96話 回収と離脱と
SU宇宙軍の後方艦隊が逃げたことで、旧型艦ばかりの前衛艦隊が海賊に降伏した。
ドーソンは、旧型艦の連中は虐げれて殺されそうになったことで全員が降伏するだろうと考えていた。だが、その半数以上が隕石地帯を抜けて後方艦隊に合流したようだった。
「元の場所に戻ったところで、再び死んで来いって言われるだけなんだがな」
ドーソンの呟きに、キワカが小首を傾げる。
「軍人なら、死んで来いと命じられることは織り込み済みでは?」
「命を捨てろという命令は同じでも、アマト皇和国のものとSU宇宙軍のものとでは意味合いが段違いだろうが。SU宇宙軍の方は、不経済だから無為に死ねと言ってるんだぞ」
軍人であろうとなかろうと、無意味に死ねと言われて納得できるはずもない。
「死にに行くにしても、せめて意味ある死であると、そう納得できるだけの形は繕って欲しいもんだ」
ドーソンが軍人の心情を吐露したが、オイネがちゃちゃを入れてきた。
「でもドーソンは、どんな命令でも死ぬ気はないんですよね?」
「当たり前だ。死ねと命じられて、本当に死ぬもんかよ。死にそうな状況で戦果をあげて生還してみせて、死を命じた相手の面子を潰してやる」
ドーソンが本心を語ると、オイネは当然とばかりに頷き、キワカは目を丸くする。どうやらキワカの発想では、命令を額面通りに受け取ることしか考えられなかったらしい。
「でも、生きて戻ったら、命令違反になるんじゃ?」
「違反になるのは、敵前逃亡して生きていたらの場合だ。ちゃんと敵と戦い、奮戦むなしく撤退した場合は、その限りじゃない」
「そうなんですか?」
「当たり前だ。死守命令を出されたからって、最後の1兵まで抵抗してみせるなんて、無意味でしかない。どうあっても守り切れないと分かった段階で、可能な限りの遅延戦闘を行いながら、出来る限りの人員を脱出させることこそが、後の戦いに繋げるための方策になる」
「遅延戦闘は分かりますが、人員の脱出もですか?」
「当然だ。戦いは数だ。なら負ける戦いを諦めて、次の戦いのために人数を残しておくことが、最終的な勝利に繋がる」
「最終的な勝利、ですか?」
「戦争ってのは、その場その場の勝敗が必ずしも重要とはならない。たとえ局所的な戦いでは負け続きでも、決定的な1戦で勝利することができれば、戦争自体の勝ちが決まることだってある」
例えば、ある宇宙要塞が落とせなかったとする。数十回戦っても陥落させられないということは、その数だけ負けたということになる。
しかし、その要塞を迂回して敵の本星へ行ける航路が見つかり、その航路を用いて本星での決戦に勝てたとしよう。
この場合、砦での何十も敗けがあるのに戦争の負者にはならず、本星でのたった一度の勝利で戦争の勝者となることができてしまう。
だからドーソンが語ったように、決定的な1戦のみで勝てば戦争に勝てるという極論もあり得るわけだった。
そして、この極論を前に置くなら、その大事な1戦のために大事な人員を負け戦から逃がしておくという方針は、真っ当な判断のように思える。
しかしキワカは、ドーソンの極論を信じ切れない。
「守れと言われた場所から逃げて、責任を取らされそうですけど」
「軍事裁判にかけられても、死守しなければいけない場所を失陥した後なら、どうせ戦場で死ねと言われるだけで終わる。そうなったら、また生き延びる道を模索すればいい」
「……終始一貫して、ドーソン艦長は生き残ることを重視してるんですね」
「当たり前だ。生きていなきゃ、給料も軍人年金も貰えないからな」
「お金のため、ですか?」
「報酬がなければ、命を賭して働く軍人になろうだなんて考えたりはしない」
ドーソンが断言したところで、オイネが忍び笑いしながら注釈を入れてきた。
「とか露悪的なことを言ってますが、ドーソンのアマト皇和国でのお給料の大半は、育ててくれた孤児院へ寄附しているんですよ。その寄附がなくなったら、孤児院の経営と子供たちが困りますからね。だからどんな手を使っても生き延びようとしているわけです」
「おい、オイネ。余計なことを言うんじゃない。理由がなんであれ、俺が給料のために働いていることは事実なんだからな」
「はいはい。これからもアマト皇和国の星海軍から、給料という形で金を巻き上げていきましょうね」
オイネのからかい混じりの言葉に、ドーソンはむっつりと黙り込んでしまう。
その憮然として表情を、キワカを始めとして、ベーラにコリィとヒトカネが微笑みと共に見やっていた。
