108話 実力判定
ドーソンはマコトとの一戦を終えてから、周囲の状況を見回した。
ドーソンとマコトが戦っていたのだ。電子戦略盤に注目している傭兵がいてもいいはず。
しかしながら、そんな人はほんの数人で、その他は艦艇や戦闘機のシミュレーターに集中しっぱなしだった。
「今日から艦隊運用について教わると、ジェネラル・カーネルから言われているはずだが……」
傭兵たちの態度に、ドーソンは今後の教育方針を固めた。
ドーソンはマコトとオイネを近くに呼び寄せると、周囲の傭兵たちに向かって声を張り上げた。
「おい、無能のクソども。お前らクズに、艦隊戦のイロハを教えろと言われてきた者だ。ヨロシクな」
ドーソンが喧嘩腰に言うと、血の気の多い傭兵たちが睨みつけてきた。
それをドーソンは鼻で笑って見せる。
「はんっ。お前らが、無能のクソでクズじゃなけりゃ、俺がジェネラル・カーネルに呼ばれることもなかったんだ。大して金にもならない面倒事を押し付けられて、こっちだって困ってるんだよ。無能のクソでクズじゃないって言いたいのなら、実力を示せよ。これでな」
ドーソンが電子戦略盤を指しながら挑発すると、近くにいた傭兵の1人が、ドーソンとは反対側の席に近づいて来た。
「これでお前を叩きのめしゃ、帰るってんだな?」
「出来るもんならな。ああ、いいや、ハンデをやろう。艦隊は同種同数、隊形を決めてから戦闘可能距離でスタート。実時間で5分、電子上で半日まで耐え切れたら、お前の勝ちにしてやるよ」
ドーソンの舐め切った言葉に、対戦相手に名乗り出た傭兵のコメカミに怒りの筋が浮かぶ。
「吐いた唾は飲まんとけよ」
「そんな汚い真似をする気はねえよ。で、始めて良いんだな?」
ドーソンは確認をとってから、先ほど告げた条件で電子戦略盤を稼働させた。
さて結論から言うと、1分も保たずに傭兵の艦隊はズタボロにされて負けになった。
「んな!?」
瞬く間に負けてしまった傭兵に、ドーソンは仮面越しに嘲りの笑いを向けた。
「あはははっ。自信満々に名乗り出てきたにしては情けない。同種同数の艦隊で戦って、実時間で1分――電子上ですら2時間も保たずに負けるなんてな。俺なら恥ずかしくて、外が歩けなるなるところだ」
「んだとぉ!」
「事実だろ。傭兵の代表者ズラしたくせに、ほぼ何もできなかった負け犬が。どの面下げて、他の傭兵たちの前に立とうってんだ?」
ドーソンが挑発を連続させると、その傭兵は腰の武器に手を伸ばそうとする。
それは怒りに任せた反射的な行動だっただろうが、武器を抜く前に手の動きが止まる。
だが、ドーソンが自身の熱線銃を抜いて突きつける方が早かったからだ。
「戦略盤で負けたから、実力行使に出る。その実力行使でも、俺に後れをとる。テメエは、本当に良いところがねえな」
「ぐぬっ」
傭兵は助けを求めようと周囲を見るが、他の傭兵たちは助けようとしない。というよりかは、使用と思っても出来ないでいた。
ドーソンの傍らにいるマコトとオイネが、それぞれの武器に手をかけながら、周囲を睥睨しているのだ。それこそ、下手な真似をすれば撃つと言いたげ――もっと言えば、見せしめの獲物を探している様子ですらある。
たった3人の行動に威圧されて、傭兵たちは動けなくなっていた。
その硬直状態を溶かすように、ドーソンは対戦相手だった傭兵に興味を失ったように顔を逸らし、他の傭兵に声を向ける。
「おい。俺こそはってやつはいないか? このクソがやったのと同じ条件で俺に勝てたら、そいつをジェネラル・カーネルに傭兵頭にしてやれと推薦してやるぞ」
ドーソンの発破に、何人かの傭兵の目つきが変わる。
現状『コースター』所属の傭兵は、ほぼ同じ階級である。それは雇われたばかりで、実力も手柄も示せていないためだ。
