9話 情報集め
怪しげな卵が入った袋を手にしたまま、ドーソンは酒場街を歩く。
やがて酒場街の端も端、区画の壁がある場所までやってきた。
この辺りまで来ると、店らしい店はなく、細い小道が伸びているだけだ。
しかしその細い道の上に、気力を失って寝転がる海賊が数多くいる。
「ううぅ~~~」「ああぁ~~~~」
呻き声を上げながらも、動く気力を欠片すらなくしている人たち。
体の一部を機械化していたり、宇宙服姿だったり、私服姿だったり、男性だったり、女性だったり、種類は様々。しかし一様に、その首筋には紫色に変色した注入アンプル痕がある。
要するに、化学的な快楽に溺れ切った末の慣れの果だ。
ドーソンは仮面の内側で眉を顰めつつ、彼ら彼女らを踏まないように通り抜けていく。本当はこの場所には来たくないが、会いたい人物がここに住んでいるのだから仕方がない。
そうして歩いていると、ドーソンはやおら足を掴まれた。
しかし捕まれたと言っても、足を掴む手には全く力が入っていない。触っているよりもやや力強いぐらいの握力しかない。
ドーソンが足元に視線を向けると、半裸の女性が青白い顔に媚びる笑顔を張り付けていた。
「おにい、さん。1回、どう? クスリ一つで、いいから」
喋るのすら大仕事なやつれた姿で、売春を持ちかけてくる女性。
ドーソンの返答は決まっている。
「離せボケが! 俺が買春やクスリをやっているように見えるってのか!」
ドーソンが怒声を浴びせると、足を掴んでいた手が引っ込み、女性は愛想笑いに怯えを浮かべて引き下がった。
ドーソンは不愉快だと言いたげな態度で、目的の人物以外は無視する気で小道を進んでいく。
酒場街の隠された小道を進んでいくと、太いパイプが上下に走る場所までやってきた。
そのパイプの根元には、毛布で全身を包んで座っている老人がいる。彼がドーソンの会いにきた人物だった。
「おい、ジジイ。生きているよな?」
ドーソンが呼びかけると、老人は毛布の中からノロノロと顔を上げ、ゆっくりと笑顔になる。その口の中は、金属製のインプラント歯が揃っていた。
ドーソンは紙袋の口を解くと、中からまだら虹色の卵を取り出し、老人の目の前に出した。
「一発キメて、しゃっきりしろ。情報が欲しいんだよ、俺は」
ドーソンが老人の口に卵を落とし入れると、老人は満面の笑顔で卵をかみつぶした。殻から流れ出てきたのは、結晶のきらめきが混じるエメラルドグリーン色の液体。
明らかに体に悪そうな色をしている液体を、老人は舌全体と上顎の裏とを使って、舌全体に塗りたくる。老人の舌が緑色へと着色された頃、老人の様子が変化する。
ぼんやりとした笑顔だった表情は、異様なほどの活力がみなぎった溌剌としたものへ。寒さから身を守るかのように纏っていた毛布も、枯れ木のような腕で力強く体からら剥ぎ取っていく。老人は首から肩にかけてを機械化した肉体を周囲に見せつけると、その口から力強い言葉が飛び出してきた。
「ハッハー! 黒顎仮面じゃねえか! 今日もまた、しみったれた情報が欲しいってわけかい!」
小道に響き渡る大声で喋り出した老人に、ドーソンは頷く。
「星腕宙道を航行する、全ての貨物運搬船。その運行情報が欲しい」
「いいぜー、いいぜー! その程度の情報は、他の海賊は欲しがらねえからな、卵三つでいいぜえ!」
「ヌードル屋の店主は、二個で十分って言ってたが?」
「馬鹿野郎。オレ様のような卵ジャンキーが、二個ぽっちで満足するかよ。三つだ。三つ寄越しな!」
「分かった。四つ渡してやるから、間違いない情報を頼む」
「ほっほー、四つもかい! こいつは張り切って調べてやらんとだなあ!」
老人は機械化された自身の首に手を伸ばすと、巻取り式のケーブルを引っ張り出した。そのケーブルの先を、傍らにある太いパイプに無許可で作られた接続端子へと繋げた。
「ああ、広がる、広がる。世界が広がっていく。オレ様は神だ、ここでなら神になれる。卵がなきゃ入れなくなった、ここでならなあ!」
老人はぎょろぎょろと目を左右に動かし、ときどき「げひげひ」と笑い声をあげ、口の端から唾液で薄まったエメラルドグリーンの液体をたらし、手と足をびくびくと動かしながら、老人にしか分からない何かを探っている。
