99話 逃避行
≪ハマノオンナ≫からTRの宙域まで脱出する。しかも投降してきた宇宙軍の艦艇や海賊船などの、多数の艦船を引き連れて。
ドーソンは脱出をやり切る自信があったが、全てを自分一人で行う気はなかった。
「ジンク中佐。TR宙域までの脱出するまで、≪百舌鳥≫単艦で海賊に投降した宇宙軍のやつらのまとめ役をやってくれないか」
ドーソンの通信での要請に、ジンクは意外だという顔をする。
『構わないが、いいのか。投降してきた宇宙軍の艦艇があれば、逃走する役に立つと思うが?』
「今まで上の命令に唯々諾々と従ってきた連中だ。若造の俺よりも、明らかに歴戦の軍人だとわかる貴方の方が反発は少ないはずだからな」
『道理だな。だが、こんな場所で死ぬ気はないぞ?』
ジンクが何を心配しているのか、ドーソンは直ぐに悟る。
「殿軍をやってくれと命じる気はない。むしろ、殿軍は俺と海賊船でやる。SU宇宙軍から逃げ切るには、海賊ぐらいの逃げ足がいるからな」
『そういうことなら、承ろう。確認だが、TR宙域まで全速でいいのかね?』
「ああ。こちらの心配をしてくれなくていい。無事に連中を脱出させてやってくれ」
『博愛精神ですかな? それとも同情から?』
「どちらも違う。連中が逃げ延びてくれれば、逃げた先でSU政府や宇宙軍の非情さが広がる。それがSU政府と宇宙軍の逆風になり、やがてアマト皇和国に利する追い風になると予想してのことだ」
『アマト星海軍の軍人としての判断というわけか。であるならば、全身全霊でもって命令を遂行してみせよう』
ジンクが通信を切ると、≪百舌鳥≫が早速動き出した。
≪ハマノオンナ≫から係留を外したSU宇宙軍の艦艇の群れに近づくと、各艦の掌握しに入ったのだ。
掌握に動き出した証拠に、幾つかの艦艇から人間が空中空間へ飛び出し、他の艦艇へと入っていく。どうやら収容人数の上限まで人員を詰め込んで、引率する艦艇の数を極力減らす気のようだ。
そして乗り捨てられた艦艇はというと、目ざとい海賊が乗り込んで奪っている。
そうして作り出された海賊艦は、≪ハマノオンナ≫の最後の戦いに同道する気のようで、徐々に近づいてきているSU宇宙軍の新鋭艦隊に向き合う位置へと移動していく。
「さて、こっちはこっちで気張らないとな」
ドーソンは呟きを漏らしながら、仮面を被る。
その後に、≪ハマノオンナ≫の海賊たちに向けて通信を行った。
「聞け、≪ハマノオンナ≫から逃げようとしている、腰抜け海賊ども。俺――ドーソンは自分の艦隊を連れて、TRが支配する宙域まで脱出しろと要望を受けた。同道する気があるのならついてこい。ただし、SU宇宙軍から追手がかかるのは確実だ。その追手から戦いながら逃げることになる。これが嫌な奴らは、各々で逃げろ」
ドーソンは突き放すような物言いをしたが、逃げようとしていた海賊たちの多くが同道を申し出てきた。
申し出の中には≪ゴールドラッシュ≫の紹介なんていう付けたしをした海賊もいた。
もちろんドーソンの事を信じられず、個々に逃げだす海賊もいる。
しかしそういった海賊たちが、ドーソンが海賊たちの纏め上げを終えた頃に、なぜか戻ってきた。
そして伝えてきたのだ、個人では逃げ切れないと。
『隕石地帯の中に、駆逐艦が多数居やがる! 俺らを見つけた端から追いかけてきて、ここから逃がさない気だ!』
海賊船では駆逐艦には勝てない。隕石地帯という障害物を利用して逃げる方法もあるが、逃げ切るにはそれ相応の腕前が必要となる。
この報告をしてきた海賊は、そんな腕前があるのならば、ここまで戻ってきてはいないだろう。
結局のところ、≪ハマノオンナ≫から脱出しようという海賊の殆どが、ドーソンと同道することになった。
≪ハマノオンナ≫からの脱出行の始まりは、穏やかに始まった。
