102話 思惑の交差
TR軍人材登用課の担当者との話を終えて、ドーソンは被っていた白黒の仮面を取った。
「援護要請の形を保っていたあたり、TRにしても海賊の手を借りるのは嫌なんだろうな」
ドーソンが苦笑いし、一方でオイネは人材登用課の態度に対して呆れ顔になっていた。
「素直に戦況が苦しいから助けてくれと言ってくれれば、こちらとて助力を考えなくもなかったのに。終始、TR軍が優勢のような口振りなんて」
「海賊相手の交渉と考えたら、あれは悪いもんじゃないぞ。基本的に海賊は犯罪者集団――負け戦に挑むよりも、勝ち馬に乗りたがる存在だろうからな」
「馬鹿な海賊でも、TR軍が優勢なんて妄言を信じるとは思えませんよ?」
「妄言を信じてくれなくても、提示された報酬に釣られるヤツはいるだろうさ。まあ、さっき提示されたクレジットじゃ、割に合わないと突っぱねる海賊の方が多いだろうけどな」
交渉は物別れの形に終わったが、ドーソンも登用課担当者も得るものがないわけじゃなかった。
「俺としては≪チキンボール≫に帰る許可を貰えたことが嬉しいし、あちら側にしても俺たちの動きに呼応した作戦を考えられる。悪い話し合いじゃなかった」
「そうは言ってもです。こちらの艦隊の動きについて、TRがSUに情報を流すんじゃないですか?」
「その点は織り込み済みだ。むしろある程度情報を流してくれないと困る。最低限、新鋭艦隊の1小隊は差し向けてくれないとな」
「戦いを望んでるんですか?」
「馬鹿言え。SUの新鋭艦が欲しいんだよ。特に、例のバリア艦は拿捕して解析しておきたい」
「確かに、あの艦はアマト皇和国にもない珍しいものですが、危険を冒してまで手に入れるほどのものですか?」
「ある程度までの危険なら、挑む価値がある。あの艦があれば、戦術の幅が増えるからな」
ドーソンは頭の中で皮算用を行いながら、≪雀鷹≫の乗員と配下の艦隊へ向けて、出発準備を通告した。
ドーソンの艦隊は、≪ハマノオンナ≫からの脱出の際に傷ついたが、TRの滞在中に応急修理は完了している。
万全の状態とは比べられないが、今の状態でも作戦行動は問題なく行える程度の性能は担保できていた。
「そろそろTRの勢力圏から離れます。SU宇宙軍の登場を警戒してください」
オイネの警告に、レーダー観測手のキワカが緊張した面持ちで頷いている。
一方で艦長席のドーソンは、TRに貰った戦況図を見る。
SUとTRの艦隊は広く宇宙に展開し合っている。そして激しくぶつかる場所と睨み合いで牽制し合う場所が存在し、それが刻々と入れ替わっていた。
休憩と戦闘の連続変化は、数が多いSUが主体として行われている。TRはそれに付き合う形で、戦っているようだった。
SUの狙いは、無理ない方法で数に劣るTRに負担を強いて、膨らんだ負担によって戦線を崩壊させるという時間のかかる策だと考えられた。
数で優っている故の力押しの戦法。
そこに、ドーソンは付け入る隙を見つけていた。
数で押してくるSUに対して、TRは数で劣る艦隊を集結させることで耐えている。
そうなると必然的に、SU側の広がった陣形にも艦隊密度の濃淡が生まれてくる。TR艦隊がある場所には濃くし、ない場所には薄くなる。
ドーソンは、その艦隊濃度の薄い場所を狙って突破する気でいる。
なぜなら、戦闘から離れた場所の方が、SUの重要人物がいる――新鋭艦が配置されている可能性が高いと見たからだ。