誰もが横並びの状況で、ドーソンに勝てたのならという条件はつくが、頭一つ抜け出すどころか他の面々の上の役職になれる絶好の機会を示されたのだ。
これで食いつかないようでは、海賊上がりの傭兵という貪欲者ではない。
「次はオレだ!」
真っ先に名乗り出た次の傭兵の挑戦を、ドーソンはまたもや実時間1分でズタボロにしてみせた。
「また、クソのクズか。まともなのはいないのか?」
「次に挑戦させてもらおうか!」
次から次へと傭兵たちが挑戦してくるが、そのどれもが1分ないしは2分で完敗となる。
10人の傭兵が敗退したところで、ドーソンが深いため息を、わざと吐いた。
「おいおい、マジか。俺はあえて同じ戦法を使い続けているんだぞ。ここまでの誰もが、その対策を講じていないなんて、馬鹿を通りこして間抜けの域だな」
ドーソンの苦言に、ここまでで負けた傭兵たちの顔が周知と怒りで赤くなる。しかし怒りに任せた行動は行えない。ドーソンだけでなく、マコトとオイネの警戒の目がある。動いたところで、逆襲されることは目に見えていたからだ。
その後もドーソンは、この部屋の中にいる傭兵たちを、次から次へと電子戦略盤でコテンパンにしてやった。
「おいおい。最長で耐えたのが、実時間で3分とか、本気か? ここに集まった傭兵どもは無能揃いなのか? これじゃあ、ジェネラル・カーネルが俺に『傭兵たちが使えないから艦隊戦のイロハを叩き込んでくれ』とお願いしてきたのも納得だな」
ドーソンの嘲りの言葉に、傭兵たちは怒りを見せずに意気消沈している。
どうやら負け続きの状況で、戦意どころか対抗意識すら失ってしまったようだった。
傭兵たちの鼻っ柱が折れた様子に、これで少しは教えやすくなったなと、ドーソンが満足する。
その時、また新たな傭兵が対戦相手に名乗りでてきた。
「お相手してもらっても?」
ドーソンが対戦相手を見ると、50代に見える渋い顔つきの男性だった。
若者が多く、行っても30代半ばの海賊ばかりを見てきたので、ドーソンは対戦相手の年齢に違和感を覚えた。
そして、もしかしたら海賊上がりではなく、他から流れてきた傭兵なのではないかとあたりをつけた。
しかし、相手の出自がどうあれ、ドーソンがやるべきことは変わらない。
「いいぞ。ほら、やるぞ」
ドーソンが再び電子戦略盤を起動させ、お互いに陣形を決定していく。
戦闘が始まるまで、お互いの陣形が何であるかは分からない。
しかしドーソンは、今の今まで使ってきたのと同じ、円錐状の強襲突撃陣形を選択した。
この陣形を選び続けているのには、相手を短時間で撃破するには最適だからという理由がある。更に付け加えると、強力な攻撃を放ってくる相手への対応は、艦隊運用の素人では難しいからだ。
強襲突撃陣形に対処するには、2通りの方法がある。
1つは、突撃してくる先に、分厚い防御陣形を敷いて防ぐというもの。
この防御方法は、艦隊を集結させるだけで行えるため初心者に易しい陣形と思われがちだが、実は違う。
厚い攻撃にさらされて崩壊しそうな場所を、的確に補修する必要があるため、状況に合わせた素早い対応力が必要なのだ。
だから艦隊運用の素人だと、どこからどう艦を融通して補修するかを判断できずに、結果として真ん中を食い破られて負けてしまうことになる。
もう1つは、突撃してくる場所をあえて空けて避け、その後に逆襲する、分散型という陣形。
敵の攻撃から艦隊を逃がした上で、敵艦隊を自艦隊のど真ん中を通らせるという、とても勇気のいる方法。
実は、こちらの方が素人向けだったりする。
なにせ最初に度胸を見せれば、後は通り過ぎた敵艦隊を後ろから追撃できるようになるのだ。艦隊運用の素人でも、敵艦隊を後ろから撃つのなら容易なため、大戦果を期待できる。