最初に≪百舌鳥≫とSU宇宙軍の投降艦隊が先発し、その後にドーソンの艦隊と海賊たちが続く。
進出してきているSU宇宙軍の新鋭艦隊から離れる方向へ、隕石地帯を進んでの逃避行。
ある程度進んだところで、最初の戦闘が始まった。
しかしその戦闘自体は、直ぐに終わった。
先発した≪百舌鳥≫と投降艦隊によって、隕石地帯に入り込んで警戒していたSU宇宙軍の駆逐艦が撃滅されたのだ。
「駆逐艦を薄く広く配置して取り囲んでいただろうから、艦隊で当たれば突破事態は難しくない」
しかし、この駆逐艦の役割は、坑道のカナリヤのようなもの。
その死でもって、逃走する海賊の存在を、SU宇宙軍の本体に伝えるのが役割なのだから。
「チッ。やっぱり、新鋭艦隊から追撃部隊が来たな」
現状、新鋭艦隊は紡錘陣形での長距離砲撃にて、隕石地帯を掘削している最中だ。
それは逆を言えば、長距離砲撃に適していない艦の役割は薄いということでもある。
長距離砲撃に適していない艦といえば、砲撃距離の短い駆逐艦や戦闘機の母艦となる。
そして駆逐艦と戦闘機母艦は、追撃任務に滅法強い艦種である。駆逐艦は持ち前の快足で、母艦は発進させる戦闘機の物量によって。
「さあ、来たぞ――海賊共! 搭載武器を出し惜しみするなよ、銃身が焼けつくまで目一杯ばら撒け!」
ドーソンの号令に従い、海賊たちは商船相手に使う武装で牽制射を始める。
海賊船の数はそれなりにあるため、弾幕という意味では中々に濃いものになっている。
しかし武装はあくまで商船相手のもの。軍艦の装甲相手では、力不足もいいところで、効果は期待できない。
「だが、戦闘機相手ならそうでもない」
母艦から発進し、駆逐艦を追い越して迫っていた、戦闘機たち。
漂う隕石の間を潜りんがら、海賊たちからの弾幕をも見事な曲芸飛行で回避してみせているが、それが限界だった。
隕石という障害物があり、飛行できる経路が限られている場所では、持ち前の技量を発揮するのにも限度がある。そして、戦闘機には装甲らしい装甲がなく、海賊の貧弱な武装でも一発でも当たれば、戦闘不能に陥ってしまう。
飛ぶことが限られた場所と、当たるわけにはいかない攻撃の弾幕に、戦闘機は逃げ回ることしかできない。
しかし戦闘機たちに打開の方法がないわけじゃない。
海賊の武装は貧弱であり、戦闘機はともかく、軍艦の装甲の前には豆鉄砲にすらならない。
つまるところ、後を追ってきている駆逐艦が到着しさえすれば、駆逐艦を弾幕の盾に使えるようになる。
そして弾幕の圧力が減りさえすれば、戦闘機が海賊船を屠ることは容易い。
しばらく回避を続け、しかるのちに反撃する。
そう考えていたであろう戦闘機たちの思惑は、急行している駆逐艦が荷電重粒子砲の攻撃で一撃大破した光景で撃ち砕かれることになった。
「隕石があるため、敵艦の航行順路は限られている。タイミングを狙い、複艦で置き撃ちを行えば、確実に撃破できる。予想地点を狙い、放て」
ドーソンの冷静な号令と共に、≪雀鷹≫を含む50隻の人工知能搭載型の艦隊が砲撃を行った。
艦砲の何発かは隕石に当たってしまったが、少なくない数の砲撃がSU宇宙軍の駆逐艦に命中する。
仲間を沈められ、駆逐艦の何隻かは当初狙っていた海賊船ではなく、≪雀鷹≫の方へと狙いを変更したようだった。
しかし隕石ばかりの狭い宙域での咄嗟の目標変更は、命取りでしかない。
狭い空間内では射線を通すことすら難しく、下手に撃っても隕石に当たるだけ。そして下手に大きな隕石を壊してしまうと、破片が新たな隕石となって射線を広く塞いでしまうことになる。
射線を確保できても、狙いを定めるために艦の足を止めてしまうと、逆に狙い撃ちされてしまう。駆逐艦から射線が通るということは、≪雀鷹≫艦隊側からも通るのと同意なのだから。
そうしてまごついている間に、戦闘意欲の高い海賊の襲来が起こる。
