98話 再進出
SU宇宙軍の艦隊は隕石地帯の外で陣形の変更をしている。
ご丁寧なことに隕石地帯の内に牽制砲撃をしながらの変形なので、監視していた海賊たちは妨害どころか逃げるだけで精一杯だ。
「どうやら、変則的な紡錘陣形になりそうだな」
ドーソンが注視する中、SU宇宙軍の陣形が定まった。
その形は漏斗型――いや、回転コマの底面のような姿。
コマの軸部分に当たる場所には、例のバリア艦を配置。その裏には戦艦部隊。それらを中心に、外へと傘状に艦隊が配置されている。
「この陣形を見れば、SU宇宙軍の狙いがわかるな」
「紡錘陣形は、攻撃を一点に集中したり、一点突破することに特化している形なんですよね」
「ああ。その攻撃力で、隕石地帯を外から『掘削』する気でいるんだろうな」
ドーソンがオイネに返答した直後、SU宇宙軍艦隊が動き出す。
徐々に進軍しながら、隕石地帯へと向けて砲撃が行われる。
未だに千隻を越えている規模の大艦隊だけあり、その一斉砲撃の威力は圧巻だった。
SU宇宙軍の陣形の軸線上にある隕石は、砲撃の圧力で破壊の後に熱量で蒸発し、昇華物質の煙と変わる。空いた空間に周りの隕石が入り込もうとするが、その範囲に入った瞬間に蒸発させられている。
艦隊の進出と共に、隕石がない空間が広がっていく。
このままでは、遅かれ早かれ、≪ハマノオンナ≫が駐留している場所まで掘削されてしまうだろう。
そのあまりの火力に、ドーソンは想定よりも著しく状況が悪いと判断した。
「オイネ。≪ハマノオンナ≫に通信を繋げてくれ」
命令からすぐに、≪ハマノオンナ≫のアンドロイドであるローレライに繋がった。
『どうかなさいましたか、ドーソン艦長』
「忠告だ。このまま戦っても、確実に負ける。前の時みたいに、違う場所まで転移して逃げた方がいい」
戦略的撤退の申し出に、ローレライは首を横に振る。
『それはできません。この≪ハマノオンナ≫は、この場所で果てることが定まっていますので』
「誰が決めた?」
『誰か、という特定存在はありません。状況や条件から、それが一番だと合議で判断されました』
ローレライのはぐらかしに、ドーソンは撤退を進言し続けても意味がないと悟る。
「そっちの考えは分かった。だが海賊が、≪ハマノオンナ≫と心中はしないだろう。戦況が絶望的になってから、三々五々に逃げだすだろう。それでいいのか?」
『仕方ありません。海賊は全ての行動が自由であり、全てが自己責任です。なにかを強制する気は、こちらにはありません』
「じゃあ、俺らがいま逃げてしまっても、それはそれで構わないと?」
『構いません。ドーソン艦長も、ご自身のことを考えて行動なさってください』
ドーソンはローレライへの言葉に困ると、身振りでオイネに通信を切るように伝えた。
空間投影型のモニターが消え、その消失した空間を、ドーソンは仮面を取って睨みつける。
「……俺たちの当初の目的は果たした。艦隊を引き連れて撤退する」
ドーソンは決断した口調で言い切り、艦隊の掌握と撤退経路の設定に入った。
「敵は紡錘陣形だ。この陣形は、前方一点に火力を集中できるが、その代わりに横への対応力が低下する。そのため、敵陣形の側面は安全といえる。敵側面に位置しながら、離れる方向で隕石地帯の中を進めば、比較的安全に撤退できる」
ドーソンが撤退を決定していることに、キワカが口を挟んできた。
「≪ハマノオンナ≫や他の海賊たちを見捨てて、逃げるんですか?」
「……ああ、逃げる。任務の成果は一定以上得たし、さして親しくない海賊を守るために大艦隊と死闘を演じてやる義理もないからな」
「その口振りだと、ドーソン艦長ならSU宇宙軍の大艦隊にも勝てる考えがあるんじゃないんですか?」
キワカの言っていることは、的を得ていた。
ドーソンの頭の中には、条件が揃えばという前提ではあったが、大艦隊と互角に戦える戦法が思いついていた。
しかしその戦法を行うには、今の状況では条件を揃えることが難しかった。
「考えはあるが、無理だ」
「どうしてです!」
「海賊が逃げずに戦い、≪ハマノオンナ≫に収容されているSU宇宙軍の旧型艦と乗員が全員協力する。この前提条件を揃えられないからだ」
「提案すらしてないうちに!」