ドーソンたちが会話を行っている間に、海賊側は投降したSU宇宙軍の旧型艦の収容を行い、SU宇宙軍は艦隊の再編成を行った。
隕石地帯の際で偵察している海賊船からの情報では、SU宇宙軍は再び総攻撃を仕掛けてこようと動いているらしい。
そのSU宇宙軍の動きに対応する前に、海賊が収容した旧型艦の乗員についての問題が起こった。
旧型艦の艦長は海賊に降伏したが、兵士の中には海賊に降ることを良しとしない者がいたのだ。
その兵士の数が1人2人なら、海賊が秘密裏に処理してしまえばいいのだろうが、それなりの纏まった数の兵士が反発を示しているという。
現段階は、その兵士が所属する艦の責任者が押さえているが、SU宇宙軍の再進攻が始まったら、呼応して暴発する危険がある。
その話を聞いて、ドーソンは≪ハマノオンナ≫の責任者宛てに意見を送った。
それは、旧型艦の1隻に反発する兵士を詰め込んで、SU宇宙軍へと送り返せというものだった。
ドーソンの提案は、他の人からも同様の提案があったこともあり、承認された。
旧型の巡宙艦のうち、戦闘で小破しているが航行に問題はない艦が、反発する兵士たちに宛がわれた。
その艦が≪ハマノオンナ≫から発進し、隕石地帯の外へと目指して航行していく。
ドーソンがモニターで光景を確認していると、キワカから問いかけられた。
「先ほどドーソン艦長は、戦いは数であり、決定的な戦いを勝つためには兵を多く残すべき、と言っていましたよね。それなら、ああして兵士をSU宇宙軍に帰してしまうのは、敵を利する行為なのでは?」
言っていた話と違うじゃないかという言葉は、まさしくその通り。
後の戦いを考えるのなら、反発する兵士は返してしまうのではなく、殺してしまった方が海賊陣営のためになるだろう。
しかし、ドーソンはそんな事は重々承知していながらも、返してしまって問題はないと考えていた。
「果たして兵士たちは、SU宇宙軍に迎え入れてくれるかな?」
ドーソンの言葉の意味を明らかにするように、隕石地帯の外へと向かっていた小破艦にSU宇宙軍から砲撃が集中した。
突然の攻撃に泡を食って操作を間違えたようで、小破艦の通信が全波帯通信に変わった。
『止めろ! 俺たちは仲間だ! 海賊から脱出してきたんだ!』
『海賊に一度下った者など信用できるか。味方のフリをして欺き、こちらに災禍を振りまく気だろう。その罠にはかからん』
『違う、本当に仲間なんだ! 海賊なんて乗ってない!』
『五月蠅いぞ、痴れ者が。通信の逆探知で所在は分かったな。ならば、その地点へ向けて、集中砲火だ』
SU宇宙軍の人からのものと思わしき言葉の直後、隕石地帯の外から内へと向かって、大勢のSU宇宙軍の新鋭艦から砲撃が放たれた。
それは小破艦へと殺到し、断末魔の悲鳴が通信に乗るよりも早く、あっという間に艦体ごと蒸発させてしまった。
衝撃的な光景だが、ドーソンには予想の範疇だった。
「SU宇宙軍にしてみれば、死んでほしい者が戻ってきたら都合が悪いものな。海賊の罠が潜んでいるかもしれない艦となれば、なおさら撃破しない理由がない」
ドーソンが語った理由に、キワカが噛みついてきた。
「そんな! 仲間を撃つことを良しとするようなこと!」
「言っておくが、いま語ったのは、SU宇宙軍の考えだぞ。俺なら、逃げ帰ってきた連中は、武装解除の後に戦況に影響しない場所に置いて保護するぞ。ムラガ・フンサーの演説を覆す例に使えるからと、打算アリアリでな」
ドーソンの理由が気に入らなかったのか、キワカの表情は険しいままだ。
その表情を見て、ドーソンの表情も不愉快げになる。
「そうやって、自分の望み通りの対応じゃないからと不貞腐れるな。俺はお前の上官であっても、御機嫌取りじゃない。俺自身の考えや、敵が考えてそうな事、もしも俺が敵側の人間だった場合はどうするかは語っても、お前が気持ちよくなるための言葉を吐く気はないからな」
「そんなこと――いえ、申し訳ありません。僕の疑問に答えてくれたうえに、戦闘における考え方の教授をしてくれているんですよね。感情の話じゃないんですよね」
キワカは自分の感情を抑えた表情で頭を下げると、レーダー観測に集中し始めた。
その様子に、ドーソンは肩をすくめそうになり、寸前で止めることに成功する。キワカの態度が悪いのは、上官不信の気とドーソン自身のコミュニケーション不足だと理解して。
時間をみて、キワカと腹を割って話すべきだと、ドーソンは心の中に留めておくことにした。