そして今までに戦った傭兵の多くは、防御陣形しかやってこなかった。
もちろん、ドーソンが1つの戦法しか使わないと表明してからは、受け止めてから包み込もうとしたり、横合いから叩くために別動隊を用意したりと、工夫はしていた。
しかし、包み込むためや別動隊を作ったりで艦隊の数を減らすと、艦隊防御の厚みはどうしても薄くなってしまう。
ただでさえ全艦隊を防御に費やしても、ドーソンの突撃は防げないのだ。
素人の思いつきで艦の数を減らす真似をしては、撃破されるまでの時間が短くなる以外の効果はなかった。
さてでは、今度の傭兵の場合はどうか。
ドーソンは期待を持って戦いが始め、開始直後に仮面の中で笑みを漏らした。
ドーソンは自艦隊の直線状にある敵艦隊が、道を空けて通過させようとしている光景を見たからだ。
「ここで初めて、分散陣形を試してくれる人が現れたか」
ドーソンは評価はしつつも、負けてやる気はなかった。
ドーソンの艦隊は敵の中央を高速で通過しつつ、周囲に砲撃と銃撃をばら撒く。少しでも敵艦隊の数を減らすために。
逆に傭兵の艦隊も砲撃をしてくる。しかしその攻撃の手は緩い。ドーソンの艦隊は傭兵の艦隊の中央を通過中だ。あまりに激しい砲撃や銃撃を行うと、同士討ちを引き起こしかねないからだ。
傭兵の艦隊運用の仕方に、ここでドーソンは失望感を抱いた。
どうせ同士討ちを避けるために、攻撃を手控えないといけないのだ。ここは砲撃を行うのではなく、次の行動のために準備を整えておくべきところだ。
ドーソンは傭兵の対応に不満を抱きつつも、自艦隊が傭兵艦隊の中を通過し終えた。
ここで傭兵の艦隊は、ドーソンの艦隊を通過させたため、陣形が四角ナットのような形態になっている。
この状態では、まともな攻撃も防御も出来ない。
そのため素早い再編が必要で――いまの状況だと、通過したドーソンの艦隊の背中を追うために即座の移動が必須だった。
しかし、直前までドーソンの艦隊へ反撃砲撃を行っていたことから切り替え難いのか、傭兵の艦隊の動きが鈍い。
「通過させると決めたのなら、艦隊の後ろ半分を転回させて後ろ向きにしておけよ」
そうしておけば、ドーソンの艦隊が通過した後で直ぐに追撃出来た。
しかし今から、えっちらおっちらと艦の向きを変えては、絶好の機会を逃してしまうことになる。
いやそれどころか、通り抜けた艦隊の逆襲に合う可能性も高くなる。
今まさに、ドーソンがやろうとしているように。
「期待外れだったな」
ドーソンは感想を呟きながら、突撃陣形を保ったままの自艦隊に反転軌道を取らせて傭兵の艦隊へと突っ込ませ、その四角ナットの陣形の右側の面を強襲した。
全艦隊で突撃するドーソン艦隊に対して、傭兵艦隊は戦力を四面に振り分けた形だ。
とても耐え切れず、あっという間に食い破られてしまう。
4分の1の艦隊を焼失して、傭兵艦隊は一気に劣勢になった。
そこからは、もうドーソンの艦隊の独擅場だった。
四角ナット陣形の一面ずつを食い破っていき、やがて全ての傭兵艦隊を平らげてしまった。
「これで終わりだが、実時間で5分か。今までで最長タイムだな」
四角ナットの一面ずつを攻略していったため、少しだけ時間がかかってしまった。
ドーソンが対戦相手である傭兵の表情を見ると、最長タイムなことに安堵している様子。
どうやら己の実力ではドーソンに勝てないことを察知して、撃破されるまでの時間を稼ぐために四角ナットの陣形に及んだらしいと、その様子から予想がついた。
「なんにせよ、10分もった奴はないかった。これは指導のし甲斐がありそうで仕方がないな」
ドーソンは口ではそう言いながらも、傭兵たちの艦隊運用の下手さ具合に頭を悩ませるのだった。