない。
SUの軍艦も、補足さえされなければ、いないも同然。すぐに跳躍で雲隠れできる≪大顎≫号なら、恐れるに必要がない。
こうして三つの壁を突破してしまえば、星腕宙道を航行する船は美味しい獲物の宝庫だった。
星腕宙道は安全だからと護衛を付けないし、星間脇道だと通れない超大型船がバンバン走っている。
海賊母船ハマノオンナに日帰りできる宙域に限っても、運搬船は大小問わなければ山のようにいるので、獲物に困ることがないわけだ。
だからドーソンが精力的に海賊稼業を行えば行うほど、私掠免状に紐づけられた口座の残高が面白いように増えていく。
しかしドーソンは、その口座の残高にあまり感心を示していなかった。
それもそのはずで、ドーソンは母国の軍事命令だからこそ、商船を襲ってSUの経済圏に混乱を起こすべく頑張っているだけだ。
海賊行為で得る金は、命令遂行についてくるオマケでしかない。
連日に渡って物資運搬船を襲っていることも、次の段階への布石でしかない。
ドーソンは10日間の精力的な狩りを終え、海賊母船ハマノオンナの桟橋に≪大顎≫号を係留して、本格的な休憩を――生活に必要な物を詰め込まれた狭い船長室、そのベッドで睡眠をとっていた。
十二分に睡眠を獲り終え、自動調理機が作る完全栄養食をモソモソと食べていると、オイネから報告がやってきた。
『ドーソン、いいですか。海賊さんから通信を求められているんですが』
「きたか。それで、どんな海賊だ?」
『ちょっと待ってください、ハマノオンナのデータベースで照合します――見つけました。ドーソンと同じ新米ですね。所有船は、小型の隕石採掘船に熱戦砲を二門取り付けた≪ゴールドラッシュ≫号が一隻。登録乗員数は5名です』
「了解だ。ブリッジで通信を受ける」
ドーソンは船長室からブリッジに移動すると、白黒の仮面をつける。そして身振りで、オイネに通信を繋げるようにと指示した。
すぐに物理モニターが映像を結び、画面に愛想笑いを浮かべている中年の男が映し出された。
「こちら≪大顎≫号の船長、ドーソンだ。用件はなんだ?」
ドーソンが早速切り出すと、モニターの中の中年男は愛想笑いを続けたまま口を開く。
『うへへへっ。ドーソンさん。あんた、最近良い調子だそうじゃねえですか。そのご相伴に、預かりてえと思い、こうして連絡しているんで』
「ご相伴、ねえ。もっとハッキリ言ったらどうだ。俺の仕事のおこぼれを貰いたいってな」
ドーソンが毒舌を吐きつけると、中年男の眉間に苛立った皺が出た。
『あ、アハハハ。いやいや、おこぼれなんて、そんなそんな』
「勘違いしないで欲しいが、別に悪いとは言っていない。正直、こちらも仕事を手伝ってくれるのなら、手伝ってもらいたい」
『へっ?』
「そちらが知っているかは知らないが、俺の≪大顎≫号は積載量に余裕がない。だからコクーン二つなんて、しみったれた量しか奪えない。そっちが荷物持ちしてくれるっていうのなら、手間賃を払うぐらいはしてやる。それと足りていない装備については購入してもらうが、金がないなら借金という形で都合してやっても良い」
『そ、そりゃ、本当か!?』
「装備が不完全だからと、こちらの足を引っ張られてはたまらん。海賊稼業を万全にこなすための先行投資だ。まあ、借金は働きで返してもらうし、もしも踏み倒す気でいるのなら宇宙の塵になる覚悟はしてくれ」
ドーソンの冷たい物言いに、中年男は生唾を飲み込んでいる。
『えへへへっ。借金の踏み倒しなんてしませんぜ。あんたがポンと金を貸してくれるってことは、その借金以上に稼げるってこったろ。そんで借金を払い終えれば、あとは金は貯まる一方だ。そんな美味しい話、多少の金で捨てるには惜しいですぜ』
「物分かりが良くて助かる。では、お前の船に足りない物を付け足した後、すぐ仕事に入ってもらう。いいな?」
『アイアイ、サー。この船――≪ゴールドラッシュは採掘船だ。積載量には自信がある。荷物持ちなら任せてくれ』
ドーソンは返事に適当な身振りをして、通信を切った。
「オイネ。≪ゴールドラッシュ≫の船の詳細データを出してくれ。エネルギー充填装置以外に要りそうな装備を知りたい」
『そう言うと思って、準備してますよ。これがデータです』
物理モニターに映し出された船の第一印象は、真っ直ぐに背を伸ばした手長エビだった。
頭の先には、短くて太い触覚に見える、折れた採掘用ドリルが一つ。船頭の根元から前方へと、鉱物収集用の長いロボットアームが二本伸びている。細長い胴体部分は全て貨物室で、胴体下の多足は大きな石片を掴んで運搬するための保持器。最後尾には尻尾のような平たい推進機がついている。
船体の装甲は、採掘作業中に小さな隕石の衝突が繰り返しあったのか、いたるところがボコボコで悲惨な見た目になっている。それこそ小型の熱線砲を頭頂部に二門備え付けたのは、へこんだ穴を二つ隠すためだと説明されたら納得しそうなほどだ。
「この貧相なエビがゴールドラッシュか。名前負けも甚だしいな」
『熱線砲および推進機の出力も最底辺。こんな装備では海賊なんてできないはずですが――他の海賊の荷物持ちや、ハマノオンナの周囲にある隕石を採掘して、糊口をしのいできたようですね』
「頭のドリルが折れて採掘が出来なくなり、荷物持ちとはいっても装備が貧弱すぎて他の海賊に嫌わわるようになり、進退窮まって俺に通信を入れてきたってところだろうな」
『こんな船で海賊稼業を生き延び、窮地の中でドーソンに目を付けてますから。見る目がないわけじゃなさそうですね』
「見る目があろうと、こんな貧弱な船じゃあな。≪大顎≫号に随伴してもらうからには、推進装置の交換とエネルギー充填装置の追加は必須だ。デッドウェイトになっているドリルの取り外しも必要だ。海賊母船での装備の購入と船体の改造となると、かなりの金が飛ぶな」
『ハマノオンナの桟橋は、簡単な改造に対応してます。追加料金を払えば、ロボットアームで改造を手伝ってくれます。まあ宙外作業なので、品質や安全性はお察しになっちゃいますけどね』
「作業工程が短くなるよう、あらかじめ手順を作っておくか」
こうしでドーソンは、新たに荷物持ち船≪ゴールドラッシュ≫を手下に加えて、貨物運搬船を狙う海賊稼業に勤しむこととなった。