「するまでもない。キワカ、お前はレーダー観測手だろ。海賊船の動きを、チャンと見れているのか?」
ドーソンの指摘を受けて、キワカはレーダーの観測画面に目を向ける。
その画面には、進攻するSU宇宙軍の大艦隊と、パラパラと戦場から離脱していく海賊船の光点が映っていた。
「俺と同程度には目端の利く海賊は、もう既に逃げ始めている。そして、そういった海賊が戦ってくれれば勝てると、俺は条件に定めていた」
「で、でも、≪ハマノオンナ≫には、投降したSUの旧型艦が」
「常識的に考えろ。『SU宇宙軍に命を消費されたくなければ投降しろ』と呼びかけて、投降してきた相手だぞ。『SU宇宙軍の大艦隊と命懸けで戦え』とお願いして、はい戦いますと言ってくれると思うのか?」
ドーソンの言葉は真っ当で、キワカは言い返すことができなくなって唇を噛む。
反論を封じたので、さっそく撤退に入る――と考えたとき、新たな通信が入ってきた。
ドーソンが仮面を被ってから対応すると、意外な人物が画面に映し出された。
「久しぶりだな。≪ヘビィハンマー≫の船長。生きていたのか」
一時期海賊仕事を共にしていた、懐かしい四角い輪郭の顔が破顔する。
『がはははっ。あのときは、偽装軍艦から逃げおおせたのだ。だが大半の仲間は失ったがな』
「俺との通信で出張ってこないあたり、あのネズミ顔もか?」
『あいつが仲間の大半と共に無謀な突撃をしてくれたお陰で、少ない仲間と生き延びることができた』
「そうか。それで、用件はなんだ?」
『がははははっ。相変わらずだな』
≪ヘビィハンマー≫船長は、笑顔から一転して、真面目な顔つきになる。
『お前に頼みたいことがある』
「≪ヘビィハンマー≫と仲間を連れて、安全な宙域まで逃げるってことか?」
『いいや、違う。投降してきたSU宇宙軍の旧型艦連中を、TRの宙域まで護送してほしいのだ』
予想外の提案に、ドーソンは仮面の中で眉を寄せる。
「どうしてお前が、連中のことを気に掛ける?」
『ふっ。俺は長年暮らしてきた≪ハマノオンナ≫が沈没する覚悟を決めたというのなら、死出の旅路に同道してやろうと考えた。しかし投降した連中は生きたがっている。なら道ずれにするわけにはいかんだろう』
ドーソンは、≪ヘビィハンマー≫船長の口調と表情を見て悟る。仲間を死なせた責任で死を望んでいたところに、SU宇宙軍の大艦隊という絶好の死神が現れたことで、死ぬ未来を定めてしまったのだと。
そんな顔見知りの死出へ赴くための願いを、ドーソンは聞き届けても良い気がしてきた。
「請け負っても良いが、待てる時間は限られているぞ」
ドーソンは逃げ先をTRの領域へと変更し、新たな航路の作成に入った。
≪ヘビィハンマー≫船長は、ドーソンの心意気に感謝する表情になる。
『有り難い。投降した連中も軍人だ。時間を区切れば、≪ハマノオンナ≫から出発することぐらいはできるだろう』
「では、いまから五分だけ待つ。五分経ったら、問答無用で逃走を開始する。遅れた奴は見捨てるからな」
『こちらから忠告を入れておこう。では、任せるぞ』
≪ヘビィハンマー≫船長との通信が切れ、ドーソンは大きく息を吐く。
「まったく。面倒な約束をしてしまったもんだ――って、今度はなんだ」
再びの通信要請に、ドーソンは訝しみながらも通信を繋げた。
映し出された画面には、またもや懐かしい顔があった。
「今度は≪ゴールドラッシュ≫か……」
ドーソンが呟いた通り、画面に映っているのは海賊船≪ゴールドラッシュ≫の船長だった。
しかし≪ヘビィハンマー≫船長とは用件が違うことは、彼の泣きそうな表情を見れば分かってしまう。
『ドーソンの旦那! 助けてください! こんな場所で死にたくない!』
大の大人の泣き顔を晒しての懇願に、ドーソンだけでなく≪雀鷹≫の乗員全てがドン引きな表情になる。
同じ海賊でも≪ヘビィハンマー≫船長とのあまりの対比に、ドーソンは呆れの感情を突き抜けて無感情にまで陥った。
「あー。俺らは撤退するから、その後を付いてくるのなら止めないぞ」
『そうなんですか! よしよし、じゃあ、同道させてもらいます! これで生きて脱出できる!』
大喜びする様子に、ドーソンは思い返していた。≪ゴールドラッシュ≫船長は、最初にドーソンに海賊仕事を共にしないかと声をかけてきた、抜け目がない人物だったことを。