104話 思惑色々
ドーソンが≪雀鷹≫のブリッジに戻ってくると、オイネが何故か興味深そうな顔を向けてきていた。
「どうした?」
「いえ。ドーソンの性格にしては、随分と素直に功績を渡したなと思いまして」
どういう意味の言葉なのか、ドーソンは直ぐに理解した。
「耳ざといな。支配人室の出来事をもう知っているのか」
「それで、どういう心境の変化です? 士官学校時代のドーソンなら、要求を突っぱねている場面でしたよね?」
オイネの疑問に対して、ドーソンは艦長席に座りながら返答する。
「どういう意図があったとしても、俺に対して土下座までして頼んできたんだ。突っぱねる選択の他の考慮の1つはするさ」
「美女の土下座に絆されたわけですね?」
「おい、言い方をどうにかしろ。というかだな、土下座だけで手柄を渡す気になったわけでもない。元から、こういう要求はされるだろうなと、そう予想していたんだよ」
士官学校時代に、平民出身者の手柄を貴族出身者が掠め取ろうとする事が横行していた。
学生の身分でそれなのだ。列記とした権力を握れるようになった者が、同様の行動をしないわけがない。
そう、ドーソンは考えていたわけだった。
「だから手柄の譲渡を要求されたら、渡すものは『ムラガ・フンサーの演説』にしようと予定していたわけだ」
「つまるところ、ドーソンの行動は予定通りだったと?」
「もちろんタダで渡す気はなかった。手柄を渡す代わりに、何かしらの便宜を引き出そうと考えていたんだが――アイフォの土下座で、その部分は吹っ飛んでしまったな」
アマト皇和国の文化の中で、土下座は非常に重たい礼法だ。どれほど失礼な事をされても、どれだけ無茶な要求であろうと、土下座をされたのならば一考せねばならないとされているほど。逆に軽々しく土下座をする人間は、アマト皇和国の社会で一切信用されなくなるため、やれば便利な行動というわけでもなかったりする。
アイフォの場合、性格的に軽々しく頭を下げる人物ではないことも合わさり、その土下座の意味をとても重く受け止めざるをえないことになる。
「アイフォの場合、ゴウドのために命を投げ出すような覚悟が見え隠れしているからな。あの土下座も、ゴウドのためを思っての行動だろう。決して、自分のためや、アマト皇和国からの新参どもへの点数稼ぎに行ったものじゃないはずだ」
「主人を思う心意気に、ドーソンは絆されたわけですね」
「元々から渡す気でいたんだ。見事な土下座に免じて、簡単に渡してやっただけだ」
他意はないと身振りするドーソンに、オイネは一笑いした後に首を傾げる。
「でも、ドーソンの事です。渡すと決めた手柄の中に、毒でも混ぜているんじゃないですか?」
「……実のところ、毒餌だよ。あの功績はな」
オイネは、やっぱりという顔になる。
「それで、どんな毒なんです?」
「連中も一応は仲間だからな。含ませた毒は弱いものだ」
「それで、それで?」
「ムラガ・フンサーの演説に関する全ての功績と責任を、連中に押し付けてやっただけだ。あまり、良い毒じゃないだろ?」
ドーソンの軽口に、オイネは呆れ顔になりかけた後でニヤケ顔に変わる。
「そんなものが、と思いましたけど、よくよく考えると、あの人たちの今後は大変なことになりそうですね」
「SU政府と宇宙軍は、支配宙域に混乱を齎したムラガ・フンサーを許さないだろうからな。SUとTRの戦争が激化したのも、SU宇宙軍がムラガ・フンサーを殺そうと動いたからという側面もあると、俺は睨んでいるぐらいだ」
「責任を被せたからには、そういうSUの動きの対処は、あの人たちがやるべきということですね」
「なにか言ってきても、知らぬ存ぜぬで通す。なにせ演説の功績は連中のものになった段階で、俺は一切関わっていないことになったからな。対処のしようが分からなくなったしな」
「そうは言っても、恥も外聞もなく頼ってくるのでは?」
「そうなった場合でも、頼み事をこなす代わりに貸しを作るでもいいし、アイフォの土下座以上のことを強請ってもいい。俺には利益しかないな」
「弱い毒と言った割には、かなりの強さのように思いますけど?」
「身の破滅を起こすわけじゃないんだ。十二分に弱毒だろ」
ドーソンは、もう連中のことは良いだろうと、話題を切り替える。
「≪ハマノオンナ≫は撃沈されてしまったんだよな?」
「はい。SU宇宙軍が大々的に、海賊の拠点を破壊したと触れ回っています。壊される≪ハマノオンナ≫の映像も載せる徹底ぶりですよ」
オイネが出してきた映像には、SU宇宙軍の新鋭艦隊からの多数の砲撃によってボロボロになっていく≪ハマノオンナ≫が映っていた。拠点を守ろうとしていた海賊船も諸共にだ。
「多少でも、暮らしたことのある場所を壊される映像は、気分が良くはないな」
「≪ヘビィハンマー≫も、この戦闘中に亡くなってしまっているでしょうしね」
「そうだろうな」
ドーソンは呟くと、あの暑苦しい艦長に黙とうを捧げた。
「SUとTRの戦争は、どんな感じだ?」
「実は、我々が突破した直後から、戦争は下火になってます。戦火を控えめにしている代わりに、SU宇宙軍はTRの内部に情報収集艦を差し向けている様子がありますね」
「情報艦ってことは、何かを探っているわけだ。探しているのは、十中八九、ムラガ・フンサーだろうな」
「恐らく、TRの中にムラガ・フンサーが居ないとわかれば、≪ハマノオンナ≫の撃沈も成ったことですから、戦争を終わらせるでしょうね」
「ムラガ・フンサーを探し出して殺すためと、演説によって巻き起こった混乱を鎮めるために、SU政府も宇宙軍も人手が必要になるからな。戦争を続けている場合じゃないものな」
SU政府と宇宙軍がそう動くのであるのならと、ドーソンは自身がどう動くべきかを考える。
「俺の任務はSU政府がアマト星腕へ移民を送るのを永続的に止めさせることだ。それを目的と考えるなら、SUの宙域にある混乱を増長させることが確実な1手にはなるが……」
もっと良い手段はないかと、ドーソンは考える。すぐに幾つか他案が思い浮かぶが、前提条件が揃わないものばかりだった。
「艦艇の数が1000もあれば、SU宇宙軍と直接戦闘すら視野に入るのにな」
「それは流石に求めすぎでは?」
「分かっている。とりあえず、奪取してきたバリア艦の解析と、その解析を元に護衛戦艦の改造を始めるか」
「混乱の増長は良いんですか?」
「正直、混乱がどの程度続くか予想不能だからな。放っておいても長く続くのなら、もしくは直ぐに混乱が収まるようなら、こちらが手を出すべきじゃない。程ほどの長さで終わりそうなら、テコ入れをする必要があるが、その期間がくるまでは時間があるからな」
「混乱具合を注視しつつ、空き時間を護衛戦艦の改造で有効活用するわけですね」
「いい加減、『護衛戦艦』と現地改修艦っぽい名称から、改造を機に変えるべきだろ。だから名前を考える時間も要るわけだ」
ある程度の予定を決めて、ドーソンは新たに動き出すことにした。