ドーソンは作業が終わるまで暇なので、小道の壁に背を預けながら待つ。
やがて老人の奇行が落ち着いてきた頃に、ドーソンが頼んだ調べものが終わったようだった。
「記録用の端末を寄越しな」
「電子スティックでいいな」
ドーソンが小指大の黒い四角柱を投げると、老人は掴んだそれを首筋の機械へと差し込んだ。そして一分も経たずに、四角柱を返してきた。
「卵四つも払ってくれるってんで、少し情報も奮発したぜ。ハマノオンナに集められた情報のうち、今日から60日分の星腕宙道を使う予定の船の情報だぜえ」
「物資運搬船の情報だけでよかったんだが、何かの役に立つか。有り難く受け取っておく」
「そうしてくれや。それで、卵だ。卵を寄こしな!」
「ほら。この中だ、確認しろ」
ドーソンが紙袋を差し出すと、老人は大慌てで袋の口に顔を突っ込んで覗き込んだ。そして、その状態で笑い声をあげ始める。
「げひひひひひひ! 卵だ、卵が四つも!」
紙袋の中から、老人が卵を次々と咀嚼していく音が聞こえる。
ドーソンは一瞬だけ、四つ全て食べて大丈夫かと心配しかけたが、自分が心配する権利も義務もないと思い直し、この場を去ることにした。
小道を脱出する順路を取りながら、宇宙服のバイザーに手を当てて≪大顎≫号に通信を入れる。
「オイネ。情報は手に入れた。余分な情報も入っているようだから、精査を頼むことになる」
『それぐらい、お安い御用です。私が見つけたお爺ちゃんは、まだ生きていました? 死にそうなら、ハマノオンナのデータベースに違法接続している情報屋を、また新たに探しますけど?』
「あー、どうだろうな。麻薬入りの培養卵を四つ食ったから死ぬかもだが、あのジジイが死ぬ姿が想像できなくもある」
『ふーん。じゃあ念のため、新しい情報屋を探しておきます。尻尾切りしても問題ないような、死にかけ限定で』
「真っ当な情報屋だと情報量が高過ぎた。星腕宙道を使う船の運行情報なんて、他の海賊は欲しがらないってのに、こっちが新米だからって足元を見やがって」
『仕方がないですよ。だってここ、海賊の巣窟だもの。真っ当な商売なんて、成り立っちっこありませんし』
「違法、脱法、なんでもある船だからな――それと襲撃者も」
小道が終わる直前の場所で、ドーソンの前を塞ぐように、二人の海賊の姿があった。二人とも宇宙服姿――新米の海賊だ。
その二人は手にある光線銃をドーソンに向けながら、何かを言おうと口を開こうとする。
しかしドーソンは、二人が銃を撃つ気概を持ち合わせていないと見抜くと、自分の光線銃を腰のホルスターから抜き打ちした。
パシュ、パシュ。そんな軽い音と共に熱線が放たれ、二人の海賊の銃を破壊した。
「ぬあ、あちッ!」「ぐあっ、手が!」
二人の海賊のうち、一人は銃が弾け溶けるだけで済んだが、もう一人は銃ごと手が燃え上がった。宇宙服で手を覆っているので皮膚まで延焼はしないはずだが、焼けた宇宙服は修繕が必要になるだろう。
ドーソンは銃を腰に入れ直すと、怯んで腰を抜かしている二人の海賊に歩いて接近し、殴りつけて二人とも気絶させた。
「オイネ。この二人の照会を頼む」
『はいはーい。あー、どうやら、前の仕事で傭兵に打ち負かされて、船をダメにされて、どうにか逃げてきた海賊みたい。ドーソンが単独で立派な船を持っていると知って、襲って船を奪おうとしたのかも?』
「巻き上げられる金品を持っていそうもないな。それじゃ仕方ない。小道に投げ込んでおくとするか」
ドーソンは二人を引きずりながら小道に戻り、その辺に投げ捨てた。
運が良ければ、すぐに目を覚まして無事だろう。
運が悪ければ、まだ元気が残る慣れの果てたちに身ぐるみ剥がされる。そして、いま着ている宇宙服を失ってしまえば、新たに買わないかぎり、この二人は自身の海賊船に戻れなくなる。その果てに辿り着くのは、この小道の仲間入りという未来だ。
「俺もそうならないよう、海賊稼業を頑張らないとだな」
ドーソンは独り言を呟くと、小道を脱出して、酒場街の飲食店が並ぶ路地へと出た。