111話 取りまとめ役、決定
戦略盤を渡して1週間が経過した。
この前日から、傭兵たちの戦略盤へと取り組み方が大きく変化していた。
個人で戦略盤を攻略しようとしているのは、例の有能そうな傭兵ただ1人。
他の個人で攻略を使用としていた人たちはというと、諦めて他のことをやりだした。その多くは操艦のシミュレーターでの腕前磨きをしている。恐らく、誰が傭兵の取りまとめになっても活躍できるように、今から備えているのだろう。
逆に、多人数で集まって攻略しようとしていた人たちは、1つの大集団と化していた。
その大集団の中で、3人が主体となって戦略盤を攻略しようとしていて、1つ失敗するごとに全員で意見を出し合って少しでも攻略を進めようと頑張っている。
「大人数で集まっての話し合いだと、『会議は踊るされど進まず』ってことになりそうなもんだが」
「なんでか、上手く行っているようですね」
オイネも不思議そうにするが、マコトは違う意見だった。
「たぶんですけど、攻略者が3人いるからじゃないですかね」
「どういう意味だ?」
「ほら、話し合いで意見が分かれることってあるじゃないですか。そのどれが正しいかで議題は紛糾するものですけど、3人いれば3通りの事が試せますから」
「なるほど。とりあえず出た意見をやってみて、有効そうなものを見つける。それを繰り返すことで、攻略を進めているわけか」
ある種の人海戦術といえる攻略法に、ドーソンは関心する。ドーソン自身では、絶対に思いつかない攻略法だからだ。
「意外とこういう試行錯誤の方が、良い戦法とか抜け穴とかを見つけるんだろうな」
「ドーソンみたいに、友人が少ない人だと、出来ない方法でもありますしね」
「おい、オイネ。俺だって友人はいるぞ」
「士官学校では同期はいても、友人はいなかったと情報にはありますよ?」
「士官学校ではなく、その前の幼年学校の頃はいたんだよ」
そんな話をしていると、『ドギャバーン』と派手な電子音が高らかに鳴った。
ドーソンたちが音のした方を見やると、傭兵たちの集団の中にいる攻略者の1人の持つ戦略盤が音を奏でていることが見てとれた。
そしてその戦略盤を持つ傭兵が、最初は絶句した様子で、次に徐々に表情に喜色が沸き上がり、やがて爆発するように全身で喜びを露わにした。
「やったー! 攻略だ!!」
子供のように大はしゃぎする傭兵に、その周りの人たちも喜びが伝播したかのように嬉しそうな様子で祝福の言葉を浴びせかける。
「よくやったな! これでお前が、1人目の取りまとめ役だ!」
「皆で助言した結果なんだからな、それ忘れて偉そうな態度をとるんじゃねえぞ!」
ワイワイと傭兵たちが騒ぐが、その中でも他2人の攻略担当の傭兵は我に返って戦略盤を再起動すると、攻略を成した人と同じ方法で操作し直し始める。
取りまとめ役の席は、もう1つある。
その1つに、もう片方よりも先に滑り込もうと、戦略盤をミスしない内で最高速で操作していく。
やがて2人の操作も佳境となったところで、再び盛大な電子音が部屋の中に鳴り響いた。
果たして、どちらの戦略盤がと目を向けそうになるが、音の発生元はそことは別の場所。
ドーソンたちや傭兵たちが音のする方へ視線を向けると、1人で攻略を頑張っていた例の傭兵が戦略盤を掲げ持っていた。
「悪い。2人目の取りまとめ役は、俺のようだ」
その傭兵の宣言に、他の傭兵たちは呆気に取られた顔をしていたが、次の瞬間には納得した顔が広がった。
「まあ、アンタなら当然か。たくさん、こっちに助言もしてくれていたしな」
「むしろ1人目じゃなかったことが意外だと思うべきだったな」
傭兵たちは、どうやら例の彼が取りまとめ役になることに不満はない様子だった。
ともあれ、こうして2人の傭兵たちの取りまとめ役が決定した。
ドーソンは、取りまとめ役2人を傭兵たちの代表者として、ジェネラル・カーネルと面会させることにした。
「そうか。では企業からの依頼は、この2人に伝えることにしよう。2人とも、頑張るように」
ジェネラル・カーネルの作り笑顔での激励に、傭兵2人は緊張した面持ちで了解の敬礼を返した。
その後の道すがら、ドーソンは2人に更なる試練を伝えることにした。
「お前たちは戦略盤によって、艦隊を指揮する能力が十二分に育った。これからは、実際に傭兵たちの艦隊を動かすことに慣れてもらう」
ここで言葉を区切ると、2人にそれぞれ一秒ずつ視線を向けた。
「その訓練のために、2人のうち、どちらが上に立つかを決めなければならない。どちらにする?」
取りまとめ役となった2人に、お互いのどちらが上司になるかを決めろという、意地悪な質問。
最初に戦略盤を攻略した傭兵は、咄嗟のことに言葉が言えない様子。
しかし、ドーソンが優秀そうと目をつけていた方は、あっさりと発言してきた。
「そういうことであれば、最初に攻略した者が上に立つべきだ。大勢の傭兵からの信任もある。適任だろう」
まさか推薦されるとは思ってなかったのか、最初に攻略した傭兵が目を丸くして驚いている。
確かに折角傭兵のトップに立つチャンスを不意にするような言葉ではあったが、ドーソンはそう言ってくることを予想済みだった。
「そういう意見なら、そうしよう。どうせ、そっちは拒否しないんだろ?」
ドーソンが確認のために言うと、最初に攻略した傭兵は勢い良く首を縦に振った。
「もちろんだ。俺が傭兵たちのトップになる」
「分かった。では、頑張ってくれ。お前が、傭兵艦隊の艦隊長だ」
艦隊長という言葉の響きに、その傭兵は感極まった様子で打ち震えている。
感動で自失しかけているその者を放置して、ドーソンはもう片方の傭兵に顔を近づける。
「この状況を予想して、あえて2番目になるように戦略盤を攻略したのか?」
「……なにを言っているのか。2番目になるような実力だっただけのことだ」
惚けてはいるが、惚け切ってはいないような言葉遣い。
ドーソンは彼の真の身分を知っているため、そんな言葉遣いをする意味も良く理解していた。
「大変だな。企業からの出向というのも」
「……なんのことだか、俺にはよくわからないな」
「そう警戒するな。俺の役目は傭兵たちの教育だ。それ以外のことは、どうでもいい。クレジットにならないからな」
ドーソンが海賊らしい意見を口にすると、目の前の傭兵は疑念と納得が半々の顔つきになる。
ドーソンは誤魔化すように彼の肩をポンポンと叩くと、戦略盤を攻略した祝いにと、傭兵たちに残りの時間は自由にするようにと伝えて、オイネとマコトを連れて去っていった。