『周辺の隕石を壊すことを嫌がって、弾幕を張らないウカツ者め!』
隕石の陰から陰へと渡ってきた海賊船が、腹に抱えた宇宙魚雷を駆逐艦へと放ち、即座に離脱する。
至近からの魚雷攻撃に、狙われた駆逐艦は大慌てで対処し、どうにか艦体に命中する直前で撃墜することに成功する。
直近での爆発で艦が揺れ、艦の制御のために艦速が一時的に落とされる。
手順通りの対応であり、隕石地帯の中で制御を失って隕石に衝突する危険を避けるためには適した行動であった。
だが、敵に狙われている際に減速するのは、敵の回転砲塔の照準が定めやすくなることに繋がる。
事実、≪雀鷹≫の後部艦砲から発射された荷電重粒子砲の一撃に、その駆逐艦はど真ん中を貫かれてしまった。
「見ての通り、冷静に対処すれば、逃げきれない相手じゃない。このままの調子で脱出するぞ」
ドーソンは冷静な声を出し、海賊たちの鼓舞に努める。
しかしその内心は声とは裏腹に、焦りの感情が起こりつつあった。
ドーソンは海賊へ向けた通信を一時的に閉じると、オイネに顔を向ける。
「先行する≪百舌鳥≫からの通信は?」
「会敵せり。網が閉じられつつある。とのことです」
「分かった。突破することだけを考えろと言っておいてくれ」
「了解です」
ドーソンは現状の戦場を頭に思い浮かべる。
隕石地帯に広く配置されていたSUの駆逐艦が、先行する≪百舌鳥≫艦隊の方へ集結しつつある。このままいけば、≪百舌鳥≫艦隊は敵が集結しきる前に隕石地帯を抜けて、TRの宙域まで脱出できることだろう。
しかし問題は、≪雀鷹≫艦隊と海賊船の群れだ。
このまま状況が推移すれば、前後にSUの駆逐艦に挟まれる形になってしまう。加えて後方からは、戦闘機とその母艦がある。駆逐艦による挟み撃ちと、戦闘機の物量と火力による打撃を受けること必定だった。
「分かっていたことだが、厳しい状況だな――おい、海賊ども! 隕石地帯で溺れているバカ駆逐艦は放っておけ! 逃げることだけに集中しろ! 遅れるやつは見捨てるぞ!」
ドーソンが通信で怒声を浴びせると、駆逐艦相手に色気を出しつつあった海賊たちが慌てて逃げ足を再開した。
どの海賊も、追手から逃げきるために、必死に推進装置を大吹かししている。その上で、搭載武器を乱射しながら戦闘機への牽制もしている。
かなり船のジェネレーターに負担をかける行為であるため、海賊船の中には不調をきたすものもでてくる。
『ジェネレーターがダウンしやがった!』
『だから整備はこまめにって――ぎゃ』
動きの止まった海賊船が、無慈悲にも戦闘機によって破壊された。
その1隻が切っ掛けだったかのように、次々に海賊船が動作不良を起こし始める。
『推進装置の出力が上がらねえ!』『武装が焼けついた!』『操縦桿の利きが鈍くなって隕石の回避がムズイ!』
海賊から送られてくる連続の悲鳴に、ドーソンは頭を抱えたくなる。
「この程度の戦闘で動作不良だなんて、まともに整備をしていない証拠だな」
「海賊ですからね。商売道具を大事にしようっていう発想もないんでしょうね」
オイネも呆れ口調である。
ドーソンは、船に不調をきたした海賊たちに『そのまま死ね』と言うべきか迷い、ちょうど≪百舌鳥≫から通信文が来た。
『敵包囲、抜け出せり。しかして、敵包囲も完成せり』
良い情報と悪い情報が共にある文に、ドーソンは苦笑いする。
「海賊を艦隊の内に呼び込むぞ。≪雀鷹≫と護衛戦艦は艦隊最後部まで配置移動する。エイダの駆逐艦を先頭にその他の艦艇は鏃型になれ。その陣形で前方の敵包囲へと突き進む」
ドーソンの指示は的確に実行され、人工知能艦隊がくの字の編隊となり、その内側に海賊を1まとめに抱え込む。そして最後尾に≪雀鷹≫と護衛戦艦が殿となる。
キワカの見ているレーダー画面には『く〇:』のような艦隊図が描かれ、隕石地帯の外へと向けて直進し始めた。