その狙った場所に、もう少しで着くというところで、キワカから警告が飛んできた。
「進行方向に敵艦の反応あり! 艦隊数は、こちらとほぼ同数の模様です!」
ドーソンは『同数』と聞いて、最上の状況だと判断した。
SU側には多量の艦艇がある。ドーソンが率いている艦隊と同じなど、SU宇宙軍全体から見れば極少数でしかないのだから。
「≪雀鷹≫と護衛戦艦を先頭にして二列縦陣形! 戦闘速度まで増速! 敵艦隊を食い破り、突破する!」
ドーソンが命令し、艦隊の陣形が変更される。砲塔威力と装甲厚に優れた戦艦級を矛と盾に使う、縦列突撃形態。
全ての艦が増速し、発見したSU宇宙軍の艦艇へと突っ込んでいく。
あと少しで交戦距離というところで、行き成りSU宇宙軍から通信電文が来た。
「ドーソン。『ムラガ・フンサーは貴艦隊にいるか』と問い合わせが来てますが、返信はどうします」
ドーソンは何故ムラガ・フンサーのことを聞いてきたかの理由を知りたくはあったが、興味を満足させるために先制を逸するのでは機会損失も甚だしいと決断した。
「『そんな奴は居ない』と返せ。交戦距離に入る。砲撃戦用意!」
ドーソンの側が問答無用で襲い掛かる気だと分かったのだろう、SU側も陣形を変えてくる。
狙撃用の観測装置による最大望遠により、敵艦隊の姿がようやく見えてきた。
敵艦隊の戦闘にいる艦を見て、ドーソンは喝采を上げたい気分になった。
「運がいい。バリア艦が1隻いる」
敵艦隊は、例のバリア艦を先頭に配置し、その後ろに隠れる形の陣形を取っている。
バリア艦の防御力があれば、相手の攻撃を受け止めつつ、一方的な反撃を行うことができる。
SU宇宙軍側がやらない手はない陣形である。
しかしドーソンは、敵側にバリア艦がいる想定で、2列縦陣形にしていた。
「砲撃開始。砲撃を与えながら、相対速度を守りつつ、徐々に縦陣の間を離していく」
ドーソンの言葉通りに、2列の先頭を走る≪雀鷹≫と護衛戦艦の距離が少しずつ離れていく。
一方で敵側は、バリア艦の陰から牽制と分かる砲撃を放ってくる。バリア艦を配置して貰えるぐらいの精鋭だからか、砲撃の威力は戦艦級に迫っているように感じられた。
「怯むなよ。このまま突撃する! 砲撃は、バリア艦に当てつつも、その陰にいる艦も狙え」
ドーソンの艦隊と敵艦隊の距離が縮まってくる。
お互いに荷電重粒子砲の必殺距離に入った。
「砲撃の手を緩めるな。弾幕も形成しろ。隊列を維持したまま、回避行動!」
≪雀鷹≫の動きに合わせ、後続の味方艦も回避を行う。艦の直ぐ近くを敵の砲撃が通過していく。
護衛戦艦の側も同じで、回避と砲撃を行っている。
一方で敵艦隊は、ドーソンの艦隊の対処に苦慮している様子が見てわかる。
SU艦隊から見ると、ドーソンの艦隊は右と左の隊列に分かれて襲ってきている。しかしバリア艦は1隻だけ。片方の隊列をバリア艦で対処できても、もう片方から手痛い砲撃がやってきてしまう。
しかし手をこまねいてばかりもいられない。このままの状態が推移すると、ドーソンの艦隊がSU艦隊の左右を通過しながら挟撃で砲撃することが目に見えているからだ。
果たしてSU艦隊は、決断した。
護衛戦艦が先頭を走る方の隊列を、バリア艦で防ぐことを。
しかし、そう選ぶであろうことは、ドーソンの予想の内だった。
