109話 シゴキ
傭兵たちの実力を把握して、ドーソンは早速指導に関する方針を固めた。
ジェネラル・カーネルに連絡を取り、携帯版の戦略盤を傭兵の数だけ購入。その後で、オイネと共に対人戦のプログラムを変更した。
そうして次の日に、傭兵たちに改造した戦略盤を1人に1つずつ配った。
「その戦略盤のプログラムに勝つことが、最初の目標だ。目標が達成できるまで、お前たちの給料は半分になる」
ドーソンの爆弾発言に、傭兵たちは気色ばんだ。
「どういうことだ!」
「そうだ、勝手に給料を減らすだなんて!」
傭兵たちの猛抗議に、ドーソンは仮面越しに冷たい視線を送った。
「勘違いするな。給料が減るのは、俺の所為じゃない。お前たちの所為だ」
傭兵たちが何かを言う前に、ドーソンは理由を説明する。
「お前たちに払われている給料は、ちゃんと艦隊戦も出来ると見越してのものだ。だが、その戦略盤のプログラム程度に勝てない能力しかないのなら、その艦隊戦が出来ない分の能力給が差っ引かれるのは当然だろ?」
ドーソンの意見は真っ当なもので、傭兵の内の数人は納得したようだった。
しかし大部分の傭兵たちは、この決定に不服そうだった。
「だからって、何も相談せずに給料を減らすなんて!」
「俺に文句を言われても困る。決定したのは会社の社長であるジェネラル・カーネルだしな。それに次の給料日までに戦略盤を攻略できれば、給料は元のまま払われるんだ。問題はないと思うがな」
ドーソンは正論で殴りつけつつも、傭兵たちに甘言を与えもする。
「これは言ってなかったが、その戦略盤を1番目と2番目に攻略できた奴は、傭兵たちの取りまとめを担ってもらうんだそうだ。取りまとめになるからには、もちろん給料も上がるだろうな。俺やジェネラル・カーネルに文句を言っている間に、誰かがその1番か2番にならないといいな」
ドーソンの説明の締めくくりは、傭兵たちに劇的な態度の変化を生み出した。
それもそうだろう。給料が減ることに苦情を言っていた連中だ。給料が上がる手段を目の前に提示されたら、その手段に邁進するのは目に見えていた。
傭兵たちは渡された携帯版の戦略盤を起動させると、我先にと攻略に乗り出した。
しかしそこは、一晩だけとはいっても、ドーソンとオイネが変更を加えたプログラムだ。難易度は最難関で固定されているし、搭載されている電脳(CPU)の艦隊の動きも厭らしいものが多くなっている。
もちろん、制作者がクリアできない難易度だと意味がないため、ドーソンなら多少梃子摺るぐらいで攻略できるようになっている。
これは逆を返すと、アマト皇和国の士官学校の次席を取れる実力がない人だと、攻略は絶望的ということ。
そんな難易度の戦略盤を、海賊たちがクリアできるはずもなく。
「ぐあー。なんだこりゃ! 本当は人が操ってんんじゃないのか!?」
「ああ、そんなところに!」
「よし、よし、攻略に一番乗り――って、伏兵が!?」
海賊たちは戦略盤に熱中しつつも、絶望の悲鳴が上がっている。
誰も突破できなさそうな様子に、マコトは興味を注がれた。
「あの先輩。攻略盤に余りとかって?」
「あるぞ。どうせ、やりたいと言い出すと思ってな」
「やった。先輩、ありがとうございます」
マコトは戦略盤を受け取り、早速攻略し始めた。
そして最初の1回目を、あっさりとと敗北した。
「……先輩。初っ端に初見殺しって、意地悪じゃないですか?」
「無能教官や貴族連中が俺にやってきたことを参考にしてある。まあ難易度は調整してあるがな」
「あー。どこかで覚えがあると思ったら、なるほどです」
平民出身のマコトも貴族や貴族におもねる教官に意地悪をされた口なのだろう、戦略盤の難易度に理解を示した。
そして、その理解の分だけ戦略盤のCPUが取る行動が読めるようになったようで、あと一歩のところまで攻略が一気に進んだ。
「けっこう初見殺しが多いですから、あと10回ぐらいやれば突破できそうですね」
「傭兵たちの対応力を上げさせることが目的の1つだからな。理不尽な状況を体験し尽くせば、攻略の目が出るように作ってある」
「いわゆる、死にゲーってやつですね」
「実戦と違って、電子上では失敗しても死なないんだ。何度でも失敗して覚えればいい」
ドーソンはそう言うが、士官学校を卒業したマコトですら傾向を掴んだうえで10回も失敗しないと、攻略成功できない戦略盤だ。
傭兵の中でも、堪え性のない者たちが早々に音を上げた。
「やってられるか! 海賊から傭兵になって、楽して稼げると思ったのに!」
