97話 混乱工作
巡宙艦に乗って海賊から脱出してきたSU宇宙軍の軍人たちを、SU宇宙軍の後方艦隊が撃ち殺した。
その衝撃的な光景は、海賊に下った軍人たちを打ちのめしたらしい。
「≪ハマノオンナ≫に下った、ほぼ全ての軍人がSU宇宙軍に見切りをつけたそうですよ」
オイネの報告に、ドーソンは口の端を吊り上げる笑みを浮かべる。
「海賊に降伏した連中でそうなるんだ。巡宙艦が砲撃で沈められる映像が流れたら、どれだけSU支配領域に衝撃が走ることだろうな」
「流しますか?」
「ああ、やってくれ」
オイネは直ぐに当該映像と音声をまとめると、SU支配宙域のネットワークにばら撒いた。
この映像は海賊と宇宙軍との戦いを注視していた民衆の目に触れることになり、瞬く間に拡散。見た者の全てが驚きと共に視聴した。
少しして、遅まきながらにSU政府ないしは宇宙軍が動き出し、ネットワークに拡散された映像の削除が始まった。
しかし、消せば増えるというネットの格言にもあるように、消されれば消されるほどに、善意の拡散者が現れて映像をばら撒き始める。
最初は戦争に興味を払っていた者しか見ていない映像だったのに、拡散に次ぐ拡散によって、あっという間にネットワークのトップトピックに。
ここまで至ってしまうと、もうSU政府も宇宙軍も手の付けようがなくなった。
そしてSU宇宙軍が味方艦を撃沈した映像は、先のムラガ・フンサーの演説と組み合わされて、考察され始める。
『あの巡宙艦には、貧民出身者が乗っていたんじゃないか』
『移民艦隊について、知ってはいけないことを知ってしまったんじゃないか』
『ハンティングよろしく、上級民が艦砲で貧民殺しを楽しんでいるんじゃないか』
様々な憶測が飛び出し、憶測が都市伝説に組み上げられ、都市伝説が真実かのように拡散していく。
ここまでの事態に至るまで、まだ1時間も経過していない。
この素早い状況の変化に、ドーソンは呆れかえるばかりだった。
「自分から流言飛語を醸造するなんて、SUの民衆は暇なのか?」
「暇というよりも、現状の不満を解消するための代替品に用いている感じなんじゃないですか?」
「嫌な現実の逃避先として、SU政府と宇宙軍の不祥事は許せないと叩いているわけか。やっぱり暇なんじゃないか」
ドーソンはSU支配宙域の混乱から目を逸らし、意識を隕石地帯の外に布陣する宇宙軍に定めた。
「この1時間、動きがない。ネットの映像で絞られている最中だと見ていいだろう」
「SUでの権力闘争は蹴落とし合いのようですからね。SUの屋台骨を揺るがしかねない映像の流失。その責任を誰に取らせるかで、話し合いをしているんでしょうね」
「海賊が隕石地帯から出てこないことをいいことに、呑気なもんだよな」
「隕石地帯から出て、戦いますか?」
「不意は打てるだろうが――止めておこう。動いていないのは、罠の可能性だってあるんだからな」
ドーソンの消極的な様子に、≪雀鷹≫の外にある巡宙艦から通信で参加している、エイダが意外そうな声を放ってきた。
『敵の混乱に乗じるのは、ドーソン艦長の十八番でありましょう。どうしてやらないのでありますか?』
「混乱に乗じるのは、戦いでこちらの被害を極力減らすための作戦でしかない。あと言っておくが、俺は戦いが好きなわけじゃない。やらなくていいのなら、戦わない方が良いとさえ思っているぐらいだ」
ドーソンの弁論に、エイダだけでなく≪雀鷹≫の乗員全てが絶句していた。
少しの間、静かな空気が流れる。
その後で、エイダが意を決した口調で、再び問いかける。
『ドーソン艦長は、小職が知る限り、戦い続きの人生でありますよ?』
「士官学校時代も、教官に上級生に同級生にと、争いを吹っ掛けていたように思いますけど?」
オイネの援護射撃を食らって、ドーソンの表情が不愉快で歪む。
「必要だから戦っただけだ。海賊として金を稼ぐには、商船や軍艦を襲わなきゃならなかった。士官学校時代に暴れていたのも、実力もないのに偉そうに振舞うバカを野放しにしていると、孤児院出身の俺の立場が危うくなるからだ」
「ドーソン本人の認識では、戦わずに済むのなら、それに越したことはないと考えているわけですね?」
「当たり前だ。SU政府が勝手にアマト皇和国への進出を取りやめると宣言してくれるなら、任務達成が楽でいいな。だが、そうなり得るはずがないからそこ、手を変え品を変えて任務の実現に取り組んでいるんだ」
エイダもオイネも、ドーソンの発言を信用していない雰囲気を出している。
ドーソンは、理解されないのならそれでいいと考えて、話題を転換することにした。
「ともあれ、SU宇宙軍の戦いをどうするかを考えないとな。相手は新鋭艦を大量に揃えているんだ、戦いは厳しいものになるはずだ」
「海賊と協力して戦うしかないのではありませんか?」
「それはそうなんだが、俺が敵指揮官なら、隕石地帯には入らないことを選ぶ。そして隕石地帯の外から艦砲射撃を連続させて隕石を破壊しつづけて、≪ハマノオンナ≫までの通路を作る」
「距離がありますし、隕石も邪魔になります。そんな攻撃では、≪ハマノオンナ≫を撃沈させることは出来ないと思いますけど?」
「宇宙軍にしてみれば、長期戦になったって構わないんだ。物資に余裕があるからな。それよりも、バリア艦の喪失の方が問題になる。バリア艦は隕石地帯では、性能が十二分に発揮できないんだ。そんな新鋭艦を、みすみす撃沈されてはたまらないからな」
「バリア艦の損耗を抑えつつ、艦砲射撃の連続で隕石を打ち壊して、≪ハマノオンナ≫までの隕石のない通路を作る。その通路が作れれば、後はバリア艦を前に立てて進攻すれば、SU宇宙軍は海賊に楽に勝てるという作戦なわけですか」
「あくまで、俺が指揮官ならそうするという話だ」
SU宇宙軍が再進攻してきたのは、オイネがネットに映像を流してから2時間後。
ドーソンのその予想は、後に半分当たっていたと分かることになる。