「護衛戦艦は、戦艦らしい大きさがあるからな。翻って、≪雀鷹≫の見た目は少し大きな巡宙艦程度。見た目でどちらを防ぐか判断するとしたら、やっぱり大きな艦が先頭にいる方が道理的だしな」
ドーソンは予想していたしていたこともあり、敵が護衛戦艦を防ぐことを選んだ場合に発動する罠を仕込んでいた。
≪雀鷹≫が先頭を走る隊列の真ん中に、≪雀鷹≫級戦艦である≪百舌鳥≫を忍ばせていたのだ。この戦艦2隻の威力で、敵艦隊を引き裂くつもりで。
「≪雀鷹≫側の隊列は最大速へ。一気に敵に近づき、バリア艦の裏に隠れる艦艇を砲撃で破壊する」
護衛戦艦に合わせて緩めていた速度を、最大へ。隊列にいる全ての艦が、弾かれたかのように前へと進みだす。
行き成りの速度変化に、敵艦隊は対応をしくじったようで、見当違いの方向に砲撃が飛んでくる。
危険な攻撃が来ないことを良いことに、≪雀鷹≫と≪百舌鳥≫はバリア艦に隠れていた敵艦を狙える位置にまで接近し終えた。
「砲撃開始! 銃座の熱線砲もばら撒け! だがバリア艦にはなるべく当てるなよ。拿捕して解析するんだからな!」
≪雀鷹≫と≪百舌鳥≫、その他の人工知能艦から狙いすました砲撃が放たれた。
一気に10隻ほどのSU艦が破壊され、その大半が一発大破となった。
致命的な攻撃を受けて、SU艦隊間の連動が一気に拙く変わる。仲間の艦が間近で轟沈した姿を見た動揺が露わになっている。
このまま行けば全滅だと、ドーソンがほくそ笑みかけて、キワカから警告が飛んできた。
「戦域から少し離れた位置に、跳躍脱出してくる反応あり。恐らく、敵側の増援です」
「チッ。TRが俺たちの動きの情報を、わざと送ることは想定内だったが、敵の動きが速いな」
ドーソンは敵艦隊の全滅を諦め、その代わりにバリア艦だけは奪うことを決めた。
「敵艦隊とバリア艦の間を断つように砲撃しろ。ついでにバリア艦の推進装置も破壊だ。護衛戦艦とその隊列にある艦は、沈黙したバリア艦に『キャリーシュ』を巻きつけろ。急いで宙域から離脱するぞ」
命令は実行され、≪雀鷹≫と≪百舌鳥≫の砲撃によって敵艦隊は追い散らされ、バリア艦の推進装置は裏側から破壊された。身動きが取れなくなったバリア艦に、推進装置と跳躍装置付きの鎖である『キャリーシュ』が、護衛戦艦とその他の人工知能艦から投射されて何重にも巻きついた。
その直後に『キャリーシュ』が機動。バリア艦を問答無用で運び始めた。
意思とは関係なしに動き出したバリア艦に、SU艦隊側は焦ったようで、どうにか止めようと挑んでくる。
しかし近づいた途端に≪雀鷹≫と≪百舌鳥≫の戦艦級の砲撃の餌食になり、バリア艦を押し止めようとする動きが鈍くなる。
そうこうしている内に、バリア艦から脱出ポットが射出され始めた。乗員が我が身可愛さから脱出したのだろう。
「バリア艦の重要部分を壊されていないか心配だが、その心配は後でするしかないな」
ドーソンは呟きながら、艦隊とバリア艦と共に跳躍の準備に入る。
まずは『キャリーシュ』を巻いたバリア艦が跳躍し、続けて人工知能艦が同じ場所に出るように調整して跳躍。≪雀鷹≫と≪百舌鳥≫は持ち前の破壊力を振りまきながら、一番最後に跳躍した。
ドーソンたちが跳躍してから5分後。
救援に駆けつけたSU艦隊が戦域に入ってきて、破壊された艦の中や脱出ポットにいる生存者を救助し始める。それと同時に、ドーソンたちが跳躍していった方向を調べるため、追跡装置を起動させた。