「止めだ、止め! こんなモンやりつづけたら、頭がおかしくなる!」
戦略盤を手放した傭兵に、ドーソンは言葉を放つ。
「止めることは構わないぞ。お前らが、自分自身が他人に顎で使われても気にしないって言うのならな」
「んだと!?」
「さっき言ったよな。この戦略盤を攻略した1番目と2番目が、傭兵たちの取りまとめになると。もしもお前たちと仲が悪い奴が、その取りまとめになった場合。お前たちには、どんな役目が押し付けられるんだろうな?」
ドーソンが脅すような事を言うと、その傭兵たちは何人かの他の傭兵に視線を向ける。
どうやら本当に仲の悪い傭兵がいるようで、その連中が戦略盤の攻略に一生懸命なところを見ていた。
「……チッ、クソが。やればいいんだろ、やれば」
「あいつらに顎で使われるなんて、ゴメンだ」
放り投げた戦略盤を拾い直して、傭兵たちは攻略を再開させる。
それからしばらくは大人しく攻略を続ける傭兵たちの光景が続いたが、時間が経てば邪な考えを持つ者も現れてくる。
他者がどうやって攻略しようとしているのかを覗き見る行いは、可愛いものだ。
上手く攻略しようとしている人に突っかかり、そのコツを力づくで聞き出そうとする者も現れてきた。
ドーソンは仲裁することもできたが、傭兵たちの自主性に任せた。
この戦略盤の攻略者は、傭兵たちの取りまとめになるのだ。周りの傭兵の圧力に負けて攻略法を教えるような者は、取りまとめに相応しくないと判断したからだ。
それからもう少し時間が経つと、どうやら傭兵たちは自分たちの実力じゃ、どうあっても戦略盤が攻略できないと悟ったらしい。
では、どうするのか。
そこは海賊上がり。ないなら、ある場所から奪うように思考するようになっている。
戦略盤の場合なら、攻略法を知る人物から教えて貰えばいい。
ではその人物は誰かと言えば、ドーソンないしは、オイネということになる。
ドーソンが手練れということは分かっているため、傭兵たちの狙いは、共同開発者らしきオイネになる。
オイネの見た目は、十代半ばの少女のような外見だ。
羽交い絞めにして捕らえてしまえば、攻略法を知るための攻略本にできるし、ドーソンに対する盾にも使える。狙わない理由がない。
傭兵の1人が、休憩を取りに部屋を出る雰囲気を装いながら立ち上がると、何気ない歩調でオイネの近くへと歩いていく。
そして最接近したところで、その傭兵は両手を広げて抱き着きにかかった。
ドーソンもマコトも、その動きに反応できなかった。
いや、傭兵の動きを知っていて、問題ないと判断して反応しなかったのだ。
「痴漢は犯罪ですよ?」
オイネは忠告を言葉で放ちながら、傭兵の両手を広げてがら空きの顎に、飛び上がりながらの前蹴りを叩き込んだ。
「おごっ――」
傭兵は顎を下から蹴り上げられて、首の骨が折れるんじゃないかと思うほど大きく首を仰け反らせ、仰向けに倒れて失神した。倒れた傭兵の顎は、形が崩れた状態で急激に膨れ上がる。顎の骨が折れて内出血を起こしていた。
見た目が細いのに、大人の顎を砕く蹴りを見て、他の傭兵たちが震え上がる。
しかしドーソンは、オイネの体が戦闘用の躯体であると知っているため、このぐらいはできて当たり前だと分かっていた。マコトも、オイネが人工知能だと知っているので、当然体も機械だと分かっているので、全く驚いていなかった。
「まさか知恵熱を出しての脱落ではなく、骨折での脱落者が最初とはな」
ドーソンは呆れ果てた物言いをしながら、他の傭兵たちを睥睨する。
「このバカも、一応は『コースター』の社員だ。職務時間中に骨折したからには、治療を施す必要があるわけだ。それで、誰か救護室へと連れて行ってくれるヤツはいるか?」
その冷たい声に、傭兵たちは目を合わせないよう戦略盤に集中している。
ドーソンは、それなら仕方がないと言いたげな態度を周囲に見せてから、マコトとオイネに監視を頼んでから、失神している傭兵の足を掴んで救護室に運ぶことにした。
その部屋を出る間際に、振り返りながら傭兵たちに忠告した。
「あえて言っておくが、自分1人で攻略しなくてもいい。多人数で知恵を出し合って攻略しても構わないぞ。ただし、多人数で攻略するからには、攻略を成功させた際に誰を取りまとめにするかを相談しておけよ。攻略した後で血みどろの喧嘩なんてして、救護室をパンクさせるなよ」
ドーソンは釘刺しを行ってから、気絶している傭兵を引きずりながら救護室へと向かったのだった。