110話 傭兵の変化
電子戦略盤を渡した、次の日。
この日も、傭兵たちは電子演算室で戦略盤の攻略に精を出していた。
「くそっ。どうしてこうなるんだ!」
「良い調子だと思ったのに!」
傭兵の嘆きを聞き流しながら、ドーソンは仮面をつけた状態で部屋の片隅に座りながら、傭兵たちの様子を観察している。
部屋の中を見回すと、傭兵の様子は2種類に分別することができると気づく。
片方は、個々人で攻略しようと頑張っている傭兵。
もう片方は、何人かで集まって、協力して攻略しようとしている傭兵たち。
集まっている方を更によく観察すれば、その中で攻略盤を手にしている傭兵は1人だけで、他の面々は口出しに徹している。
どうやら戦略盤を持つ人をリーダーとして定めて、その他は補助に徹しているようだ。
「一足先に配下になっておくことで、リーダーが傭兵の取りまとめになった後で便宜を図ってもらおうってことだろうな」
ドーソンは小さく声を零しながら、ある人物を探すために視線を巡らす。
その人物とは、先日に傭兵たちの腕前を電子戦略盤で確かめた際、一番最後にドーソンに挑んできた傭兵である。
あの傭兵なら、戦略盤の攻略で周りの傭兵よりも一歩先んじているのではないかと考えて、ドーソンは探しているわけである。
視線を巡らしていき、目当ての傭兵を見つけた。
しかしその彼の様子は、ドーソンに疑問を抱かせた。
「周りに誰もいない?」
先日の戦略盤で、あの傭兵は傭兵たちの中で一番の成績を叩き出した。
言い換えるなら、他の面々よりも実力が頭一つぶん抜きに出ているということ。
それほど優秀な者だからこそ、戦略盤を攻略する最有力候補と目されて、未来の取りまとめ役に取り入るべく他の傭兵たちが集まってきてもいいはずだ。
しかしながら、件の傭兵は1人で戦略盤に向かい、あれこれと試行錯誤している。
理屈が合わないことに、ドーソンが観察を続ける。
その傭兵は戦略盤を操作しつつも、他の傭兵が意見を求めてきた際には、出し惜しみなく意見を告げているようだ。
ドーソンの位置からでは何を話している釜では聞こえないが、相談を持ち掛けた方の顔つきが明るくなったことから、傭兵が告げた意見は的を得ているのだと伺えた。
自身一人だけで戦略盤に向かい合いながら、他者の手助けもする。
その行動の意図を、ドーソンは理解した。
「戦略盤は自分だけの力で攻略したいが、後のことを考えて他の傭兵に戦略を教えることで恩も売っておく。中々にやり手のようだ」
今の段階で味方を囲っていないのも、後々に彼が傭兵の取りまとめに成った際には利点となり得る。
海賊から転向した傭兵たちの能力は玉石混交だ。全く使えない奴もいれば、きらりと光る才能を持つ者だっている。
いま集まって戦略盤を攻略しようとしている連中のリーダーが、その才能ある者だ。
そういった才能ある者を、傭兵の取りまとめになった際に使おうと考えるのなら、現段階で他の傭兵を集めておくことは悪手だ。
なにせ、いま集めた傭兵には自動的に『戦略盤の攻略を手伝った』という恩義が発生し、後の傭兵活動ではその恩義を贔屓という形で報いないといけなくなる。
仮に他に有能な者がいたとしても冷遇しなくてはならず、事前に集めた傭兵がどんなに無能でも重用しないといけない。
そうした無能者が上に立つ状況は、組織運営においては害悪でしかない。
その状況を予防するためには、自力で戦略盤を攻略できる公算があるのなら、現段階で傭兵を集めることは止めておくことが無難だ。
件の傭兵が更に巧みなのは、戦略盤の攻略法を尋ねられた際に、惜しげもなく方法を教えている点だ。
ああして教える立場になることで、自然と他の傭兵から一目置かれるようになる。その上、教えた恩を後々に返してもらうことが出来る。
攻略法を教えてしまっては、先に他の者が攻略してしまうのではないかと危惧はあるが、そうなっても問題はない。
もし仮に、あの傭兵以外の者が取りまとめ役になった場合でも、その取りまとめ役はあの傭兵を頼りにすることだろう。教えて貰った恩からか、その戦略の知識を有効活用しようと考えてかはさておいて。
つまるところ、件の傭兵は自分が戦略盤を攻略できても出来なくても、後々の展開が自分の有利に働くよう動けているわけだった。
中々な有能ぶりだが、ドーソンはその点が気になった。
「……背後関係を洗っておくか」
あまりにもそつのない行動に、ドーソンは傭兵っぽくない――もっと言えば、海賊上がりっぽくないと感じた。
その周りに味方を増やして敵を作らないような動き方は、平民出身というよりかは貴族的な生まれのように感じた。
「アカツキとか、ああいった動きが得意だったしな」
もしもアカツキのような良い生まれの人間なら、どうして海賊をやっていて傭兵に身分を変えたのかを知る必要がある。
ドーソンは、傍らで静かに座っていたオイネに視線を向け、身振りで件の傭兵の事を調べるように伝えたのだった。