106話 赴任要望
ドーソンはとある要請を受けて、≪雀鷹≫ではない宇宙船である場所へと向かっていた。
同乗者は他に2名。
1人は、海賊仕事を始めてからの相棒である、オイネ。
そしてもう1人は、≪百舌鳥≫の乗員で士官学校を卒業したばかりの、マコト。
オイネはともかく、マコトに関しては不思議な取り合わせのように見える。
もちろんマコトが同乗しているのには、ちゃんとした理由があった。
『先の戦いで≪百舌鳥≫も被害を受け、修復する必要がある。艦が動かせない間、マコト少尉をドーソン特務中尉に預けたい』
そう≪百舌鳥≫艦長のジンクに要望されて、ドーソンは頼まれごとを片付けに行くことを告げて拒否しようとした。しかしその仕事にマコトを連れて行ってくれとお願いされ、そこまで言うのならと連れて行くことにしたのだ。
ドーソンとしては仕方なく了承した部分があるが、マコトは士官学校の後輩で関りもあったため、その教育のためと想えば嫌ではなかった。
「マコトにも、頼まれごとの手助けをして貰うからな」
「はい、もちろんです。ドーソン特務中尉のお役に立ってみせます!」
マコトの真っ直ぐな目に、ドーソンは思わず気圧される。
どうやらマコトは、ドーソンの事を『ピンチの時に助けてくれたヒーロー』と思っている節があり、常に尊敬の眼差しを向けてくる。
その目が、捻くれ者だと自覚があるドーソンには、むず痒く感じられて仕方がなかった。
「そう意気込まなくていい。それと俺たちは私掠免状持ちの海賊だから、階級で呼ぶな」
「じゃあ、えーっと。ドーソン――先輩?」
マコトの口振りは、呼び捨てを試みて失敗したようだった。
「呼びやすいなら先輩で良いぞ」
「じゃあ、ドーソン先輩って呼びます!」
喜色を体全体から出しての言葉に、ドーソンはマコトの姿にイエイヌの姿を幻視した。
幻視を打ち消すようにマコトの姿を注視する――軍人らしい短めに整えられた少し癖のある黒髪、太いが短い眉、笑顔の似合う目鼻口の大きさと配置――が、その容姿も犬っぽさがあって幻想を消すことに失敗した。
ドーソンは目元を抑えてマコトの姿を見ないようにしながら、今回の移動の目的を口にする。
「俺たちが受けた要望は、≪チキンボール≫から分かれて独立し、民間軍事会社。その戦術顧問だ」
「傭兵に戦い方を教えるのですか?」
「傭兵といったって、海賊上がりな連中だからな。1隻や少数で集まっての戦いは熟知しているはずだ。しかし100隻を越えた規模での艦隊戦に不安がある。その不安を解消するために、俺たちが駆り出されることになったわけだ」
ドーソンの説明にマコトはフンフンと頷いていて、ここでオイネが言葉を差し入れてきた。
「その民間軍事会社には企業からの援助がきてまして、軍艦を回してくれることになっています。海賊上がりの傭兵たちは、海賊船に熟達はしていても、軍艦の扱い方は不慣れですからね。その点の改善も、ドーソンは期待されていますよ」
「そうは言っても、実際に軍艦の配備はされていないようだからな。今回の教育は電子戦略盤を使うことになるだろうな」
「士官学校でよくやったものですね。ドーソン先輩は戦略盤の名手ですから、適任です」
マコトの感想に、オイネが興味を示した。
「ドーソンは名手なんですか?」
「それはもちろん。士官学校の卒業試験の1つに、生徒同士が行う戦略盤での勝ち抜き戦があるんです。この成績で卒業時の席次が決まると言われているほど、重要な試験なんです。そこでドーソン先輩は、様々な不利な条件を押し付けられているにも関わらず、次々に対戦相手に勝利してみせました。その雄姿に平民出身の者は、貴族や貴族びいきの教官に負けてなるものかと、反骨精神と勇気を貰ったんです」
マコトは当時を思い出しながら、まるで英雄譚を語るような口調で語る。
しかしドーソンは、表情に若干の後悔を滲ませていた。
「結局のところ、俺は決勝戦で俺は負けたからな。そこまで手放しで褒められたくはないな」
「何を言っているんですか! あの戦いは、負けと言っても、実質的には引き分けじゃないですか!」
「俺自身が降参を告げたんだ。負けでしかない」
「いいえ。相手が今生皇の子だから、ドーソン先輩には最大級の妨害が設定してあったじゃないですか。その妨害のほぼ全てを潜り抜けて、艦種の劣勢をものともせずに奮闘して見せ、その後での降伏です。同じ条件なら、ドーソン先輩の方が勝っていたに違いないんですから!」
興奮するマコトに、ドーソンは落ち着けと身振りする。
「戦場で敵味方が同条件なんてことはあり得ない。全力を出して勝てなかったのだから、その結果は受け入れるしかない」
ドーソンが負けだと自覚しているためか、マコトは口惜しそうにしながら話題を元に戻す。
「つまるところドーソン先輩は、士官学校の教官と生徒を全て含めても、戦略盤での腕前はかなり高いと言えるわけです」
マコトの口振りは、ドーソンこそが最強だと信じているもの。
しかしドーソン自身は、それはあくまで士官学校内での話で、自分以上の巧者は他にごまんといると自覚していた。
「とにかく、俺がやったように、マコトも卒業試験で戦略盤をやっただろ。経験者なら、傭兵に物を教えるぐらいはできるはずだ」
「ドーソン先輩のような、好成績じゃないですが?」
「相手は元海賊だ。海賊船を20隻までなら動かし方は分かっても、軍艦50隻を操る方法は知らない。士官学校に入学したての新入生に教えるつもりでいればいい」
「そういうことならできそうです。でも相手は、元海賊ですよね。そんな大人が素直に教わるものですかね?」
「その危惧はあるが、アマト皇和国式でいう事を聞かせれば良い。海賊相手なら、その手が良く効く」
「実力でぶん殴って下だと分からせるんですね。それなら大丈夫です」
マコトはやる気に満ちた顔になり、すぐさま戦略盤の戦略の回想に入った。
ドーソンは船の操縦を続けながら、今回の仕事は楽が出来そうだなと、マコトの様子を見て判断していた。